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彼女と天使とバレエ+巡礼  作者: 志戸呂 玲萌音
第七章

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第21話  約束

 今年も残り僅か。メモリアルコンサートの当日が迫っていた。


 私と相山が踊るパ・ド・ドゥは、ラスト直前の、ジャンヌとフィリップの婚約式の場面だ。志を共にする二人が、愛の喜びを全身で表現する、最も華やかで有名な場面だ。


「お手をどうぞ! プリンセス!」


「ジャンヌはプリンセスではありませんよ?」


 相山がおどけでて腕を差し出すものだから、危うく吹き出しそうになる。

 腕を組んでジャンプをしながら稽古場を横切って、方向を変えながらそれを繰り返す。


 パ・ド・ドゥは三部形式だが、作品の個性が最も強く現れるのは冒頭のパート。特に出だしの跳躍でそれを表現するのだ。


「もっと高く!」


 教師が声を発する。


 軸足の膝を深く曲げて足の裏で床を押す。これはプリエ。全ての動き()の基本だ。もう片方の足を進行方向へ蹴って跳ぶ。空中では膝を伸ばして姿勢を整える。


 心臓がどきどきとして、呼吸が早くなっても苦しさなんて感じない。もっと高く跳びたい。その一心だった。


 時折、心を通わせるように視線を合わせる。二人は婚約したばかりの恋人同士なのだから。


 リフト。

 華やかな見せ場だ。


「上体を引き上げて!」


 指導にいっそう熱がこもる。


 その後、互いにソロパートを踊ってコーダで締めくくり。


 レッスンの終了。


「お疲れさまでした! この調子で頑張りましょう!」


「ありがとうございます!」


 相変わらず物足りなさが残るものの、今日は精一杯踊ったのだから、また次のレッスンで頑張ろうと思う。


「ところで……お知らせがあります。有宮さんと相山さんが組んで一枠減ったでしょ? それで、急遽代替えの人が参加することになりました。平山ルカさん。楡咲の生徒です」


 瞬間、咲良がひゅっと息を飲む音がした。


(さっ、咲良? それに、えっと……平山、ルカさん?)


 生徒といわれても私は面識がなく名前すら知らない。

 彼女は現在モナコに留学中で、クリスマス休暇で一時帰国しているそうだ。


(モナコのバレエ学校!)


 私はサマースクールに参加しているものの、父から長期留学を反対され諦めた経緯がある。同じ楡咲の生徒でありながら、彼女は自分よりも先を歩いているのだ。憧れと共にルカに対する強い好奇心が湧き上がってきた。


 更衣室へ向かう途中で咲良が私に説明をする。


「平山さんは学年が私達より四歳上。三年前にオーデションを受けて入学資格とスカラシップ獲得したんだ。沙羅が入学する一年前、だね。……私はルカさんと同じコンクールに出場したことがある。彼女はジゼルを踊ったんだ」


 咲良はコンクール常勝者だが、そのときはルカが一位だったという。


「どんなジゼルだったの?」


「平山さんは折れそうなくらい華奢なんだ。小枝のように細長い手足で、儚げな姿はウィリにぴったりだった……ふわっとして軽やかな……沙羅の粘っこくて重たいジゼルとは対照的だよ」


(ねっ、粘っこいって ……言い方!?)


 喉まで出かかった抗議の言葉を必死で呑み込む。咲良の話はまだ終わっていない。


「何よりもオーラ? キラキラした華があるんだ。実力はもちろんだけと、目立つ存在だったから留学するときは話題になった……天才少女、って」


 天才少女。

 リアル世界の日常で、このワードを耳にする日が来るなんて。

 それだけで既に奇跡のようだ。


 神様から溢れんばかりの贈物を受け取った人。

 難しい技を難なくこなし、誰にも真似出来ないようなダンスを踊る。


 平山ルカ。彼女は私が楡咲に入学する前に渡欧して、私がサマースクールに参加している間は夏季休暇で帰国している。彼女の留学が決まった当時は、自分はスランプに陥りバレエ界隈の事情に興味を失っていた。それで会うこともなく、存在すら知らなかったのだ。ここまで見事にすれ違っていると、運命のようなものさえ感じてしまう。

 

「コンサートに出演するんだよね? 何を踊るのかな~。私もルカさんのダンスを観たい!」


「私も。何を踊るか楽しみだよ。留学前よりも絶対に上手くなってる!……でも、彼女の後に踊るのは嫌かも」


「……咲良?」


 咲良が弱気な発言をするのは珍しい。比べられることを危惧しているのかもしれない。平山ルカはどんなダンサーなのだろう。


 話しながら玄関に到着すると、幼児の高い声に迎えられる。


「プリンセス! お疲れさまでした!」


「舞音ちゃん!」


 舞音は戸口の手前で田代と共に立っていた。事務員から屋内で待つ許可を得たという。先日の忠告を受け入れてくれたのだ。

 

(……撫でてあげたい……)


 マシュマロのような頬をチラ見する。舞音を褒める為に撫でるのだ。だが、それならば頬ではなく頭を撫でるべきではないか。


 ひとり悶々としていると、心配そうに呼びかけられる。 


「プリンセス。どうかしましたか? レッスンでお疲れですか?」


 舞音が首を傾げながら私を見上げている。少し吊り上がった瞳が可愛らしい。


「あっ、あのね……舞音ちゃんがいい子だな~って……あはは……」


「ありがとうございます! お迎えにあがりました。どうぞお車へ!」


 車に乗り込むのは恒例のことになってしまった。舞音の時間が無駄になってはと心配していたが、喜ぶ姿を見ると、こうして一緒に過ごすのもいいかもしれないと思うようになった。だが、今日の舞音はいつもと様子が違う。いつもと変わらないようでいて何か違う。そんな感じだ。


「舞音ちゃん? いいことがあった? 何だか嬉しそう!」


「あ、あの……そんな風に見えますか?」


 舞音は俯くともじもじとし始めた。彼女は感情を読み取られることを恥と思うようだ。


 幼女は直ぐに前を向き直すと、何でもないことのように淡々と言ってのけた。


「クリスマスは両親と過ごすことになりました」


「わぁ☆ よかった~!!


 舞音の平常心を保つ努力などお構いなしに、私は即座に小さな手を握りしめた。


「プッ、プリンセス! 大袈裟です……父は仕事が一段落して、母は……一緒に旅行に行くお友達の都合が悪くなった……所為です」


 言い訳のように舞音が口ごもる。父親の事情はともかく母親の動機が微妙だが、それでもよかったと思う。


「よかったね! 私も嬉しい!!」


「あっ、ありがとうございます……でも、こんなことで嬉しがると赤ちゃんみたいじゃありませんか?」


「赤ちゃんだなんて……大人だって嬉しいときは嬉しいって言っていいの!」


「……はい……」


 舞音の黄桃の唇の端が僅かに上がり、上気した頬が緩んでいく。隠しきれない心情が零れるようだ。


「二十四日は両親と過ごします。メモリアルコンサートが二十六日ですから、よい年の瀬になりそうです!」


 二十四日。

 私が塔ノ森家の集いに招かれている日だ。

 クリスマスの前夜祭。この日に親しい人と時を共にする人は少なくない。


 私にとっても舞音にとっても、きっとよい一日になる。

 きっと素敵な思い出が作れる。


「よかったね! 舞音ちゃん」


「ありがとうございます! プリンセス」


 私達は顔を見合わせると、互いに微笑み合うのだった。



 










 

 


 


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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