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電気の明かり

 アシュフォードの街は、ゆっくりと、しかし確実な足取りで、新しい時代へとその歩みを進めていた。


 機関車工場の裏手、ストア川に面した場所に、真新しいアシュフォードA発電所が建った。蒸気機関の咆哮が響くその傍らに、さらに大きな発電機の唸りが加わったのだ。そして、その工場から伸びた一本の太い電線が、まずアシュフォード家の荘厳な邸宅へ、そしてキャンベル家を含む一部の富裕層の邸宅へ、文明の新しい血脈のように結ばれた。


 だが、最も劇的に変化したのは、駅前広場だった。


 夜の帳が降りると、広場の中心にそびえる高い柱の先から、アーク灯の青白い光が降り注いだ。それは、これまで街を照らしてきた暖かく揺らぐガス灯とは、比べ物にならないほどの冷徹な明るさだった。


 ヘンリー・アシュフォードがロンドンで目にし、アシュフォードにも導入を強く望んだその光は、煤ばかり出て薄暗くコストの高い鯨油のランプと違って隅々にまで影を払い、あらゆるものを鮮明に映し出した。


 その光は、アシュフォードに文明の明かりがようやく届いた、という高揚感を市民にもたらした。だが、スカーレットには、その光がどこか「魔法の灯」のように感じられた。それは、合理を極めた科学の到達点でありながら、同時に、石炭という合理の楯を突き崩しかねない新エネルギーの明かりでもあったからだ。


 ある日の昼休み、いつものプラタナスの木の下で、親友のジャック・キャンベルは興奮した様子でスカーレットを誘った。


「スカリー、今度、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズという経済学者がアシュフォードで講演するんだ。知っているかい?」


 スカーレットは首を振った。ジェヴォンズという響きに、彼女が日々関わる魔法協会の秘密めいた会議とは異なる、数字と論理で構成された世界の響きを感じた。


「知るわけないでしょ。私はそんな経済学者に興味はないわ」


 ジャックは、その言葉に気を悪くした様子もなく、持っていた冊子を広げてみせた。それは、『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』という進歩派の家庭が取っていそうな雑誌の科学記事のページだった。


「僕が家で取っているこの雑誌にね、この人の記事が載っていて、すごく面白いことを考えている人だなぁと思ったんだ」


 ジャックの瞳は、未来の機関車の設計図を眺めるときのように、熱い期待に輝いていた。


「彼は言うんだ。石炭資源は有限だ、と。僕たちの国がどれだけ石炭に恵まれていると言っても、今のペースで蒸気機関が石炭を飲み込み続ければ、遠くない未来に、蒸気機関は無意味化するか、途方もなくコストの高いエネルギーになる。そうなる前に、如何にして省エネを進めるかが、未来の技術なんだってさ」


 ジャックの言葉は、常識の外の世界で生きるスカーレットにとって、頭から否定できるものではなかった。彼女は、合理の限界がもたらした「悲劇的な爆発」の真相と、それを魔法で補う協会の活動を知っている。石炭が無限ではないという真実は、彼女にとって、合理の世界が抱える最も大きな「不合理」だった。


「ふうん……世間はそれを、悲観論と呼ぶんでしょう?」


 スカーレットが尋ねると、ジャックは静かに首を振った。


「そうさ。父さんも笑っていた。『イギリスの土の下には、無限の石炭が眠っている』ってね。でも、スカリー。僕は、あの冷たいアーク灯の明かりの下で、彼が正しいんじゃないかと思ったんだ」


 ジャックは顔を上げ、街の中心に立つ新しい発電所の方角を一瞥した。


「一度、聴きに行かないか? 」


 スカーレットは、親友の真摯な眼差しから目をそらさずに、静かに頷いた。


「ええ、いいわよ。特に断る理由もないし、私も少し、合理の世界の影を覗いてみたいかも」


 スカーレットは、ジェヴォンズの講演会で話されることが、彼ら魔法協会が必死に隠蔽しようとしている「世界の限界」と、どれほど深く繋がっているのかを知っていた。


 ジャックは、石炭が枯渇した後の世界を考えていた。人々は、もはや誰も産業革命以前の、ガス灯やロウソクの薄暗い世界には戻れないだろう。蒸気機関が生み出した富と便利さを知ってしまったからだ。彼は、その文明の明かりを消さないために、合理的な省エネの努力が必要だと信じていた。


 しかしスカーレットは、知っていた。文明を維持するために必要なのは、合理的な努力だけではない。理屈の通らない、隠された力こそ必要なのだ、と。 そして、彼女自身が、その不合理な力を用いて、合理の世界の秩序を保つという、二つの世界にまたがる孤独な使命を負っていることを、改めて噛みしめていた。


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