第24話 幼児を預かる
舞音を保護したと、田代に報告したのは五時五分前だった。
「あの……舞音さんを私の家で預かりたいのですが……よろしいでしょうか? お願いします!」
躊躇いながらも田代に申し出る。彼女の心情を思えば、一刻も早くマンションへ送り届けるべきだろう。だが、せめて今夜だけでも、舞音をあの家に戻したくなかった。
田代は少し考えた後、同意してくれた。自分もその方がいいと思う。舞音の父親へは説明すると言ってくれた。
母へは、「お客様を連れて帰りますので、よろしくお願いします」とメッセージを送る。クリスマス会に出席しているはずの私が、何故この時刻に帰宅するのか、誰を連れて戻るのか。困惑する顔が目に浮かぶようだ。
舞音と共に帰宅をすると、母は驚きながらも可愛い賓客に大喜びだった。
「まぁ~! 可愛い~! 貴女が、えっと……?」
「舞音です! 葉月舞音です。お世話になります!」
礼儀正しく頭を下げると、お腹のあたりから、くーっ、と小さな音。
舞音はお腹を空かせているのだ。
お腹が鳴ったことを舞音は恥ずかしがるかもしれない。でも空腹の子供を放ってはおけない。直ぐにでも温かくて滋養のある食事を摂らせなくては。
意を決したように母が沈黙を破る。
「そっ、そうだわ~! 沙羅ちゃん。お夕飯まだでしょ? 戻るって聞いて、大急ぎでご飯を炊いたけど間に合わなかったの。沙羅ちゃん。お腹空いてるでしょ? 待ちきれないわよねぇ~!! 沙羅ちゃん?」
母がチラ見をしながら幼女の様子を窺っている。小さな音に気付かないふりに必死だ。
「う、うん!……お腹空いちゃった~! もう、待ちきれない!」
母に合わせて私は懸命に空腹アピールをする。
「そうだわ! 冷蔵庫にうどんの玉があるから、鍋焼きうどんにしましょう!……舞音さん。お好きかしら? 鍋焼きうどん」
母が笑顔で舞音に尋ねる。
「はい! 大好きです。でも、突然お邪魔した上ご馳走になるなんて失礼ではありませんか?」
「舞音ちゃん? 遠慮しないで。自分の家だと思ってねぇ~」
遠慮をする幼女に微笑む母。何も聞かずに舞音を受け入れてくれたことに、私は深く感謝する。
舞音のコートをハンガーに架けて、その後自分のコートを脱いだとき、背後ではっと息を飲む音がした。
「どうかした? 舞音ちゃん」
「あ……いいえ。今夜はお世話になります」
顔色が一瞬変わったように見えたが、きっと疲れたのだ。早く食事と休息を摂らせなくては。
食事の後は入浴。冷えた体を温めないと。
「背中を流してあげる。髪もね!」
私が申し出ると、「赤ちゃんじゃありませんから一人で出来ます」と丁重に辞退されてしまった。少し残念。
脱衣所で舞音にパジャマを渡す。これは田代が着替えや洗面道具と一緒に届けてくれたものだ。彼女の手際の良さには驚いてしまう。
舞音には客間を用意した。私の部屋に泊まるようにと勧めるも、「プリンセスは舞台を控えていますよね? 一人でゆっくりお休みください」と、やはり丁重に辞退されてしまった。
私はようやく、自分の仕事を見つけることが出来た。
子供が持つにはドライヤーは重すぎる。洗い髪は私が乾かした。
髪に温風を当てて、わしゃわしゃとしていると、舞音がこくりこくりと船をこぎはじめた。
(疲れたのね……)
舞音にとって、今日は大変な一日だった。安心して眠くなったのだろう。
抱きかかえてベッドに寝かしつける。あどけない寝顔が愛らしくて、ずっと眺めていたいほどだ。
午後九時。私はようやく自室に戻ることが出来た。
(どうしよう……)
ドタキャンをしたのに、一度も結翔に連絡をしていなかった。パニックを起こして、クリスマス会も結翔のことも、頭から消し飛んでいたのだ。
スマホをタップすると、数回のコールで出てくれた。
「こんばんは……今、いいですか?」
「おう……」
結翔は私からの連絡を待っていた。
紬にも、彼らの両親にも、自分は心配をかけてしまった。
「ごめんなさい……」
「うん……何かあったんだろ?」
結翔はきっと無断欠席を許してくれている。事情があることを察してくれている。それでも理由は知りたいはずだ。
「……こめんなさい……」
だが、たとえ相手が結翔であっても話すことは出来ない。
「そか……」
「ごめんなさい……」
自分には謝ることしか出来なかった。
「う~ん? 木下さんも何も言わないし……」
(木下さんまで巻き込んでしまった……)
舞音が私の家に来るまでに、実は面倒な問題が起きていた。
そもそも事の発端は、舞音があの場所に一人きりで辿り着いたことだ。マンションから公園まで車で十分ほどかかる。大人ならまだしも、子供が歩ける距離ではない。いったいどうやっていくことが出来たのか。
その答えは、木下の待つ駐車場で判明した。木下の横にはタクシーのドライバーが立っていた。
舞音はタクシーチケットを使い公園を訪れ、駐車場に彼を待たせていた。目的を果たした後は、その車で帰宅するつもりだったのだ。
タクシーチケットは、精算時にドライバーに手渡すと運賃が後払いされる。舞音は保護者から、「必要なときに使いなさい」と、チケットを渡されていた。
その時の状況をドライバーが説明してくれた。
タクシーチケットと、顔写真入りの通園証を見せられた。
通園証の顔写真が舞音自身のもので、記載された住所が乗車位置と同じ場所だった。
彼はこの近辺を巡回していて、園児を連れた保護者を度々乗せていた。
これらの条件が重なって、舞音が乗車することを不審に思わなかった。公園で一時降車したときも、戻りが遅ければ様子を見に行くつもりだったという。
舞音は大人が納得する計画を立て、それを実行したのだ。
舞音を連れて帰ろうとすると、ドライバーが慌てて止めに入った。目の前で子供がさらわれては一大事と、危機感を持ったのかもしれない。
そんなドライバーを、木下が運転免許証を掲示しながら説得してくれた。
こうして、舞音は私の家にやって来たのだった。
自分では大人を相手に交渉など出来なかった。何も聞かずに協力してくれた木下には、感謝してもしきれない。
だが、このやり取りさえ、結翔に明かすことは出来ない。田代との約束の為に、他人には話せないのだ。
「それにしても……木下さんは楽しそうだったぞ? 一度やってみたかったって。古いドラマで、“あの車を追ってください!”ってのがあるらしい。何のことかわからないけど……知ってた?」
結翔が可笑しそうに笑う。これは私をリラックスさせる為のユーモア。
彼の思い遣りに心がほろりとする。
(でも、それって……)
乗客が無茶ぶりをするのは、カスハラという迷惑行為の一種ではないか。昔は不思議なドラマが流行ったものだと思う。
「あのさ……会のことは気にしなくていい」
「はい、でも……」
「沙羅ちゃんが自分で決めたことだろ?」
「……」
今日の出来事を振り返る。舞音だけではない。私にとっても大変な一日だった。だが、結翔の優しさですべてが報われるようだ。
「……ありがとうございます……」
十二月二十四日。深夜。
静かに一日が終ろうとしていた。
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