第31話 向かい風
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なにか狙っているな――。
レゼルとエウロはオスヴァルトの周囲を旋回しつづけ、遠方から風の斬撃を飛ばしては、時おり隙を狙って斬りかかってくる。
しかし、オスヴァルトが迎撃の態勢をとると深追いはせず、速やかに距離をとり、また旋回を始める。
明らかにオスヴァルトを誘っている動きだ。
このまま持久戦に持ちこめば、運動量が多いレゼルたちのほうが先に力尽きるのは明白。
しかし、本来オスヴァルトは一刻も早くレゼルを倒し、ゲラルドの護衛に行かなければならない立場である。
彼女が格上のオスヴァルトを長時間足止めできたということは、戦略上の勝利を意味する。
そこまで考え至ったところで、オスヴァルトは自分自身がこの戦いを楽しんでしまっていることに気がつく。
――面白い。
彼女は本気でこの私を打ち倒そうとしている。
どんな策を練ってきたのか、しかと見せていただこうではないか!
オスヴァルトは炎龍に指示をだす。
炎龍をレゼルに向かって飛翔させ、ブレンガルドに大量の炎をまとわせながら襲いかかった!
――きた!
レゼルはやっとオスヴァルトが誘いに乗ったのを見て、距離を詰められる前に攻撃を開始した。
『竜巻』!
レゼルはエウロとともに大きくからだを沈みこませると、双剣をそろえるようにして斜め上に斬りあげ、巨大な竜巻を発生させた。
竜巻は地面から巻きあがり、螺旋を描く風の刃となってオスヴァルトと炎龍へと迫っていく!
しかし猛烈な勢いをもった竜巻は、オスヴァルトが振るうブレンガルドの炎によって、いとも簡単にうち消されてしまった。
オスヴァルトは竜巻をうち消した勢いそのままに、レゼルに向かって突進する。
「レゼル様、ご覚悟を!」
その時、竜巻で吹きあげられた瓦礫がほんのわずか一瞬だけ、オスヴァルトの視界をさえぎった。
その瞬間にエウロはからだの向きを変え、飛翔する炎龍の下に潜りこむように急降下した。
だが、オスヴァルトの動態視力はエウロの背中からレゼルがいなくなっていることを見逃しはしなかった。
――下ではない。
視界をさえぎったわずか一瞬にレゼルが行ける場所……それは、上。
レゼルは鞍の固定をはずしてエウロの背中を蹴り、オスヴァルトの頭上を行くように天空高く跳躍していた。
からだを丸め、腕を顔の前で交差させ、双剣を構えたまま高速で縦回転している。
龍騎士は龍とある程度の距離が離れていても、共鳴することができれば龍の御技を放つことができる。
竜巻も龍も囮、真の狙いは上空にいる本体から振りおろす風の斬撃!
技の出始めを叩いて迎えうつ――。
オスヴァルトは上空のレゼルに向かって構えをとる。
上を見あげる彼の構えには、一分の隙たりともなかった。
しかし、レゼルが技を発動させたのは剣を振りおろしたときではなく、剣を振りあげたときだった。
清澄な共鳴音が、闘技場の空間へと鳴りひびいた。
『向かい風』!!
オスヴァルトはとっさにレゼルの考えを察知し、『炎渦』を発動させたが、わずかに遅かった。
炎の渦がオスヴァルトと炎龍を覆い隠すように発生したが、渦が完成する前に風で炎がかき消された。
真下にいるエウロの翼から発生した幾重もの風の刃が、上を向いていたオスヴァルトと炎龍を背後から斬りきざむ!
「ぐあああぁっ!!」
双剣の導きに誘われ、天へと喜び舞いあがっていく天使たちのように。
エウロの翼が巻き起こした風は、そのまま天空に向かって振りあげたリーゼリオンに吸いこまれるように吹きぬけていった
風の斬撃を受けたオスヴァルトと炎龍が、くずおれていく。
レゼルは空中で翻り、体勢を整えながら、自分の技が有効であったことを視認していた。
「通った……!」
レゼルは狙いどおりに技が決まったことが自分でも信じられなかった。
彼女の脳裏に、先日の対話の記憶が蘇る――。
「オスヴァルトの攻撃の真の恐ろしさは、『不規則さ』にあります」
三日前の稽古の合間、翼竜騎士団の基地内で、レゼルはシュフェルとグレイスを交えて作戦を練っていた。
オスヴァルトと再度対峙することになるのは間違いなかったが、圧倒的な実力差をなんとかして埋めなければならなかったのである。
レゼルは神妙な面持ちのまま、話を続けた。
「熱損傷による攻撃力の高さはもちろん脅威ですが、ほんとうに厄介なのは炎がもつ予測不可能な『ゆらめき』です。
オスヴァルトの剣の技術は至高の域に到達していますが、太刀筋自体は剣術の指南書のように基本に忠実です。
しかし、剣の振りと同時に繰りだされる炎の動きはとても不規則なのです。
オスヴァルト自身、炎を剣の動きに無理に合わせるのではなく、あえて自然のゆらめきに委ねている節があります。
同時に迫りくる正確な剣撃と、予測不可能な炎の組み合わせが、オスヴァルトの攻撃を回避も防御も困難なものにしているのです」
シュフェルは話を聞きながら、目を輝かせてしきりに感心している。
「すごい姉サマ、あの短時間の打ち合いでそこまで見抜くなんて……」
「シュフェルがオスヴァルトに剣を学んだのは四、五歳のころだけだものね。
私はもっと小さいころから、何年もオスヴァルトの剣を間近で見てきたから……。
だから、太刀筋と炎の動きのずれに違和感を感じたのね、きっと。
でもそれがわかったところで、防ぐ手立てがないのでは意味がありません……」
レゼルもシュフェルも打開策が見つからず、黙りこんでしまった。
グレイスは話を聞きながら目をつぶって考えこんでいたが、やがて恐る恐る話しはじめた。
「戦闘の技術に関しては俺が口出しできることではないんだが……。
兵法においては、格上の相手と戦うためには、まずは相手の強みを知り、それから自分の強みを知ることが大事だとされている。
そういう意味じゃ、レゼルはもう半分達成できていることになるな。
あとは下手に相手の虚をついたり弱みを探したりするんじゃなくて、自分の強みを見つけることに徹したほうがいいんじゃないかな、とは思うんだけど生意気言ってゴメンナサイ」
グレイスは話しながらチラチラとシュフェルの顔色をうかがっていたが、案の定「姉サマに偉そうなことを言うなァ!」と頭に嚙みつかれてしまった。
まさしく、人を襲う虎。
シュフェルに頭をかじられて、グレイスが悲鳴をあげている。
そんなふたりの仲睦まじい(?)様子を見てレゼルは笑ってしまった。
彼女はくすくすと笑いながら考えをめぐらせる。
私の強み。
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
私の強み、それは――。
「『自由』であること。
それが、私の『風』の強みです」
そこに大気さえあれば、真っ白な画布上の絵筆のように、自由に風の軌跡を描けること。
それこそがレゼルの強み、彼女自身がたどり着いた答えであった。
レゼルは空中でエウロの背中に着地し、オスヴァルトのほうを振りかえった。
オスヴァルトと炎龍は地面に落下していたが、かろうじて体勢を保っていた。
「自身を起点とするのではなく、離れた龍を起点として風を発生させるとは……」
オスヴァルトも炎龍も致命傷にはいたっていないが、いくつもの深手を負ったのは間違いなかった。
彼は内臓にも傷が到達しており、血を吐いていた。
「なるほど。
炎や雷はその活動性の高さゆえに、自然現象としてはきわめて不安定なもの。
私やシュフェル殿では真似できない、あなたならではの技というわけですな」
龍騎士は龍から離れていても共鳴して自然素を引きだすことはできるが、その共鳴可能な距離や威力は、騎士の実力やあつかう属性の性質による。
さらに、剣自体が自然素を生みだす神剣を使っているからこそ、レゼルは離れたエウロを起点として風を発生させても通常と変わらない威力を発揮することができた。
風に任せて剣を振るうばかりではない、己の特質を理解しているからこそできる技。
――たしかに、発想勝負の奇策ではある。
だが、実戦で難度の高い技を成功させる勘と身のこなし、驚くべき成長性……!
オスヴァルトは驚嘆せざるを得なかった。
レゼルたちもオスヴァルトと炎龍の前に着地する。
レゼルは肩で息をしながらも、剣を構えたままオスヴァルトに話しかけた。
彼女もまた、からだじゅうに火傷を負ってぼろぼろになっていた。
「オスヴァルト、先日の戦いのとき、あなたは私たちをあしらっているように見せながら、剣の指導をしていました。
私たちが経験を積んで、強くなるのを辛抱強く待っているかのように」
「…………」
オスヴァルトは黙ったまま、レゼルの話に耳を傾けている。
「最後のとどめの攻撃にしてもそうです。
あなたは、お母さまの治癒のちからがあることを見越して、私たちがぎりぎりで死なないように威力を制御していた……。
あなたが私やシュフェルを殺そうと思えば、いくらでも殺すことができたはずです」
レゼルは構えていた剣を降ろした。
「あなたの真の敵は私たちではなく、帝国なのではないですか?」
それまで黙していたオスヴァルトが、口をひらく。
そして、語りだした。
彼の真の目的と、十年前の真実を。
「私は――」
次回投稿は2022/5/1の19時以降にアップの予定です。何卒よろしくお願いいたします。