第32話 愚かにも気高き龍
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オスヴァルトが、十年前の真実を語りだした。
オスヴァルトが翼竜騎士団を裏切ったのは、レゼルの父・レティアスが立案した偽装だった。
突如としてレヴェリアに出現した現・帝国皇帝は、あまりにも強大すぎた。
カレドラル国王にして龍神教教主であり、翼竜騎士団随一の龍騎士であったレティアスをもってしても、まったく敵わないほどに。
埋めようがないほどのちからの差を知り、レティアスはカレドラルの滅亡が避けられないことを悟った。
そうして彼がだした結論は、自身をも超える龍騎士としての才能を秘めたレゼルとシュフェルのふたりに、未来を託すことであった。
レティアスは当時、翼竜騎士団第二の騎士であったオスヴァルトに命じ、裏切りを演じさせることとした。
彼に自身と相棒の龍(エウロの父龍にあたる)を捕らえて敵に差しださせた。
強力な龍騎士であり、炎の神剣の適合者でもあったオスヴァルトはゲラルドの護衛を任じられ、のちにブレンガルドを与えられた。
貴重な戦力であることを評価された彼の存在に免じて、ひとり残らず処刑の予定であった龍御加護の民は、命だけは保証されることとなった。
それはすなわち、龍御加護の民の命すべてが、オスヴァルトにとっての人質になったのと同義でもあった。
忠誠の証として、オスヴァルトは帝国皇帝の目の前で、レティアスと相棒の龍を処刑した。
真の主君として、心から慕いつづけたレティアスの首に刃を添える。
首を断つ直前、オスヴァルトは一度だけレティアスと目を合わせた。
――あとは頼んだよ、オスヴァルト。
涙を流すわけにはいかない。
涙を流しては敵に真意を悟られる。
オスヴァルトは自身の心をも殺し、剣を振りおろした。
レティアスの持ち物であったリーゼリオンは残った騎士団員たちを巧みに動かし、処刑直前の混乱に乗じて奪還させた。
奪いかえさせたリーゼリオンはレゼルのもとに届くこととなる。
そしてそれが、彼女と残された騎士団員たちの、長い戦いの歴史の始まりとなるのであった。
――この事実を知っているのは、計画を立てたレティアス本人、実行を命じられたオスヴァルト、そしてレティアスの妻であるエルマだけだった。
レゼルはエルマがこの十年ものあいだ、真実を隠したまま自分のすぐそばに居つづけたことを知る。
実の娘にとって、あまりにも過酷な年月。
だが、あの母なら少しも顔にだすことなく秘密を守りつづけるだろう。
そしてそのことを今、レゼルは感謝さえしていた。
十年ものあいだ、片時も途切れることなく、強くなろうと想いつづけられたのだから。
レゼルはオスヴァルトへ向けて手を差しのべた。
「オスヴァルト、事情はわかりました!
今、鉄炎国家軍は壊滅状態です。
私たちのもとに戻ってきて、いっしょに戦いましょう!」
レゼルがオスヴァルトに翼竜騎士団へと復帰するように訴えたが、彼は首を横に振った。
返ってきたのは、彼女が予想だにしない答えだった。
「なりませぬ。
龍御加護の民は、今の私が帝国に忠誠を尽くすことで命を保証されています。
私が帝国を裏切って翼竜騎士団に復帰したことが明るみにでれば、帝国は全力をもってこの国を滅ぼしにかかることでしょう。
私はもう、戻ることはできぬのです」
「そんな……!」
オスヴァルトほどのちからを持った者が運命に縛られてしまうほどまでに、敵は強大だというのか。
まだ幼かったレゼルは戦線にでることを許されず、父と皇帝との戦いを見ることはできなかったのだ。
彼女は言葉を失ったが、オスヴァルトは話を続けた。
「レゼル様、あなたはたしかに父君を超えるほどの可能性を秘めている。
いずれはシュフェル殿とともに私たちを超えていくことでしょう」
……つまり、彼はこう言いたいのだ。
「だが、それでもまだ早い。
早すぎるのです。
レティアス様は間違いなくレヴェリア随一の剣士でした。
そのレティアス様でも、あの帝国皇帝にはひと太刀すら浴びせることができなかった……!」
彼自身にすらちからで劣る者に、なにができるのかと。
その程度のちからで、自分に代わって龍御加護の民を護ることができるのかと。
「レゼル様、今ならまだ間に合います。
剣を収めなされ。
今のあなたではまだ、帝国皇帝に一矢報いることすらできませぬ。
ここはいったんお引きなさい。
そして、強くおなりなさい。
奇策に頼らずとも、私と鉄炎国家の軍勢をうち倒せるほどまで」
オスヴァルトはレゼルに撤退を勧告した。
今のレゼルにはまだ早い。
この場はなんとかするから今は引いて、ちからを付けて出直してこいと。
龍御加護の民を、そしてなにより、レゼルのことを想っているからこその提案。
……だが、レゼルの答えに迷いはなかった。
「それは、できません」
レゼルは静かに、だが、決然として告げた。
「テーベを解放したとき、目の前で亡くしてしまった男の子がいました。
あと数時間……いえ、あと数分でも早くたどりつけていれば、あの子の命を救えていたはずです」
星空の夜、グレイスとの対話のなかで見つめなおした自身の想い。
レゼルの脳裏に再び、あの日見たテーベの情景が浮かぶ。
十年ぶりに見た街の光景、命。
自分が守るべきもの、守れなかったもの……。
「もし今こうしているあいだにも失いゆく命があるのだとしたら。
私はもう、一秒だって待つことはできません!」
レゼルはぶんぶんと首を横に振り、双剣を振りおろした。
「私は誰もが幸せに生きていける国を造ることを自身に誓いました。
今じゃなきゃ駄目なんです。
私は先に進みます。
あなたを倒さなければ先に進むことができないというのなら!
私は今日! あなたを乗り越えていく!!」
レゼルが再び双剣を構えた。
普段の柔らかな物腰に隠されていた彼女の闘争心が今、剥きだしとなってオスヴァルトへと向けられていた。
触れるだけで切れてしまいそうになるほどの闘気は、まさしく荒れくるう龍そのものだった。
この闘争心こそ、父であるレティアスをも超える彼女の真の才能!
レゼルの覚悟が、オスヴァルトの魂にも火を灯す。
「いくら自身の理想や希望を語っても、戦場ではなんの意味も成しませぬ。
あなたに夢をかなえるちからがあるというのならば、己の剣で証明してみせよ!」
オスヴァルトも大剣を構えた。
彼に手加減するつもりはもう、微塵もない。
全身全霊をかけてレゼルを迎え撃とうとしている。
それこそが、彼女の乗り越えるべき壁として残された自身のさだめ。
しかし、レゼルは怯まない。
彼女もまた、命のすべてをかけて声の限りに叫んだ。
「私が造るんだ!
夢の国を、この空に!!」
「かかってこい、愚かにも気高き龍よ……!」
レゼルとオスヴァルトは剣を構えたままにらみあう。
闘気がぶつかりあい、空気がひりつく。
互いに、次が最後の一撃になると直感していた。
レゼルは目前の相手への注意を切らさずに、エウロに小声でささやいた。
「エウロ、あの技で行くよ」
父・レティアスが生前、一度だけ見せてくれた技。
彼女とエウロがいくら修練を積んでも、実戦ではとうとう一度も成功することがなかった。
だが、オスヴァルトを超えるためにはこの技を成功させるしかない。
この十年間の自分たちの戦いの日々を、ただ信じるしかなかった。
レゼルとエウロは静かに、だが、いまだかつてないほどに強く、共鳴を深めていった――。
次回投稿は2022/5/5の19時以降にアップの予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




