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彼女と天使とバレエ+巡礼  作者: 志戸呂 玲萌音
第七章

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第18話  冬の植物園


「あれですか? 結翔さん」


 目の前にはドーム型の建物があった。

 外壁はガラス張りで冬の日差しを弾いて眩しいほどだ。


「そう! 熱帯植物園!」


 中に入ると南国に迷い込んだようにほわりと温かい。熱帯植物の生育と保護の為に、建物は巨大な温室になっている。上着と荷物をロッカーに預ければ、植物園ツアーの始まりだ。


 見上げると、ガラス張りの天窓からは日差しが燦燦と降り注いでいた。高い天井に向かって生い茂る枝から色鮮やかな花が咲き零れている。


「わぁ~! ジャングルみたい!」


 華やかで奇妙な植物は、図鑑でしか見たことのないものばかりだった。


「ははは……確かにジャングルだ!」


 少し前まで寒さに震えていたことが嘘のようだ。パンフレットを片手に、結翔と手を繋いで珍しい植物を眺めながら歩いた。


「バレエ学校から直行だったな……そろそろ休憩にするか」


「あ、はい。助かります!」


 植物園に併設されたカフェに入ると、私はマンゴージュース、結翔はオーガニック珈琲を注文した。電話やメッセージのやり取りがあったものの、こうして対面で会うのは久しぶりだ。互いの近況を報告し合った後、話題はメモリアルコンサートへと移っていった。


「今度は何を踊るの?」


「パリの炎のジャンヌを踊ります!」


 物語の粗筋を結翔は興味深そうに聞いてくれた。


「へぇ~! 随分リアルな話だな」


「そうなんです! フランス革命を題材にしてますから」


 バレエに疎い結翔が興味を示している。このままもっと好きになってくれれば私も嬉しい。


「観に来てくださいね!」

 

「もちろん!」


 休憩の後は売店で土産を買うことにした。


「紬にはこのキーホルダーにしよう……先に会計してくる。沙羅ちゃんはゆっくり探しててくれ」


「はい!」


 しばらくして、私は絵葉書を手にレジに向かった。買い物客は私達だけで、レジでは結翔が女性スタッフと親しそうに会話をしていた。


「……結翔さん


 私は二人のそばまでいくと、さりげなくスタッフに視線を移す。


 ベリーショートの髪に身嗜みの為の薄化粧。パンツスタイルの制服がよく似合っていた。外見はボーイッシュなのに仕草が細やかな人だった。


「結翔さん?」


「ああ、沙羅ちゃん。同じ大学の細田さんだ……ここでバイトしているんだって。知らなかったな~!」


 結翔が同級生の紹介をする。


「はじめまして! 細田真理です! よろしくね!」


 細田に微笑みかけられるも、私の心が和むことはなかった。


「はっ、はじめまして……有宮沙羅です!」


 高まる緊張を抑えつつ、やっとの思いで名乗る。


「塔ノ森君のカノジョが可愛いって噂に聞いてたけど、本当だったのね! 奇麗な髪……カフェオレ色、かな~?」


「……ミルクティ、です」


 結翔のシャツの裾を掴んだまま、私は意味の無い訂正をする。


「そっ、そうなの? ミルクティだったんだ……すっ、素敵!?」


 何かを察したように細田の声が上ずった。


「あ、えっと…ごめんなさ~い! 在庫確認をしなくちゃ! せっかく会えたのにザンネ~ン☆ 沙羅さん。今度ゆっくりお話しましょうね!」


(……わっ、私ったら。なんてことを!)


「あっ、あの! 是非! 私もお会い出来て嬉しかったです!」


 必死に笑顔で取り繕うも時既に遅しだった。


 細田の親密さはきっと社交辞令ではない。私との出会いを本気で喜んでいる。そんな彼女に自分は気を使わせてしまったのだ。


「おっ、おう、悪い! 仕事中だったな。またな!」


 結翔も異変に気付いたのか声のトーンが妙に高い。


「じゃあね! 塔ノ森君! 沙羅さん! またねぇ~☆」


 細田は同僚に声をかけると持ち場を離れていった。


(どうしよう……空気を悪くしてしまった)


 彼女は私のぎこちない態度に大人の対応をしたのだ。思い起こせば、結翔の高校時代の同級生の広瀬綾女も良い人だった。結翔の周りには、どうして素敵な女性ばかりが集まるのだろう。自分の対応が恥ずかしくて、一刻も早くその場を離れたかった。


「ごっ、ごめんなさい……用事を思い出しました。先に帰ります……」


「えっ!? 急に!? じゃあ、俺も一緒に!」


 突然の帰宅宣言に驚きながらも、結翔の足は既にロッカールームへ向かっていた。


「大丈夫です! ……一人で帰ります」


「それはだめ! いいかい?……外はもう暗い。沙羅ちゃんを一人で歩かせるわけにはいかないんだ。急いでいるみたいだけど一緒に帰ろう……な?」


 冬至間近で日没が早い上に、植物園は公園に囲まれていて人影もまばらだ。髪と目の色で自分は目立つ存在なのだ。以前、渋谷でスカウトと称する男に付きまとわれた経緯がある。そんな私を思慮深い結翔が一人で歩かせるはずがなかった。


「……ごめんなさい……」


 私が落ち着いたのを見て、結翔が安堵したのが分かった。


「何かあった? 俺、無神経なところがあるから……」


「……」


 彼にどう伝えればいいのだろう。もっと自然な受け答えが出来ていればと、後悔が残るのだ。


 無言のまま植物園を出ると、薄明の空を街路灯が仄かに照らしていた。外気の冷たさに身を縮めると、ふわりとコートをかけられる。


「ここは潮風が冷たい。沙羅ちゃんの上着は薄いから……」


「で、でも、結翔さんだって冷えてしまいます!」


「へーき! へーき! 公演前の冷えは厳禁だろ?」


「……ありがとうございます……」


 結翔の思いやりに心がほのぼのと温かくなる。

 寒風が吹く中、私と結翔は身を寄せながら帰路に就くのだった。








ここまでお読み頂きありがとうございました。

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