合理の神殿が崩れた日
アシュフォードの町に、鉄と蒸気の新しい息吹が吹き込まれて、どれほどの時が経っただろうか。
父ウィリアムが、祖父ヘンリーと膝を突き合わせて相談し、広大な牧草地の一部をサウス・イースタン鉄道という鉄道会社に差し出し、さらに先祖代々が築いてきた財産の深いところから多額の出資金を投じた日以来、この地の様相は一変した。 鉄の蛇が大地を這うその線路の脇に、煉瓦造りの巨大な城壁が築かれた。それは紛れもなく「アシュフォード鉄道車両工場」――機関車と客車の骨組みを組み上げる広大な組み立ての場であり、数百名もの働き手が、油と石炭の匂いにまみれて働く、熱と力の神殿であった。
工場が立ち上がると同時に、町の賑わいは底なしの泉のように溢れ出した。賃貸の家がたちまち埋まり、パン屋の釜は朝から晩まで火を落とせない。合理の波は、古き営みにさざ波を立てた。織物工場を経営するキャンベル家では、マイケルさんが「これでは人件費が高騰してかなわん」と嘆息する声は確かに聞こえてくる。 だが、彼の息子ジャックが言うように、力仕事の男手が鉄道工場に吸い上げられた結果、織物工場ではむしろ女性の働き手を求めやすくなったという。合理は一方的なものではなく、常に陽と陰を伴う。
「合理の波がこの街を潤し、ひいては国を潤していく」――ヘンリーお爺様は、よくそうおっしゃった。その言葉の通り、鉄道車両工場への出資がもたらす配当金は、羊毛事業、羊肉事業と合わせてアシュフォード家に黄金期をもたらした。父ウィリアムの機嫌が良い日が増え、屋敷の奥まで響くその笑い声は、富と安定の証のように聞こえた。
だが、合理という名の巨大な機械は、時として予期せぬ悲鳴を上げる。ある晴れた日の午後、鉄道車両工場を揺るがす、凄まじい轟音が響き渡った。工場が威信をかけて設計製作した、軽量且つ高速運転可能な新型蒸気機関車。その試験運転中に、心臓部であるボイラーが爆発したのだ。多くの怪我人が出るという、鉄と蒸気の吹き荒れる中で発生した痛ましい事故であった。
合理の神殿に、痛みを伴う大きな亀裂が入った瞬間だった。
その夜、カントリーハウスの図書館の重々しい扉の向こうで、祖父ヘンリーがロンドンから駆けつけて魔法協会長のルーサーさんに密命を下した。事故の原因は、設計ミスや材料の欠陥ではない。彼は「競争相手の鉄道会社が雇った魔法使いによる、妨害工作ではないか」と疑っていたのだ。
魔法協会のルーサー会長は、この世の理の裏側を扱う者だが、「ヘンリーさんの考えすぎだと僕は思っている」と、どこか困惑したように語った。だが、依頼は依頼だ。合理の世界の最先端、鉄と油と、人間が生み出した力の象徴である場所で、不合理の痕跡を探るという、途方もない任務。
「では、魔法の痕跡を探しに行くぞ」
ルーサーのその声に、張り詰めた決意が宿った。彼らは、彼らの世界の理とは異なる異物を求めて、煙と熱の立ち込める、アシュフォード鉄道車両工場という合理の聖域に、そっと足を踏み入れたのだった。




