第19話 誘い
帰宅後、夜のルーティンを終えると時計は十一時を指していた。
今日の出来事を思い返しては自己嫌悪に陥る私。結翔がクラスメイトと話していただけで、ネガティブな感情を顕わにするのは大人の振る舞いではない。
(……でも……)
結翔には複数の縁談話があったのだ。結翔が引きこもると令嬢達は彼を見放したが、立ち直ったことを知れば舞い戻ってくるかもしれない。舞音の通う幼稚園で流布されている悪評もいずれ払拭されるだろう。名家の令嬢達に結翔が再び囲まれる日が来るかもしれない。
(いっ、いけない……)
今考えることではない。
私には即座にすべきことがある。結翔に謝罪をしなくては。
結翔は私の交友関係を尊重してくれているのに、自分にはそれが出来なかった。彼の大切な学友に対して不自然な態度で空気を悪くしてしまったのだ。結翔は優しいから許してくれるだろうが、まずは自ら謝罪をしたい。
電話を架けるには遅い時刻だが、結翔はきっと起きている。躊躇いながらもスマホをタップした。
……が……。
ツーツーという音が耳に空しく響くばかり。
(通話中……誰と?)
学友かバイト先の上司、あるいはピリグリムの仲間かもしれない。結翔には、バレエ一筋の私には想像もつかないほど広い交友関係がある。彼は多忙な身なのだからと、時間を空けて電話することにした。
待ち時間の間に読みかけの本を手にするも、集中出来ないままに十五分が経過した。文字盤を指先でも弾くも繋がらず、話中を告げる音声に心が逸る。
更に十五分が経つが通話中。それでも声を聴いて、自分の気持ちを伝えて彼の誤解を解きたい。結翔は少しも悪くない。謝罪すべきなのは自分なのだと。
時は刻々と過ぎ、夜が深まっていく。今夜は諦めようとスマホをサイドボードに置いた瞬間だった。
――チリリン。
呼び出し音と同時に私はスマホに飛びついた。
結翔。
結翔が連絡をくれたのだ。
「……今、いいかな?」
「……は、はい……」
優しい声に心がほろりとする。
「忙しいのにごめん……ずっと話し中だったろ?」
「えっ?」
「夜遅いけど大丈夫?」
「はっ、はい!……私も話したかったんです!」
話し中の理由は、私と結翔が互いに電話を架け合っていた所為だった。
「そか……今日は悪かった」
「そっ、そんなこと! 私こそ急に失礼な態度をとってしまって……」
「ごめん!!」 「ごめんなさい!!」
謝罪の二重奏の後僅かな沈黙があって、どちらからともなくクスクスと笑いが零れた。今回の件は私が悪かったと思う。だからもっと反省しなくてはいけないのに、緊張が緩むと笑いを堪え切れなくなってしまった。
「よかった! 機嫌は直った?」
「あっ、あの……結翔さんの所為ではないです……驚かせてしまってごめんなさい」
「そか……じゃあこれで仲直りだな!」
「はい! 仲直りです!」
結翔は少しも悪くない。私の一方的な思い込みのなのだから。それでも欲をいえば、もう少し察してくれれば……と思ってしまう。でもこれは内緒。
「おしっ! これでやっと話が出来る。前々から誘いたかったんだ……クリスマス会に来ないか? 去年ほど大がかりではないけど。ほら、秋絵さんが大事な体だから……俺の家に身内だけを集める。沙羅ちゃんにも来てほしい。二十四日なんだけどその日は空いてる?」
「空いてます!! でも……そんな集まりに私がお邪魔してもいいの?」
「もちろん! 紬も両親も沙羅ちゃんを待ってるんだ」
「行きます! お招きありがとうございました!」
「やった! 決まりだな。待ってるから……」
塔ノ森家で催される身内だけのクリスマス会。自分が家族の一員として迎えられたようで嬉しい。
こうして十二月二十四日の約束が取り付けられたのだった。
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