二日目:①
ミズキとメグチが、メイヘン・ユイの監視の任についたことはリリィはすでに知っていた。
その経緯については昨日、メグチが連絡石を使ってすでにリリィに話していたとのことだ。王都を回っている最中に別れて、そのまま夜まで帰ってこないとなれば大事に思われるのは必至。それを見越してメグチはメイヘン別邸に着いた時点でメイヘン別邸の使用人ノイルに頼んで連絡石を使いリリィに話を通していたそうだ。それについてはメイヘン別邸からクラク別邸に戻る際に、ミズキが心配事を口にした際に発覚したことだった。
リリィは監視について少し喜んだようだった。その喜びの所在は、ミズキが王都で任につけているということらしい。ミズキはリリィの近侍であるもののリリィについて回れないためそれを後ろめたく思っていたようだ。
ササキがリリィ様のことはアタシが見とくからミズキはユイ様のとこに気兼ねなくいってきなよ、と軽薄に言った事はあまりいい気持ちはしなかった。
しかし、これがこの先の悲劇を回避できるのならとミズキは素直に受け入れる。
二日目。この日にきっとレイナの動きがある。
ミズキは意を決する。メグチと共にメイヘン別邸へと向かった。
メイヘン別邸門前についたところでメグチが、クリシュさまはまだ来てませんねぇといった。
まだ朝の時間。クリシュも何か調べるみたいなことを言っていためすぐには来ないだろうとミズキは思っていた。
先にメイヘン別邸に着いたミズキとメグチは中に入るかあぐねていた。
そうやってミズキとメグチ二人で話していると、メイヘン別邸から人が出てきた。
「そんなところでどうされたんですか?」
淡々とした口調。その姿は静けさを孕んだ佇まいの女性だった。
「アイゼンさま……、おはようございます」
メグチがその彼女に気付いて名を発して挨拶をする。アイゼンはぺこりと小さく頭を垂れて視線をミズキのほうに投げた。
「ええ、おはようございます。ミズキ様とメグチ様ですね。お話は伺っています」
ユイの近侍である彼女は非常に丁寧な物腰をしている。波立たない表情で淡々と言葉を紡いでいる様子だ。
ミズキもメグチに遅れて頭を上げて挨拶をする。
「ユイ様はすでに王宮のほうへ出られていて私が代わりに出迎えるよう言伝を頂いておりました」
「王宮? こんな朝早くに?」
ミズキは疑問を口にする。
「……ええ。朝は毎回のことですよ。こと王都にいる時は」
「……?」
アイゼンは含みのある言い方をする。ミズキはわけもわからず首を傾げた。ミズキの傍にいるメグチが少し呆れたように顔をしかめるとぽつりといった。
「王都で毎回ってレイナ様に会いにっているってことですか?」
「ええ」
「否定しないんですか。接触を控えるよう勅命が出たと聞いていますけど」
「ふふ、あはは」
急にアイゼンは破顔する。まるで、その言葉が荒唐無稽のようで嘲るような。波のない表情に笑みを広げて笑う彼女は数秒笑った末に、スーッと情を消して口を開いた。
「愛の前に障壁など関係ありませんよ」
そういうアイゼンの頬は微かに赤くなっていた。
「それにそのほうが愛は燃えるとも言いますし」
「近侍のくせにてめぇは姫の私情を優先するのか」
背後から怒気を孕んだ声が飛んできた。
振り向くと、非常に背丈の高い魔女風の恰好した女性がいた。魔術師クリシュだ。黒いつばのある帽子をかぶるいかにも魔女な彼女だが、巨躯な風貌からは魔術師というよりは格闘家のような印象を受けるがその実魔術師である。して、彼女は怒りを面に孕んでおりその風貌も相まって圧を一層強くさせていた。
ミズキはその矢先が自分に飛んでいないとわかってなお身震いしてしまう。メグチも獣耳をたたんでしゅんとしてしまっている。なのに、真正面から受けたはずのアイゼンの顔は白けている。
大きな体がずけずけとアイゼンのもとへ近づいてくる。アイゼンはそれでも顔色を変えない。
ミズキはデジャヴを感じていた。前の回帰でもアイゼンに詰め寄るクリシュの姿を目撃していた。その時もアイゼンは何食わぬ顔をしていたのを覚えている。
「はい。それが近侍の使命では?」
「姫の矜持を守るのがてめぇらの仕事だろ。王位継承式が遂行されなければ巡礼を果たせないだろ」
ずいぶんあらあらしい口調でまくしたてるクリシュ。怒っている彼女は口調の様まで尖っている。
「確かにそれはそうですねぇ」
アイゼンは目の前の圧に対していたって冷静だ。むしろ冷めているようだ。
「それとも、メイヘンには他の本聖域に巡礼の恩恵を受けるあてでもあるのか?」
クリシュの言葉に、不意にアイゼンの目元がピクリと動いた気がした。
クリシュはそれを見逃さず口角をわずかに歪ませる。
「そうか、やはりな」
「……こうも予想外な展開が起きるとは」
と、アイゼンはちらとミズキのほうを見ていた。
「ほう、フィロルドの近侍がメイヘン別邸に来たことは予想外だったか」
「……彼女の訪問がすべてを狂わしたのは事実です、が言えるのはここまでです。とはいえ、あなたにはもうわかっているでしょうね」
「いいや、まだわかっていないことがある。てめぇの姫の加護だ。レイナのとこに行くにしても姫が王都を出歩くのは目立ちすぎる。まして逃亡を図るにしても検問に引っかかるだろう。だが、ユイの加護がそれらを看破できるものなら説明がつく。加護は魔法や宝物と違い調べることができないからな」
「それを聞かれて私がお教えすると思いますか?」
「ふ、あはは。その反応、やはりユイの加護が関係しているのだな」
破顔するクリシュに対してアイゼンは虚を突かれた顔をしている。
アイゼンはそこで初めて表情を作る。苦虫を押しつぶしたかのように苦い顔だ。
「加護だとわかれば注意すべきはユイに絞れる。そうだろ、アイゼン?」
「はあ……私としたことが少し浅慮でしたね。ですが、まあそれだけのこと、ですけどね」
「? はっ、てめぇまさか……」
クリシュの当惑を前に、アイゼンは不敵に笑みを浮かべる。
アイゼンは人差し指をピンと立てて指を鳴らす。すると、彼女の身体はスーッと背景に溶けていくように消えてしまった。
「え、な、なに、なんで消えたの!?」
ミズキが驚いて声をあげた。
「初めて見たかもー」
と、この場で一番能天気なメグチは的外れなことを言っている。
「っち、あれは幻影分身だ。魔法だよ」
「え、魔法!?」
クリシュが舌打ちをしてそれを説明してくれた。ミズキは取り繕うことなく驚く。
「アイゼンは初めからここに幻影分身でしか存在していない。そういう腹積もりだったのだろう」
「そういう腹積もり?」
ミズキはその意図をクリシュに質す。
「は? お前はわかるだろ?」
「え、何が?」
ミズキのぽかんとした表情にクリシュは呆れる。
「お前の予見が当たっているってことだよ」
「それって……レイナ、さまが逃げるっていう。いや、そんな、まさか」
ミズキの当惑は当然だった。ミズキの知るレイナの逃亡はこの日の午後以降であるはずだからだ。この日、一度クラクの別邸で顔を合わせている記憶があるためこの時点での逃亡は突飛な出来事である。
(私がメイヘンの別邸に行ったから出来事が変わった? いや、前倒しになったってことなの?)
「何を驚いている。驚くのはこっちだ。予見が本物だったからな」
「えー本物? そうなんですかぁ?」
メグチが無邪気な反応をしている。メグチはこの場の空気感をわかっていないみたいだ。
「その話は後だ。今はユイやレイナを追いかけるのが先だ」
「追いかけるってどこに?」
「メイヘン領ーーその先のナルミナ小国。そしてアルド国だ」
クリシュは迷いなく言い切った。




