第43話 天空より舞いおりし旗
ただの思いつきで書いた、純然たる日常回。
未来につながる伏線もなにもありません、どうぞご気軽にお楽しみくださいませ。
場面的には前回の続きです。
◇
彼らのやり取りを上方から見おろしていて、こちらまでほほえましくなる。
と、そこでなんと、グゥ~っと俺の腹の虫が鳴ってしまった!
レゼルにもばっちり聞かれてしまったらしく、こちらに目を向けている。
「あらら、これはお恥ずかしい」
「ふふふ、もうお昼前ですものね。
グレイスさんはお昼はどうされるんですか?」
「うーん、市場で食材を調達して、また厨房を借りて飯でも作るかな」
「そうですか……」
大聖堂のほうで提供されている食事をいただいてもよいことにはなっているのだが、いちおう客人なので、時間があるときには自分で食事を準備することにしていた。
いっぽう、レゼルは口もとに手を当てて、なにやら考えこんでいる。
そして、彼女はさもよいことを思いついたかのように手を打った。
「そうだ!
今日は私が料理を作って皆さんにご馳走しますね!」
「……え?」
――彼女の口からでてきたのは、まぎれもなく親切心からでた言葉。
だがその時なぜか、天空の割れめから猛烈な勢いで投げだされた旗が目の前に突き刺さり、そびえ立つという心象風景が見えた気がした。
閑静だったはずの空中廊下に嵐が吹きあれ、旗の布がバタバタとはためいている。
見目うるわしい顔立ち、清楚で上品な振るまい。
そして神々しいとさえ言ってもいい、戦場を華麗に舞う姿。
いっぽうで、およそ女の子らしいことはできなかったであろう十年間の戦いの日々、まれに見せる突如故障したかのようなポンコツぶり。
……まずい、彼女がもつこの属性はまずい。
諸国をめぐり、さまざまな物語に触れた俺の経験と勘が災害級の警告を発している。
これは物語の類型だ。
この娘に料理を作らせてはいけない、と……!
「…………」
「?」
俺が黙ってレゼルを見つめていると、彼女は不思議そうに首をかしげた。
「ごめん、ちょっと用事を思」
「遠慮なさらず、たくさん食べていってくださいね♡」
立ちさろうとしたら腕を恐ろしいほどのちからでつかまれた。
万力で締めつけられたかのようなすごいちからだ。一歩も動けない。
結局、有無を言わさず大聖堂の食堂に連れてこられてしまった。
大聖堂に務める多くの神職者の食事をまかなうため、食堂は質素な造りながらも広い。
並べられた木製の長机の一席に座り、レゼルの料理ができあがるのを待つ。
俺のほかにはブラウジをはじめ、食堂に行く途中で声をかけられて誘われた仲間たちが何人か座っている。
彼らは皆、レゼルに声をかけられると神妙な面持ちで「御意」とだけ答え、黙ってついてきた。
そしてこうして座っている今も神に祈るように、黙々と祈祷を捧げている。
その光景に、俺はますます不安を煽られる。
食べものへの感謝を捧げているだけなのならよいのだが……。
食堂の一角にある厨房では、レゼルが籠って料理を作っている。
もうすぐ料理ができあがるころなのだろう。
厨房から漂ってくる匂いは今のところ普通だ。
だが、ここで油断するのは危険すぎる。
俺が身構えて待っていると、レゼルが浮きたつような表情で料理を運んできた。
鼻歌まで歌って、彼女は上機嫌そのもの。
俺たちの目の前に、彼女が作った料理が並べられていく。
「メインの仔牛の赤ワイン煮です」
……見た目もまぁ、普通だ。
「愛情をたっぷり入れましたからね♡」
だからそれ、料理が下手な女の子が言うセリフじゃねぇか!
食ったらまずいヤツだろ勘弁してくれ。
「グレイスさん、どうぞ食べてみてください!」
……目を輝かせてそんな風に言われては食べないわけにはいかない。
恥ずかしながら、俺も戦場に命を懸けることを誓った身だ。
今さら死を恐れるべくもない。
俺は恐る恐る料理を口に運んだ。
レゼルはワクワクした顔で俺が食べている様子を見つめている。
そして俺は、自身が食べた料理をゴクリと飲みこんだ。
「……うまい」
拍子抜けした。
ほんとうにうまいじゃないか。
評判の飲食店で出されるような料理と比べてもまったく見劣りしない。
少し一人前としてはひと皿あたりの量が多いが、たしかにうまい。
「ほんとうですか?
うれしいです、グレイスさん!」
レゼルは両手を合わせて喜びをあらわしている。
「一芸は万芸に通ずる。
武芸を極めた姫様は料理の腕だって一品なのじゃ」
ブラウジが目をつむり、うんうんと頷いている。
さすがに武芸と料理は関係ない気がするが、そういうものだろうか。
そのブラウジの隣では訓練を終えたシュフェルが「んまんま」と言いながらうれしそうに料理を口に詰めこんでいる。
俺は厨房に戻って次々と手際よく料理をしているレゼルの後ろ姿を眺めた。
――思うに、彼女は味覚のセンスが抜群なのだ。
こまめに味見をしては、調味料の量を微調整している。
手先が器用で、料理の手順の組みたても要領がいい。
他人を喜ばせたい性格のもち主なうえ、そもそも料理することが好きなのだろう。
先ほど目の前に突き刺さった旗が音を立ててへし折られたのを感じた。
一芸は万芸に通ずるというのも、あながち間違いではないのかもしれないな。
よくよく話を聞いてみると、長年のテント生活でも食糧が豊富な季節には折を見てレゼルが料理を作り、兵士たちにふるまっていたらしい。
兵士たちからはひそかに『神飯』と呼ばれ、彼女の料理上手は騎士団員のあいだでは公然の事実だったようだ。
レゼルがさらに追加の料理を運んでくる。
俺は勝手な邪推で彼女をおとしめてしまったことを深く反省し、敬虔な気持ちで彼女の料理を迎えいれた。
の、だが。
「コトコト煮こんだレゼルのこだわりオニオンスープです♡」
「おお~!」
「ボリューム満点・スペアリブと夏野菜のグリル仕立てです♡」
「……え?」
「本格フォアグラのテリーヌ・レゼル☆スペシャルです♡」
「あ……」
「テーベ産ベーコンのハーブピラフ(特盛り)です!♡」
「……」
「いっぱい食べてくださいね♡」
目の前に次々と並べられていく料理の山。
しかもひと皿ひと皿は特盛りだ。
こんなに食ったら腹が張り裂けることは間違いない。
彼女の料理の腕はたしかだ。
彼女の手料理を毎日食べられる未来の旦那はきっと幸せものだろう。
……だが、さすがに作る量が多すぎやしないか?
(ちなみにレゼルもシュフェルも代謝が異常に良いのか、めちゃくちゃ食う)
とは言え、彼女の輝くエメラルドの瞳にじっと見つめられていては、少したりとも残すわけにはいかない。
俺は覚悟を決めて、すべてを食べきることとした。
食べながら思わず苦笑いがにじみでる。
今日の午後は腹がパンパンになって、なにもできずに終わりそうだな。
料理はからきしですので、料理名を考えるのに苦労しました。
第二部でいちばん苦労した箇所であり、いちばん最後に書いた箇所でもあります。
「この短時間じゃ作れねぇだろ!」という料理もあるかもしれませんが、龍神の加護がなせる技ということでお願いします。
次回投稿は2022/6/12の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




