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銘板の裏に刻まれた秘密の魔法陣

 軽量でありながら大径の動輪を持つ高速走行可能な機関車──それは、まさに鉄道時代の切実な要請であった。貨物量、旅客量が激増の一途をたどる中、鉄道初期に敷設された線路や橋梁は、大型で重量級の機関車の重みに悲鳴を上げていた。そうした「重い」機関車は、走行可能な路線が限られ、鉄道網全体の輸送効率を圧迫していたのだ。


 この閉塞した状況に、一筋の光明を投じたのが、アシュフォード鉄道車両工場が開発した、軽量かつ高速の新型機関車だった。このニュースは瞬く間に鉄道界の話題の中心となった。その革新的なコンセプトと、発表された驚異的なスペックは、業界の耳目を集め、機関車の設計図が机上にある段階で、すでに大量の注文が殺到した。ヘンリー・アシュフォードが率いる工場は、それに応えるべく、大型の加工機械への設備投資を行い、フル稼働で製造を開始した。


 しかし、期待は一瞬にして崩壊した。意気揚々と行われた試運転で、新型機関車は悲劇的な爆発事故を起こしたのだ。軽量化と出力増強を極限まで追求した設計は、ボイラーの構造的な限界を超えてしまっていた。この事故は、アシュフォード鉄道車両工場にとって、経営的に大打撃が避けられないことを意味した。巨額の投資と、失われた信用。工場は窮地に立たされた。


「ヘンリーさん、貴方には、もうこの提案を退ける道は残されていませんよ」


 暗澹たる工場の社長室に響いたのは、魔法協会会長、ルーサーの落ち着いた声だった。彼の提案は、不合理極まりないものだった。それは、魔法の力、具体的には強化魔法の魔法陣を、製造中の機関車の銘板の裏側に刻み付けるという対策だった。


 ヘンリー・アシュフォードは、当初、不合理なこの提案を拒否しようとした。だが、状況はそれを許さなかった。すでに製作が開始されていたボイラー缶体は、いくつも工場内に山積みになっており、今から再設計を行う時間も、資金も残されていなかったのだ。


「これしか、道はない」 ヘンリーは、苦渋の決断を下した。


 納品されていた真鍮の銘板は、一度全て魔法協会へと運び込まれた。そこで、協会の魔法使いたちの手によって、一枚一枚、その裏側に複雑で精緻な強化魔法の魔法陣が刻み込まれた。作業を終えた銘板は、再び工場に戻され、組み立てを待つ機関車のそばに置かれた。


 機関車の組み立てが完了し、いよいよ魔法の護符である銘板が取り付けられた。ここからが、ヘンリーの、そしてアシュフォード家の秘密の役割であった。


 経営者であるヘンリー・アシュフォード自身が、「検収」という名目で完成した機関車の最終点検を行った。この点検の最中、彼は周囲の目を盗み、取り付けられた銘板にそっと手を触れる。そして、魔力を流し込み、裏側に刻まれた強化の魔法陣を活性化させるのだ。彼の魔力が触媒となり、魔法陣は機関車のボイラーや主要な構造体を、見えない強靭な力で補強した。


 しかし、すべての機関車の検収を、多忙な経営者であるヘンリー一人が行うのは不自然すぎた。


「おじいさま、私にも手伝わせてください。技術的なことはまだまだですが、書類の確認と最終的な外観のチェックくらいは……」


 そう申し出たのは、ヘンリーの跡継ぎであるスカーレット・アシュフォードだった。彼女もまた、この秘密の一端を担うことになった。スカーレットは、「検収作業の補佐」という名目で、工場長などと検収作業をする合間に、祖父と同じように魔法陣の活性化作業を人知れず行っていた。


 工場に響く、槌の音や蒸気の音に紛れて、彼女の指先から銘板へと流し込まれる微かな魔力の輝きは、誰にも知られることなく、アシュフォード鉄道車両工場が存亡を懸けた「軽量高速機関車」の未来を、確かに支え続けていた。


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