合理の城に帰る道で
キャンベル家の温かい客間を辞したスカーレットは、再び、秩序と伝統の城のようなアシュフォードの屋敷へと向かって歩き出した。ローラおばさんの淹れてくれた紅茶の温もりと、秘密を知らない友人の母との平穏な日常の会話が、砕け散った心の破片を、辛うじて元の形に繋ぎ止めてくれている気がした。
町の喧騒が、少しずつ耳に入り始めた頃だった。向こうから、一人の少年が早足で駆けてくるのが見えた。
「スカリー!」
親友のジャック・キャンベルだ。彼は少し息を切らせて、スカーレットの元に駆け寄った。
「君のお母さんに、スカリーがうちで休んでいるって言ってきたんだ。もういいのかい?」
「ええ、大丈夫よ。ローラおばさんに淹れてもらった美味しい紅茶を飲んで、お話を聞いてもらってね。少し落ち着いたの」
スカーレットは、嘘をつく必要のない「お茶と休憩」という事実だけを、ジャックに伝えた。ジャックは、その言葉に安堵したように、彼女の顔色を注意深く覗き込んだ。
「うん、顔色もさっきよりはだいぶ良くなったね。さっきは本当に、亡霊に出会ったかのような顔をしていたからね。無理しないでね。気をつけて帰るんだよ」
ジャックの言葉は、図らずも真実を突いていた。スカーレットは、まさに自分にとっての亡霊――厳格な祖父ヘンリーという「合理の仮面」の下に潜んでいた魔法使いの存在――に出会ったばかりなのだ。
スカーレットは、ジャックの純粋な心配に、ようやく心からの笑顔を浮かべることができた。
「まあ、まるで私のお母さんみたいなことを言うのね、ジャックは」
「それだけスカリーの事を心配しているんだよ」
ジャックは照れることもなく、まっすぐにそう答えた。彼の視線は、この世界の常識と良識にしっかりと根ざしている。その揺るぎなさが、今のスカーレットにとって、何よりも安らぎだった。
二人は並んで、アシュフォード邸へと続く並木道を歩き出した。 ジャックは工場に最近入ったボイラーの話を、スカーレットは学校の試験の話を、取り留めもなく続けた。その会話は、彼女の頭の中で響く「魔法使い」の呪文を遠ざけ、彼女を再び「スカーレット・アシュフォード」という、オカルト好きの平凡な少女の殻へと戻してくれる。
やがて、秩序と伝統を象徴する、アシュフォード邸の重厚な石造りの門が見えてきた。門の前で、二人は立ち止まった。
「ジャック、送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。また明日、学校でね」
ジャックは、手を上げて別れの挨拶をすると、来た道を引き返していった。
スカーレットは、一人、広大な庭園へと続く門をくぐった。彼女の背後で、ジャックの歩く音はすぐに消えた。 そして、彼女が足を踏み入れたのは、最も合理的でなければならない場所でありながら、同時に、最も深遠な秘密を抱える、祖父の城だった。
彼女は知っている。この城の主、ヘンリー・アシュフォードは、今、自分に厳禁した「非合理」の力を使いこなす、最も古い魔法使いの一人なのだと。スカーレットは、これから始まる、この嘘に満ちた世界での生活と、協会の厳しい魔法制御の修行を前に、深く、深く息を吸い込んだ。




