第45話 プリンと幼なじみと、姉殺し
前回の場面の続きです。
◇
俺とレゼル、そしてセシリアの三人は、大聖堂と修道院群のあいだにある中庭に降りて、ベンチに座って菓子を試食することにした。
中庭の地面には芝生が植えてあり、建物のあいだをつなぐ空中廊下がほどよく日陰になって、心地よい。
俺は黄色いプルプルの菓子を食べはじめて、すぐに夢中になってしまった。
この深いコクと甘み、とろける食感。
うむ、たしかにこれはうまい。
まだこの商品には名前がないそうだが、プルプルしてるから、そうだな……。
ひとまずここでは『プリン』と呼ぶことにしよう。
この菓子の制作技術を習得して他の国々で商売すれば大儲けできるに違いない。
カレドラル名産の上質な牛乳と卵を材料として用いれば、なおさらだ。
行商生活が長かったので、なんでもすぐに商売につなげて考えてしまうな。
ある程度菓子、もといプリンを食べたところで、俺は隣で夢中になっておしゃべりしているレゼルとセシリアのほうを見やった。
――こうして近くでセシリアと向かいあってみて、俺はようやくこの女子偵察兵に見覚えがあることに気がついた。
給油庫での戦いでオスヴァルトに敗戦し、テーベに帰還したときに見かけた男女ふたり組の偵察兵のうち、女性のほうが彼女だったのだ。
水色の髪を後ろで束ねるようにまとめ、ぱっちりと大きな目をした明朗快活な女の子。
セシリアはレゼルの友人だ。
数少ないレゼルと同い年の女の子で、もっとも仲がよい友人のひとりだそうだ。
そして、ジェドへの潜入調査中に本を調達し、レゼルを『軽小説』の世界に引きずりこんだ張本人でもある。
(自分が先に『軽小説』を知ったのに、レゼルのほうがより深くのめり込んでしまって少々引いたらしい。)
……レゼルは現在、『カレドラル女王』にして『龍神教教主』というとんでもない肩書の持ち主だ。
だが、彼女にはそんな肩書を重荷に感じてしまうような、普通な女の子としての側面を持っていることを俺は知っている。
そして、レゼルはセシリアの前ではよりいっそう素の自分をさらけだせるようだった。
彼女たちはちょくちょく俺の知らない思い出を話題にあげては、盛りあがっている。
会話の内容にはまったく付いていけないが、俺はそんなレゼルを眺めてほほえましい気持ちになった。
やがて、俺が会話で置いてけぼりになっていることに気付き、レゼルがこちらを振りむいた。
「あっ。グレイスさん、ごめんなさい。
つい私たちだけで楽しんでしまいまして……」
「いや、いいんだよ。
こうして隣で話を聞いてるだけで楽しいからさ」
「……へー」
セシリアがレゼルの膝の上を乗りこえるようにして顔を寄せてきたので、俺は思わずのけぞってしまう。
あんまり近くでまじまじ見つめられるものだから、変な汗がにじみでてくるのを感じた。
「グレイスさんって、遠目で見ると怖い人なのかなぁって思ってましたけど、近くで見ると男前なんですね。
それになんだか優しそうだし」
「へっ? あ……そ、そう?」
「ちょっと、セシリア……!」
なぜかレゼルが赤面している。
レゼルがセシリアを押しもどそうとするが、彼女は動こうとせずに俺を観察しつづけている。
そんなやり取りをしていたところで、中庭に面した通路をシュフェルとホセ、ティランの三人が通りがかった。
「あっ、姉サマ!
それにセシ姉、ついでにオッサン」
ついでで悪かったな。
シュフェルがレゼルに向かってうれしそうに手を振っているので、レゼルも振りかえす。
三人は俺たちがいる中庭のベンチのほうにやってきた。
この三人は幹部衆のなかでも年代が近く、仲がよい。ちょうど、背丈も皆同じくらいだ。
そんな三人のなかでまず目についたのは、ホセだった。
「ホセ、相変わらずすごい量の本だな……」
「あはは……。
なかなか絞りきれなくて、ついまとめて持ってきちゃうんですよね」
苦笑いしているホセの両手には大量の本が抱えられている。
大聖堂に隠されていた書蔵庫には大量の書物が戦火を逃れて温存されていた。
それを発見して大喜びしたホセは、毎日書蔵庫に足を運んでは、大量の本を借りて持ちだしているようだった。
「あれー。
セシリアさん、なに食べてんの?
ボクも食べたいな~」
セシリアが持っているプリンに興味をもったのはティラン。
おしゃべりに夢中になっていた彼女は食べるのも遅く、瓶のなかにプリンがほんの少しだけ残っていた。
「あー、ティラン君ごめんね~。
今、街で流行しているお菓子なんだけど、私たち三人の分しか買ってこなかったのよ。
すごく甘くておいしいから、食べさせてあげたいんだけどね……」
「え~、そっかぁ。
ボクも食べたかったのになぁ。
……あっ」
「へっ?」
ティランはがっかりしたようにしょげてみせたが、セシリアの口もとにプリンが付いてることに気がつくと、指でぬぐってペロリと舐めてしまった。
「ほんとだ甘ぁ! おいしいね、これ!」
「あっ……あっ……あっ……」
ティランは味見ができてご満悦な様子だ。
セシリアは言葉にならない声をだしながら、赤くなってプルプル震えている。
「うぅむ!」
俺は思わずうなってしまった。
――この少年は、今までの翼竜騎士団にはいなかったタイプだ。
無意識に周囲の人々を魅惑してしまうという、ほとほと困った特性を持つ男の子なのだ。
年代が近い少年としては隣にホセがいる。
彼も姉によく似た中性的な顔立ちの美少年だが、いい意味で色気がない。
『魔性の持ち主』という意味では、むしろエルマさんに近いと言えるだろう。
だが、エルマさんが自分の魅力をじゅうぶんにわかりきったうえで相手を手のひらに転がして楽しんでいるのに対し(それもどうかと思うが)、この少年は自覚がないという点で決定的に違う。
逆にまったくの無自覚だからこそ、余計にタチが悪いとも言える。
しいて彼を形容するならば、そう。
天然の『姉殺し』……!
「へぇ、おいしそうだね。
ティラン、僕たちも街に買いに行こうよ。
今、この本を僕の部屋に置いてくるからさ」
「おぉ~、いいね!
それじゃあさ、グレイスさんもいっしょに行こうよ。
一度ゆっくり話してみたかったし」
「お、いいね。行ってみるか」
俺はプリンを売ってる店の厨房を覗き、自身の商売に役立てるつもりで立ちあがった。
商人として、そしてなにより元・盗賊として……!
俺は店の成功の秘密を盗む気満々だった。
「あら、じゃあ男三人で行ってらっしゃいよ。
オッサン、アタシの分も買ってきてね。
あ、それとアタシの分は二個ね」
「はいはい、仰せのままに」
俺が立ったのと入れ替わるようにしてシュフェルがベンチに座る。
彼女が俺に対してツンツンしていることに変わりはなかったが、ゲバルトを討伐して以降は、少し態度が柔らかくなっているような気がする。
俺は苦笑いして、彼女のご尊命をありがたく承ることとした。
『姉殺し』って、『ドラゴン殺し』になんか似てますよね☆
次回投稿は2022/6/19の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




