二日目:②
貴族区ーー四貴族と呼ばれる王都オルファナスを代表とする貴族の住まう場所。そこにはその貴族の近親者や関係者の居住区だ。四貴族はもとより四方に自らの領地があるためそこに本邸がある。そのため貴族区にある彼女らの建物は総じて別邸と呼ばれている。
たかだか四家の貴族のための区。他にも商業区、住宅区、自然区と大きく区分化されているがそれらと比べればなんとも立派なものだと考えてしまうのだった。
そんな貴族区の大通りの門前にミズキはぼんやりと佇んでいた。門柱を背に青々しい空を仰ぎ見るミズキ。頭の中では、何だろうな、この時間は……と自身を質していた。
今朝のあわただしい展開から一転の休息。少し考えを纏める時間ではあった。
この時間は今朝の展開から生まれた休息だ。その顛末は、今からレイナとユイを追いかけるからに帰結するのだが。
「……確実に話が変わっている」
これだけは確かなことだった。
ミズキがメイヘンの別邸に行ったことによってレイナやユイの取っている行動が変わっている。以前の回帰でユイと初めて遭遇したのはネコを追っかける姿をこの二日目で目撃している。またレイナがクラクの別邸に訪問してきたのもこの二日目だった。
クリシュは、すでにレイナとユイが逃亡したと確信している。現時点での逃亡は以前の回帰ではなかった展開だ。ミズキの介入がその展開を捻じ曲げているのは事実といえる。
それが好転するかどうかはこれからの成り行き次第といえよう。それにーー、
「逃亡先で何があるのか……」
身震いしてしまう。未だ死に向かう様には慣れない。
ミズキは記憶を反芻する。
「ーー妖精の魔女ティターニア、か」
魔女。それは呪術師の中でも先導者と位置付けられる存在。クラクの屋敷でもその存在には遭遇した。氷を使う魔女メシア。
「あんなのがいるってことなのかな……」
妖精という名前からあまり恐ろしげな想像ができないというのが本音だった。
「なぁに一人でぶつくさ言っている?」
「はっ、クリシュ!」
気づけば大きな体躯をした魔術師がこちらを見下ろしていた。
大げさな足音を鳴らしてこちらに近づいてくる。魔術師というよりは格闘家のような風体。なのに、つばをつけた黒い帽子が自らの正体を魔術師だと強く主張している。
翡翠の瞳がぎょろりとこちらを向く。
「もうすぐ馬竜車が来るわ」
「え、あ、ああ、そう……」
それはメイヘン別邸前で算段していた話だった。
これからレイナの後を追うのに足が必要ということで、メグチがクラクの別邸に備えられている馬竜車を持ち出すと提案してきたのだ。
メグチが先だって提案したことには驚いた。それはクリシュも同様の反応を示していた。
クリシュはレイナを追うのにミズキを連れていくことは決定事項なのは明白だった(ミズキの内心では少し迷う気持ちはあったのだが)。メグチまで連れて行こうという思惑はなかったらしい。ただメグチはミズキがクリシュに連れていかれる以上、お目付け役として傍にいることを理由とした。その裏でリリィがそのように口添えがあったこともメグチは話した。
リリィの入れ知恵。とはいえ、ミズキはうれしかった。今回、リリィと関われていないためこうしたところで接点を感じられてうれしく思う。
リリィとはしばらくメイヘンの別邸に通うと話したが昨日の今日でレイナを追うために王都を離れるとなる展開は予想してなかった。それを話す時間はなかったが、メグチがその点をフォローしているようでよかった。馬竜車を借りに離れた際についでに連絡をしておくとメグチは気遣いを見せてくれた。
メグチの働きはまさしくクラクの別邸の使用人として立派なものだ。姉のアヤチとは違い能天気というか奔放な部分が見られるが根本はしっかりこなす質である。
メグチは馬竜車を持ち出しに行き、クリシュは王都中央に連絡石を使って行っていた。その間、先にミズキは一人大通りの門前で二人を待っていたわけだ。先にクリシュが戻り現在、二人でメグチの到着を待っているところだ。
「なあ、ミズキ」
「え、な、なに?」
クリシュから唐突に名前を呼ばれ怯え気味に返答する。
「お前、レイナが逃亡したと行ったとき様子がおかしかったな?」
「え、なんのこと……」
「レイナの逃亡についてはお前の予見から聞いた話だ。だが、私が逃亡を決定づけた時動揺していた。お前が言った割に動揺するなんて……、考えられることは一つ」
と、翡翠の瞳が大きく瞬いてこちらをじっと見る。思わずミズキはごくりと喉を鳴らした。
「予見にはないことが起こった。この場合にいえるのは逃亡の時期が違う、とかな」
「……うっ」
ミズキは無意識に目線を横に向ける。
「否定しないのか。それは安易にお前の予見は逃亡の時期もわかっていたことになるが」
「え、あ、それは……」
予見の正確性は迷い子の危険性を察知されるものだ。正確なほど力は強いことが証明され力の強さは呪いによるものだと感じさせる。
呪い。それは死による力の増幅。
それを悟られればどんな危険があるかはミズキでもはっきりしている。だから、肝心なことは明言しないよう気を付けていたつもりだ。
だが、クリシュにはちょっとしたことで悟られてしまったようだ。
クリシュは小さくため息を吐く。
「深くは聞かない。だが、他にも予見できていることがあるなら話せ。私はハンナのように迷い子に短絡的な判断を下すつもりはない。役立てるなら利用するだけだ」
ハンナ。ハンナ・スチュワートのことだろう。聖騎士のことだ。彼女は一度ミズキを殺している(以前の回帰で)。短絡的とは殺害を指すのだろう。
「迷い子の加護の力が強いのは必然だ。死を介しているからな。しかし、日がたてばその力の質は落ちる。そのはずだが……」
ミズキのほうをじっと見るクリシュ。
「お前からは死の残渣を感じない。なのに、お前の加護はその力を維持しているみたいだ。理屈はわからないが……」
「死の残渣って……」
「人を殺しているかどうか、だ」
その言葉にぞくりとする。
呪いは人の死を糧にする。だから、迷い子は忌み嫌われる。迷い子は死を介してこちらの世界に訪れたものだから。
しかし、その力を得たとして継続するには死を糧にし続けなければならない。人を殺す、その所業が忌み嫌われる根底だ。だが、ミズキは当然のことだが人を殺していなどいない。ミズキの加護の力の所在は自らの加護の所在によるものだ。しかし、それはミズキの加護の根本にかかわるものだ。そして、ミズキの加護の名前を明かすものでもある。
「人を殺していなのに力を維持している。不可思議なことだが深くは探らん。利があるからな」
「利、ね……」
「…………フィロルドの近侍の加護、それにクラク……まぁいいさ。他の奴には悟られないほうがいい」
「そう……」
「だから、お前の知っていることを話せ」
「うっ、えーと……」
「さっき、ぶつくさ言っていただろう。あんなのってさ。誰だ、言ってみろ」
独り言をクリシュは聞いていたらしい。だから、詰問をしたようだ。だが、それだけで詰問したとは考えづらい。独り言を聞いていたというがそれはどこからか。知っていることを話せ、ではなく呟いた名前の確認ではないかと思った。
「妖精の魔女ティターニアって知っている?」
その言葉を発した時、クリシュは思ったよりも驚いた表情を見せてはいなかった。その顔は今一度噛みしめているような反芻に近い思いを感じる。
「聞き間違いじゃなかったか」
とても小さな呟きだ。
「……えーと、知っているの?」
「知っているもなにも魔女は常識だ。七人の魔女の一人。お前はクラクの別邸でその一人と遭ったことあるだろう」
ーー氷を扱う魔女、メシア。どうやら彼女はその七人の魔女だったようだ。
メシアと実際に相対して退けたのはルバートだ。それも聖騎士の時の力を解放した上でだ。ルバートの話では解放したとて仕留められる相手ではないと言っていた。その七人の魔女が逃亡さきに出てくるということを思い知らされる。
ミズキの強張る顔に、クリシュは推測して話す。
「そうか、レイネの逃亡先にティターニアは現れるのだな」
「……でも、人から聞いた話で」
正確には回帰以前でクリシュとリクが言い合いしていた中にあった言葉を盗み聞いたものだ。
「まあ、合点はいく。今王都は不安定な状態だ。呪術師連中が狙うには好都合だからな」
「不安定……」
クラクの襲撃により王位継承式を急がせている。また王位継承式は二度目。現在の王女は代行の立場。未だ本聖域を開けていない。
それ以外にも王都内で王位に関して水面下で荒れている。
(……不安定そのものだよね。私にも何が何だかわかっていないとこあるし)
ミズキはそう思う。
「呪術師はどうして王都を狙うの?」
それは無知ゆえの疑問だ。
クリシュは驚かなかった。ミズキが迷い子だとわかっているからだと思えた。
「正確には本聖域だな」
「本聖域? って、確か加護のいる」
聖域は加護の居場所だ。本とつくのはより尊い加護がいるからだという。
「ああ、そうだ。呪術師の本懐は一貫している。”より強い願望を叶えるための秘術”を生み出すため、だ」
「何それ……」
「呪術は魔法や加護に相乗して扱う。呪術とはそもそも能力の増強や変容の効果が根本にある。死を犠牲にすることで小さな魔法や加護は大きなものに変化する。つまりな、やつらは欲深いんだよ。呪術によって自らの願望を叶えるためにな」
「それは本聖域を狙うことで成就するの?」
「……難しい話だな。お前は欲しいものが手に入ったらどうする?」
「どうするって……」
ミズキにとって難しい質問だ。ミズキはあまり欲がない。欲がないというより、欲を持つ暇がない生活を送っていたせいだと思う。あの異変の時にとった行動(ブランド物を買い漁ること)だって本当に欲しいものかと言われると疑問だ。ただあの行為から考えるに、物を得たとして満たされた思いはしない。
「……次々に物を欲しがる、とか?」
「そういうことだ。やつらの欲は底なしだ。本聖域を手に入れたところで呪術師は止まらない。七人の魔女を滅さない限りな」
「そんな人たち簡単に倒せるの?」
「簡単ではないな」
と、クリシュはくくくと笑う。
「にしても妖精か……。他の魔女もいるだろうが、それに呪いの姫……」
呪いの姫ーー聖騎士ハンナも口にしていた言葉だ。それに呪いの姫には裏があると。以前の回帰でミズキが殺された際にハンナがそのようなことを口にしていたのを思い出す。
ーー貴方を唆した魔女は誰か? か。それは妖精の魔女ティターニアのことなのか。それとも……。
クリシュの口ぶりも気になる。まるで魔女がもう一人いるみたいな。
「クリシュはどこまで状況を読んでいるの?」
「あ?」
「なんでほかにも魔女がいるなんて……」
「……王都は厳戒態勢を敷いている。クラクの一件があったからな。呪いの姫がハンナの神託で予知されている。本当に呪いの姫がいるとして、王都が不安定とはいえ厳戒の中で呪術師が杜撰な行動をするとは思えない。クラクの襲撃も用意周到だったらしいからな」
「最善のために魔女が二人いるってこと」
「ああ。まあ、お前が妖精の魔女が出てくることを聞いて直観しただけだが」
「へー」
まるで、妖精の魔女を知っているみたいな様だ。しかし、深く聞くのはやめた。それは、こちらに馬竜車が向かっていたからだ。
話を区切るにはちょうど良く、クリシュも話を広げなかった。
御者台にメグチが揚々とした様子で座り、馬竜の手綱を握っている。馬竜ーー馬のサイズで四足歩行。姿は竜(ミズキ的にはトカゲ)だ。爬虫類のような鱗だがその色合いは鮮烈な赤である。ちなみに、竜にある翼はない。あくまで馬竜なのだ。
「ミズキ様、クリシュ様、お待たせしました」
「ああ、さっそく向かうとしよう」
クリシュはさっそく馬竜車に乗り込む。遠目から籠のサイズを見るにクリシュが入り込めるか疑問だったが、問題なく乗り込めたようだ。まあ、メグチのことだからクリシュの身長に合わせて選んだことだろうから杞憂であったようだ。
「ほら、ミズキ」
車の方からクリシュが手を伸ばしてくる。
これからレイネのもとへ向かう。それは少し竦む思いだった。
「…………はあ、もうこれ癖だよね」
ミズキはふいに心細く呟いた。
手は震えている。胸はざわついている。気を抜けばこの場で座り込んで動けなくなってしまいそうになる。
怖いものは怖い。そう覚悟した。それでも、目の前の未知なるものが覚悟をぼやけさせてしまう。
クリシュが伸ばす手。それは死のいざないにも見えた。
ーー死の加護は死から逃れられない、か。
この王都で起こる死を乗り越えなければ未来は手に入らない。それは理解していることだ。
目の前の死のいざないを振り払う。そこには未来を思って掴む。
「うん、いこう!」
ミズキは意を言葉に込めて、クリシュの手を掴み馬竜車に乗り込んだ。




