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血に宿る炎の記憶

 放課後の喧噪から一人抜け出してきたスカーレットは魔法協会の奥の部屋にいた。 壁に描かれた星図の下で、意識を集中させて座っている。彼女の正面には、いたずら好きな先生然とし、手に包帯を巻いたオーウェン・クロムウェルが立っていた。


 魔法制御の訓練は、彼女が想像していたよりも、遥かに理性的で繊細な作業だった。廃墟での魔法発現の際、恐怖に駆られて暴発した魔力は、ただの破壊的な熱の塊だった。だが、オーウェンの指導の下、意識的に制御された魔法は、荒々しい馬のたてがみではなく、従順な子猫の毛並みのような、穏やかで柔らかな存在へと変わっていく。


 スカーレットは、小さく息を吐き、掌に集中した。その掌から、まるで教会のキャンドルの火のように、繊細で、しかし澄み切った炎が立ち昇った。それは、周囲の空気を歪ませることも、焦げ臭い匂いを放つこともなく、ただ純粋な光と熱だけを湛えている。


「うん、そうだ、スカリー、上手いぞ」


 オーウェンは、満足そうに頷いた。


「君の火魔法は、本当に巧みだ。熱量だけなら、僕たちが知っている中世の魔法使いの記録よりも、遥かに高いものを持っている。だが、君はそれを暴れさせることなく、こうして美しい形で引き出すことができている」


 傍らでその訓練を見ていたルーサーが、口を開いた。彼の声には、深い納得と、どこか懐かしさが滲んでいた。


「おじいさん似できれいな炎を出せるな、スカリーは」


 ルーサーの言葉に、スカーレットの意識は、再びヘンリーの影へと引き戻された。それは、彼女の脳を支配していた「呪文」から、今や血の繋がりという、より根源的な事実へと変わっていた。


「私がここで訓練を受けていることは、祖父は……名誉会長はご存じなのでしょうか」


 スカーレットは、恐る恐る尋ねた。ヘンリーの秘密を知って以来、彼の行動すべてが、二重の意味を持って響くようになっている。ルーサーは、笑みを深めた。


「もちろん。君のことは逐一、報告しているよ。何しろ、君の荒っぽい火魔法が、ケント中の蒸気機関を狂わせる可能性を、彼は誰よりも恐れているからね」


 そして、彼の言葉には、かすかな親愛の情が込められた。


「それに、『孫娘をよろしく頼む』と、直々に言われているしね」


 その言葉を聞いた瞬間、スカーレットの心に、暖かな感情が微かに広がった。あの合理主義の盾を振りかざす厳格な祖父にも、孫娘の身を案じる優しい一面が、隠されていたのだと。


 スカーレットは、昨夜の父ウィリアムの言葉を思い出し、問いかけた。


「あの……少し離れたところにある、暖炉やストーブに火を入れる魔法もあるのですか」


 ルーサーは、面白そうにオーウェンを見た。


「君のおじいさんは、家族にそんな『手品』を見せていたんだな」


 オーウェンは、腕組みを解き、微笑んだ。


「じゃあ、次の段階では、それをやってみようか。君の繊細な魔力の制御には、いい訓練になるだろう」


 しかし、ルーサーはすぐに口を挟み、釘を刺した。彼の声音は、再び協会の会長としての、厳格なものへと戻っていた。


「待て待て、オーウェン。魔法制御が、ここの訓練の主目的だからな。派手な魔法を教えるのはご法度だぞ」


 ルーサーは、スカーレットの目を見つめ、諭すように語った。


「今の時代、魔法使いは目立たず、縁の下の力持ちとして、この合理の世界の矛盾を修正するのに役立てばいいんだ。我々が前に出れば、この世界は一気に非合理の混乱に陥る。私たちは、この社会を壊すのではなく、嘘の合理で守るべきだ。僕はそう思っている」


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