表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女と天使とバレエ+巡礼  作者: 志戸呂 玲萌音
第七章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

229/233

第24話  幼児を預かる

 舞音を保護したと、田代に報告したのは五時五分前だった。


「あの……舞音さんを私の家で預かりたいのですが……よろしいでしょうか? お願いします!」


 躊躇いながらも田代に申し出る。彼女の心情を思えば、一刻も早くマンションへ送り届けるべきだろう。だが、せめて今夜だけでも、舞音をあの家に戻したくなかった。


 田代は少し考えた後、同意してくれた。自分もその方がいいと思う。舞音の父親へは説明すると言ってくれた。


 母へは、「お客様を連れて帰りますので、よろしくお願いします」とメッセージを送る。クリスマス会に出席しているはずの私が、何故この時刻に帰宅するのか、誰を連れて戻るのか。困惑する顔が目に浮かぶようだ。


 舞音と共に帰宅をすると、母は驚きながらも可愛い賓客に大喜びだった。


「まぁ~! 可愛い~! 貴女が、えっと……?」


「舞音です! 葉月舞音(はずきまのん)です。お世話になります!」


 礼儀正しく頭を下げると、お腹のあたりから、くーっ、と小さな音。

 舞音はお腹を空かせているのだ。

 

 お腹が鳴ったことを舞音は恥ずかしがるかもしれない。でも空腹の子供を放ってはおけない。直ぐにでも温かくて滋養のある食事を摂らせなくては。


 意を決したように母が沈黙を破る。


「そっ、そうだわ~! 沙羅ちゃん。お夕飯まだでしょ? 戻るって聞いて、大急ぎでご飯を炊いたけど間に合わなかったの。沙羅ちゃん。お腹空いてるでしょ? 待ちきれないわよねぇ~!! 沙羅ちゃん?」


 母がチラ見をしながら幼女の様子を窺っている。小さな音に気付かないふりに必死だ。


「う、うん!……お腹空いちゃった~! もう、待ちきれない!」


 母に合わせて私は懸命に空腹アピールをする。


「そうだわ! 冷蔵庫にうどんの玉があるから、鍋焼きうどんにしましょう!……舞音さん。お好きかしら? 鍋焼きうどん」


 母が笑顔で舞音に尋ねる。


「はい! 大好きです。でも、突然お邪魔した上ご馳走になるなんて失礼ではありませんか?」


「舞音ちゃん? 遠慮しないで。自分の家だと思ってねぇ~」


 遠慮をする幼女に微笑む母。何も聞かずに舞音を受け入れてくれたことに、私は深く感謝する。


 舞音のコートをハンガーに架けて、その後自分のコートを脱いだとき、背後ではっと息を飲む音がした。


「どうかした? 舞音ちゃん」


「あ……いいえ。今夜はお世話になります」


 顔色が一瞬変わったように見えたが、きっと疲れたのだ。早く食事と休息を摂らせなくては。


 食事の後は入浴。冷えた体を温めないと。


「背中を流してあげる。髪もね!」


 私が申し出ると、「赤ちゃんじゃありませんから一人で出来ます」と丁重に辞退されてしまった。少し残念。


 脱衣所で舞音にパジャマを渡す。これは田代が着替えや洗面道具と一緒に届けてくれたものだ。彼女の手際の良さには驚いてしまう。


 舞音には客間を用意した。私の部屋に泊まるようにと勧めるも、「プリンセスは舞台を控えていますよね? 一人でゆっくりお休みください」と、やはり丁重に辞退されてしまった。


 私はようやく、自分の仕事を見つけることが出来た。

 子供が持つにはドライヤーは重すぎる。洗い髪は私が乾かした。


 髪に温風を当てて、わしゃわしゃとしていると、舞音がこくりこくりと船をこぎはじめた。


(疲れたのね……)


 舞音にとって、今日は大変な一日だった。安心して眠くなったのだろう。


 抱きかかえてベッドに寝かしつける。あどけない寝顔が愛らしくて、ずっと眺めていたいほどだ。


 午後九時。私はようやく自室に戻ることが出来た。


(どうしよう……)


 ドタキャンをしたのに、一度も結翔に連絡をしていなかった。パニックを起こして、クリスマス会も結翔のことも、頭から消し飛んでいたのだ。


 スマホをタップすると、数回のコールで出てくれた。


「こんばんは……今、いいですか?」


「おう……」


 結翔は私からの連絡を待っていた。

 紬にも、彼らの両親にも、自分は心配をかけてしまった。


「ごめんなさい……」


「うん……何かあったんだろ?」


 結翔はきっと無断欠席を許してくれている。事情があることを察してくれている。それでも理由は知りたいはずだ。


「……こめんなさい……」


 だが、たとえ相手が結翔であっても話すことは出来ない。


「そか……」


「ごめんなさい……」


 自分には謝ることしか出来なかった。


「う~ん? 木下さんも何も言わないし……」


(木下さんまで巻き込んでしまった……)


 舞音が私の家に来るまでに、実は面倒な問題が起きていた。


 そもそも事の発端は、舞音があの場所に一人きりで辿り着いたことだ。マンションから公園まで車で十分ほどかかる。大人ならまだしも、子供が歩ける距離ではない。いったいどうやっていくことが出来たのか。


 その答えは、木下の待つ駐車場で判明した。木下の横にはタクシーのドライバーが立っていた。


 舞音はタクシーチケットを使い公園を訪れ、駐車場に彼を待たせていた。目的を果たした後は、その車で帰宅するつもりだったのだ。


 タクシーチケットは、精算時にドライバーに手渡すと運賃が後払いされる。舞音は保護者から、「必要なときに使いなさい」と、チケットを渡されていた。


 その時の状況をドライバーが説明してくれた。


 タクシーチケットと、顔写真入りの通園証を見せられた。


 通園証の顔写真が舞音自身のもので、記載された住所が乗車位置と同じ場所だった。


 彼はこの近辺を巡回していて、園児を連れた保護者を度々乗せていた。


 これらの条件が重なって、舞音が乗車することを不審に思わなかった。公園で一時降車したときも、戻りが遅ければ様子を見に行くつもりだったという。


 舞音は大人が納得する計画を立て、それを実行したのだ。


 舞音を連れて帰ろうとすると、ドライバーが慌てて止めに入った。目の前で子供がさらわれては一大事と、危機感を持ったのかもしれない。


 そんなドライバーを、木下が運転免許証を掲示しながら説得してくれた。


 こうして、舞音は私の家にやって来たのだった。


 自分では大人を相手に交渉など出来なかった。何も聞かずに協力してくれた木下には、感謝してもしきれない。


 だが、このやり取りさえ、結翔に明かすことは出来ない。田代との約束の為に、他人ひとには話せないのだ。


「それにしても……木下さんは楽しそうだったぞ? 一度やってみたかったって。古いドラマで、“あの車を追ってください!”ってのがあるらしい。何のことかわからないけど……知ってた?」


 結翔が可笑しそうに笑う。これは私をリラックスさせる為のユーモア。

 彼の思い遣りに心がほろりとする。


(でも、それって……)


 乗客が無茶ぶりをするのは、カスハラという迷惑行為の一種ではないか。昔は不思議なドラマが流行ったものだと思う。


「あのさ……会のことは気にしなくていい」


「はい、でも……」


「沙羅ちゃんが自分で決めたことだろ?」


「……」


 今日の出来事を振り返る。舞音だけではない。私にとっても大変な一日だった。だが、結翔の優しさですべてが報われるようだ。


「……ありがとうございます……」


 十二月二十四日。深夜。

 静かに一日が終ろうとしていた。



ここまでお読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ