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蒸気と魔力の狭間で

 静かに立ち上る石炭の匂いと、焼け焦げた鉄の残骸が、事故現場を異様な静寂で包んでいた。現場には荒縄が張られ、誰もが無闇に立ち入ることを禁じられていたが、調査団はアシュフォード家の指名による特命であることを告げると、工場の責任者は顔色を変え、すぐに進入の許可を出した。この工場はアシュフォード家の栄華の象徴であり、彼らの意向は絶対であった。


 ルーサーは、自身が持つ「蒸気自動車評論家」というの顔――そして、その裏に隠された確かな魔法使いの眼――をもって、現場事務所の埃っぽい机に向かっていた。


 彼の目の前には、事故を起こした新型機関車の青図面が広げられている。それは、合理的な設計者が、いかにして無駄を削ぎ落とし、より軽く、より速く、より強く、より遠くへ走る「鉄の心臓」を生み出そうとしたかの、魂の記録であった。彼は、銀色に光る計算尺を滑らせながら、ボイラーの強度を示す複雑な数字の列を追う。


「軽量高速」という時代の要請は、設計者に過酷な挑戦を強いる。鉄板の厚さ、リベットの数、それらすべてが、馬力を生み出すための重さと、強度を保つための重さとの、紙一重の綱渡りであった。


 ルーサーは、図面上の数字と現実の惨状を照らし合わせるうちに、ある疑念に囚われ始めた。軽量化のために、ボイラーを構成する鉄板の板厚が、ぎりぎりの極限まで抑えられていたのではないか。そして、その極限の設計が、わずかな板の成型精度の狂いや、組立て時の調整のわずかな齟齬によって、「十分な強度」という名の安全圏から外れてしまったのではないか。それは、魔法使いの仕業などではない。合理主義が、自身の限界を乗り越えようとして、脆くも砕けた痕跡であった。


 その頃、工場の広大な敷地――鉄屑と石炭の山、黒い油が染み込んだコンクリートの上を、オーウェン、ペネロペ、バイオレット、そしてスカーレットの四人は、まるで風に舞う落ち葉のように分散して歩き回っていた。彼らの目的は、ヘンリーが疑う「競争相手の魔法使いの痕跡」を掴むこと。しかし、彼らの目は図面のような合理的な数字ではなく、大気中をはじめとするあらゆるところに残された微かな魔力の残響を探していた。


 特にスカーレットは、生まれつきの強い魔力と繊細な感覚により、魔力探知にかけては群を抜いていた。彼女は、試験運転時に使われた水が入っていた高架タンクの底、湿った石炭が積み上げられた倉庫の隅々まで、その感覚の糸を伸ばす。水は魔力を吸い込む器となりやすい。石炭は大地から生まれたエネルギーの塊だ。もし、妨害のための魔法が使われたのならば、その痕跡は必ずやここに残っているはず。


 だが、スカーレットが必死に感覚を研ぎ澄ませても、その空間は、ただの「工場」の匂い、すなわち、油と鉄と石炭の、徹底して合理的な無の空気に満たされているだけであった。魔力探知には、何も引っ掛からなかった。


 この爆発は、魔法の世界とは無縁な、人間が作り出した合理の歯車が、自ら軋みを上げ、壊れた音なのだろうか。調査団の心に、一つの重い予感が横たわり始めた。ルーサーは図面から読み取った懸念を確かめるために、粉々に飛び散った破片をジグソーパズルを組み立てるように一つひとつ手に取って調べ、確信を得た。


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