第44話 緊急速報
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軍事会議から二日後、翼竜騎士団の出立まであと三日。
時刻は昼すぎ。
俺はレゼルとともに騎士団の兵士たちの軍事演習を視察しにきていた。
軍の演習には都市の外の山岳部を利用することも多いが、今日は崩落した覇鉄城の前につくられていた大広場を利用して行われている。
すでに遠征直前の時期でもあり、疲れを残さないように演習は短時間で、細かい連携の確認程度に留められている。
出動している部隊も本隊と『角』、『翼』のみで、演習場にはブラウジや重装騎兵五人衆、アレス、サキナの姿が見られる。
『牙』、『爪』の部隊は休息日だ。
俺とレゼルは大広場の上空を龍に乗って旋回しながら、演習を俯瞰していた。
時折、相棒の龍であるヒュードやエウロが翼をはためかせては、甲高いいななきをあげている。
俺は懸命に演習をこなしている兵士たちの表情を見ながら、素直な感想を述べた。
「短期間でこの人数の兵士を集めて、これだけ動けるなら大したもんだ。
……だが、軍の質の向上に関してはまだまだ日数が欲しいのが正直なところだな」
俺の言葉に、レゼルがうなずいた。
彼女も午前中は自身のための厳しい鍛錬を積み、カレドラル女王や龍神教教皇としての公務もこなしてきている。
国や教会としての体制が整いつつあり、周囲からの支えも充実してきているとはいえ、この順応力の高さは見事としか言いようがない。
「軍の指導や指揮を行っているブラウジたちはもちろん、兵士たちもほんとうによくやってくれています。
ただ、全体的に訓練不足、経験不足の感は否めません。
出自が異なる兵士も混じり、連携のぎこちなさを感じるところもありますね……」
アイゼンマキナを打倒したのち、カレドラル全域から志願兵を招集した。
ジェドやテーベ以外にも、辺境でひそかに龍に乗って戦う訓練を積んでいた若者は思いのほか多い。
彼らには龍に乗って戦う戦士としての遺伝子が脈々とひき継がれている。
そこに、アイゼンマキナ軍の捕虜やジェドの帝国移民のなかで、カレドラルに帰属した者が加わった。
機龍への騎乗は生きた飛竜に乗るのより容易と言われているが、感覚としては似ているらしく、生きた龍での戦いにもすぐに慣れてくれる者が多かった。
とくに捕虜兵は即戦力として重宝しているものの、カレドラル出身の者とはまだ折り合いが悪いようだった。
そうした出来合いの軍のなかで、古くからの騎士団兵士の百余名が、今回の戦いでほぼ全員生き残ったのは非常な幸運だったと言わざるをえない。
彼らが中心となって出自が異なる兵士たちをまとめてくれている。
自身がとても秀でた戦士であるのはもちろんのこと、折を見て未熟な新人たちに指導をしてくれている光景がよく見受けられた。
「彼らが戦いやすい環境を整えること、それが私たちの仕事です。
慣れない土地での戦いは戦士たちに多大な負担をかけます。
グレイスさん、あらためて遠征先での戦いの案内を、よろしくお願いします」
「ああ、そのために俺はここに残ったんだ。任せてくれ」
ひとつの軍として成熟するのにまだ時間が必要なのはたしかだ。
だが、彼らが高い潜在能力を秘めていることは間違いない。
なにせレヴェリアが誇る二大強国、カレドラルとヴァレングライヒが出自の民なのだ。
そして、俺は長い長い旅を経て、レヴェリア各地での戦いにおける戦略を練ってきた。
与えられた使命は果たす。
翼竜騎士団を勝利に導き帝国を倒すことでこそ、俺が歩んできた道のりの真価が問われるのだから。
軍事演習を視察したのち、俺とレゼルは大聖堂に戻った。
聖堂附属の龍舎にヒュードとエウロを預け、大聖堂のほうへと続く通路を歩いていく。
と、石畳の通路の向こう側から、ひとりの女子偵察兵が緊迫した表情を浮かべてこちらに走ってきた。
「レゼル様! 大変でございますっ!」
「セシリア、どうしたの?」
セシリアと言われた女子偵察兵は、俺たちの前でひざまずいた。
ただならぬ様子に、レゼルの隣にいた俺も身構える。
まさか、帝国本国の襲撃というもっとも恐れていた事態が起きてしまったとでもいうのか……!
俺とレゼルは固唾をのんで、セシリアの報告に耳を傾けた。
「旧カレドラル時代の菓子職人が復興記念に開発した菓子が、ジェドじゅうで評判になっています!
牛乳と砂糖、卵を混ぜて熱して固めたもので、とんでもないコクと甘みであると、街の女子たちは騒然となっています!」
「……はぁ?」
レゼルといっしょになって真面目に話を聞いていた俺は、思わず間抜けな調子で聞きかえしてしまった。
しかし、そんな俺の戸惑いなどお構いなく、セシリアは自分の懐をごそごそと探っている。
「そして、私が命がけで入手した現物がこちらに……!
レゼル様がご所望されると思いましたので。
グレイス様の分もあります」
彼女が仰々しく差しだした両手の上には、たしかに黄色くプルプルした内容物を詰めたガラスの小瓶がみっつ乗っていた。
ご丁寧に、アイゼンマキナ時代に作られた鉄の小匙も三本添えられて。
俺は目をぱちくりさせてしまった。
「……セシリア?
公の場以外では呼び捨てで呼んでって、いつも言ってるでしょ?
それと、ふざけて驚かすような真似はやめて」
レゼルは腕を組んで目をつむり、怒ったようにセシリアに語りかける。
しかし、間を置いてふたりは顔を見合わせると……。
「……ぷっ、あははは!」
ふたりで一斉に笑いだしてしまった。
……どうやら、俺はひとりだけ置いてけぼりにされてしまったらしい。
次回投稿は2022/6/16の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。