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沈黙の共犯者たち

 アシュフォード邸のダイニングルームは、ヘンリー卿の不在の時と同じく、銀食器の整然とした光沢と、磨かれたマホガニーの深い色合いに包まれ、完璧な秩序を保っていた。 しかし今夜は、その空気の芯がわずかに軋んでいる。厳格な家長ヘンリー・アシュフォードが、ロンドンでの議会から戻っているからだけではない。 家族全員の畏怖の対象であったあの老紳士と、若きスカーレットが、いつの間にか、まるで二つの異なる世界の川が合流したかのように近しくなっていることが、家族の目には、一種の奇妙な現象として映っていた。


 姉のマーガレットが、フォークをローストビーフから離し、その不思議な光景の中心に座る妹を、まじまじと見つめた。その瞳には、かつてスカーレットがオカルト雑誌に熱中していた頃とは比べ物にならない、鉄と油の匂いを知る者の覚悟のようなものが宿っているように見えた。


「スカリー、どういう風の吹き回しなの?」


 マーガレットの声は、まるで、目の前の妹が突然、別の国の言葉を話し始めたのを聞いたかのような、戸惑いを湛えていた。スカーレットは、自らの内に抱える秘密の重さを、誰にも悟られぬよう、微笑みという一枚の薄い皮で覆い隠した。


「機関車という、最先端の科学技術の塊に魅力を感じているのよ、メグ。あの、蒸気と鉄が生み出す力……それは、この国を、そしてこの世界を動かしている力の源よ。工場にいると、まるで未来という巨大な歯車に触れている気がするの」


 マーガレットは声を潜めて言った。


「でも、あのお爺様が居るのよ」


 マーガレットは、ヘンリー・アシュフォードの重々しい名前を口にするだけで、身を竦めるようだった。ヘンリーは、暖炉の前に座り、静かにワイングラスを傾けている。その姿は、まるで時を司る古い石像のように動かない。


「お爺様も、機関車に興味があるというと、親切に説明してくれるわよ。あれは、合理という名の世界の法則を、誰よりも深く知っている方だから」


 スカーレットの言葉は、図らずも真実を突いていた。ヘンリーは、機関車を通して、世界の裏側で進行する「不合理」の秘密を、スカーレットに伝達しているのだ。しかし、その「親切」の裏に隠された、一族の命運を賭けた切実な秘密を、マーガレットは知る由もなかった。


 その様子を見ていた父ウィリアムが、珍しく明るい調子で口を挟んだ。彼の心は、鉄道車両工場がもたらしているアシュフォード家の黄金期という、まばゆい合理の光に満たされていた。


「新型機関車の評判はいいようだね。ロンドンからドーバーまでの所要時間が十五分も短縮されるようじゃないか。鉄道会社の株価も随分と上がったよ。競合するLC&DRはさぞ悔しがっていることだろうさ」


「そう、だから最先端なのよ」


 スカーレットの瞳の奥で、わずかに光が揺れた。その短縮された十五分には、彼女たちの血が持つ「不合理」の力が、秘密の護符として埋め込まれている。そのことを知る者は、この食卓には二人しかいない。


 母キャサリンは、そんな娘の変貌を、半ば安堵し、半ば心配そうに見つめていた。


「お爺様の工場へ行くのはいいけれど、スカリー。学業をおろそかにしないようにね」


 それは、このアシュフォード家という堅牢な城を保つための、日常という名の小さな呪文だった。 スカーレットは「はい」と答えながら、自分の内に流れる魔力と、銘板の裏に刻まれた魔法陣という、誰にも見えないもう一つの「学業」が、今や自分自身の運命そのものを形作っていることを知っていた。


 彼女は静かに、合理と不合理の狭間で揺れる、自らの新しい役割を受け入れたのだった。


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