第17 話レッスン後
私と相山が通して踊るとレッスンは終了した。
今日は充実した一日だった。浮上した課題もきっと乗り越えられる。今までそうしてきたのだから。勢いつけて門を出ようとしたとき見慣れた後ろ姿が視界に入った。
短く刈られた髪。
紺色のコート。
私が待ち続けたあの人。
「結翔さん!」
結翔が迎えに来てくれた!
こうして会えるのは久しぶりで、大喜びで彼に走り寄る。今日は何て良い日だろう。練習を頑張った自分に神様がご褒美をくれたみたい。
―― コホンッ!
背後から小さな咳払いの音がして、振り返ると咲良が立っていた。結翔の登場が嬉しすぎて危うく彼女の存在を忘れるところだった。
「あっ、あの……結翔さん。この人は赤城さん。赤城咲良さん……今度コンサートで共演するの」
私が紹介すると、「はじめまして」と咲良が礼をした。
「はじめまして。赤城咲良さん」
紳士然と返礼をする結翔。
「この人は……結翔。塔ノ森結翔さん……お付き合いしているの……」
ふっ、ふみゅー!!
お付き合いをしている人。
こんな風に結翔を紹介するのは初めてだった。自分で言っておきながら、恥ずかしさのあまり頬が熱い。きっと私の顔はトマトのように赤くなっているだろう。
「沙羅さんと一緒にレッスンをさせて頂いてます」
私の動揺など気にすることもなく、咲良は淡々と自己紹介を続ける。
「いつも沙羅ちゃんがお世話になってます! これからもよろしくお願いします!」
天使の笑顔で結翔がさらりと言ってのけた。
ふっ、ふっ、ふみゅー!!
結翔は何の挨拶をしているのか。頭の中が真っ白になって思考が停止してしまった。
(おっ、落ち着いて!)
これは所謂社交辞令というもの。大人同士の挨拶なのだから。
「私こそ。いつも沙羅さんにはお世話になっています」
優等生が礼儀正しく一礼をする。
「失礼します……じゃあ、沙羅。また来週!」
去り際に振り向いた眼差しが温かくて心がほわりとする。
「また来週!」
彼女を見送る私の横で、結翔が感心したように頷いた。
「しっかりした人だな~……それにいい人だ」
「はい。それにとても優しい人です……」
咲良はクールで理性的で心優しい優等生なのだ。
「……急に押しかけてごめん。事前に連絡しておけばよかった。迷惑だった?」
「迷惑だなんて! 嬉しいです! 迎えに来てくれて凄く嬉しいです!!」
「……おっ、おう?!」
語気強く主張すると結翔は一瞬引いたものの、
「そか。よかった……バイトの切りが良くて駆け付けて来たんだ」
嬉しそうにくしゃりと笑った。
「そういえば……あの子は? ほら、ツインテールの……」
「舞音ちゃんですか? 今日は幼稚園の行事で来てません……」
「そか。挨拶したかったのにな……沙羅ちゃんの大切な後輩だから」
あれほど塩対応されたのに、結翔は舞音との再会を心待ちにしていたようだ。咲良にしても舞音にしても、私の交友関係を彼が尊重してくれているのが嬉しい。
「今日は埋め合わせをしにきたんだ。先週は三人を沙羅ちゃんとお母さんに丸投げしただろ? すまないな~って、気になってた」
「丸投げだなんて……楽しかったですよ?」
チーム・ピリグリムとの食事会はいつも楽しい。しかも前回は結翔が不在だった為に、アルベルゲの進捗状況を知ることが出来たのだ。でもこの話は結翔には内緒。
「それならよかった! ……早速だけど、行きたいところはある?」
「いきたいところ……ですか?」
突然振られてもリクエストが出来ない。自分はバレエ一筋でこの手の質問が苦手なのだ。
「あ、あの……結翔さんに心当たりは?」
「そうだな……う~ん? どこがいいかな……」
結翔はしばらく考え込んでいたが、
「そうだ! 今日は寒いから温かい場所にしよう!」
閃いたようにポンと手を打った。
「温かい場所?」
屋内ということだろうか。
映画館やボーリングにカラオケ、ゲームセンター。複合施設ならば移動もない。今までそういった場所には縁がなかったが、これを機に訪れてみるのもよさそうだ。
だが……。
電車を乗り継ぎ降車したのは海を望む駅だった。
「……ここですか?」
「おう!」
ホームに立てば冷たい潮風が吹きすさぶ。駅舎は比較的新しいものの閑散とした印象が否めない。
空き地に公園、建物らしい建物がない地域を歩き続ける。人影もまばらな道が心細くて時間が長く感じられたが、私と結翔は十五分ほどで目的地に到着した。




