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イヴの世界  作者: あこ
三章 孤独の果て
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113/152

一日目:②

 王都の作りは至極単純な作りをしている。

 王宮のある場所を中央区として、東西南北で区画を分けている。東は住宅区、西は商業区、南は貴族区、北は自然区としてざっくりわけられている。また各区画から伸びた先に王都を代表する四貴族の領地があるのもオルファナスの作りが単純なのを表している。四貴族とは、メイヘン、アリゼル、クラク、カシュのことだ。

 四貴族は王宮理事会と同等の権限を持つらしいが、四貴族は王都の政治には介入していないとのことだ。実際のとこその四貴族がどういった人物かわからないミズキには考えが及ばないものである。クラクの当主、アイリスに会ったことないこともその要因といえる。

 メイヘンの別邸へ向かう道中、クリシュはそうした王都の作りを簡単に説明をしてくれた。

 巨躯で威圧感のある風貌からは想像できない優し気な言いざまだった。不意に、柔和な空気感から思わずクリシュはとても大きいね、と口にしたときは空気が一瞬震えた気がした。けど、クリシュはそれを気にした様子もなくその理由を教えてくれた。

 クリシュは鬼人のハーフだという。鬼人は体格が大きく力が強い。また額から角が生えているのがその特徴だというが、角に関してはクリシュは遺伝していないという。遺伝したのはこの見てくれだけだそうだ。

 ミズキはこの時初めて鬼人という亜人について知る。亜人については傍にいる獣人のメグチやカシュの近侍であるエルフのファルマのことだ。ミズキにとってはまだ目新しさの残るもので興味ありげにクリシュのことを見ていた。クリシュはその好奇心に気付いているようで面白そうに笑っていた。

 しばらく、そうやってメイヘンの別邸のある南区へと足を踏み入れた。

 メイヘンの別邸はクラクの別邸のある場所から離れた所にある。クラクの別邸と比べれば幾分草花の華やかさが違って見える。

 植えられている花の種類が違えば、似たような建物のはずなのに雰囲気を大きく変えて見せている。

 鮮やかな草花に囲まれてた前庭に進むと、エントランスへ入る手前でクリシュは足を止めた。

「どうしたの?」

 ミズキがきょとんとして聞くとクリシュは自嘲したように顔をゆがめていう。

「悪いが私はここで待つよ」

「へ」

 と、あっけにとられるミズキ。ミズキと違って、メグチは小ばかにしたように笑っている。

「そんなにネコが苦手なんですかぁ?」

「ああ、苦手だよ」

 一切取り繕うことなく言い放つクリシュ。あまりに素直なためメグチは虚を突かれて驚いていた。

「私たち二人が入るのはいいんですけど、理由がないんですけど」

 驚く中で、メグチは疑問に思っていたことを口にする。

「フィロルドの近侍とクラクの別邸の使用人。姫に口実もなしに面会するのはぶしつけかと」

 メグチはとてもまともなことをいう。また彼女は付け加えて、クリシュ様が同行して別邸に入るならまだわかりますが、と続けた。

「それはそうだな……」

「もしかして考えてない、とか?」

 ミズキが恐る恐る訊く。クリシュはふっと小さく笑うため、考えてないんだろうな、と思うミズキ。

「まあ、待て。口実ならある」

 クリシュがでまかせで言ったのではないだろうかと、ミズキもメグチも疑いのまなざしで見上げる。

 クリシュは自分の懐をまさぐって何かを探している。しばし待つと、懐から手紙のようなものが取り出された。

「これを渡すといい」

「これは?」ミズキが訊く。

「なぁにちょっとしたものさ。メイヘン・ユイに見せるといい。私からと言ってな」

 半信半疑でそれを受け取るミズキ。ちらとメグチを見ると彼女も同じように疑心の目をクリシュに向けている。

 しかし、クリシュはそれを気にせず、じゃあ頼むぞ。と門の前に寄り添うようにしてこちらを待つ姿勢をとった。

 難儀なことを任されたものだと思うミズキとメグチ。疑心の中、エントランスの扉の前へと近づく。

「えっと、どうすればいいのかな」

 ミズキはふと疑問に思う。現代でいうチャイムのようなものはないし、戸を叩いたところで大きい建物内にいる人に音が届くとは思えない。

「まあ、私に任せてください」

 どうやら自信があるようなメグチ。さすがにクラクの別邸で使用人をやってるだけのことはあるようだ。

 まずは扉をノック。三回の音を響かせた後、応答を待たず扉を開いて中へ入っていく。そして、

「あのー! クリシュ様からお手紙を届けに来たんですけど!!」

 エントランス内で叫び始めた。

「え、ちょっと!」

 反射的に止めようとするミズキ。

「なんですか、これが手短でしょ」

「そうだろうけど、直球すぎない!?」

 そう突っ込んだところで、エントランスの吹き抜けとなっている二階部分から扉が開く音が聞こえた。その音は少し乱暴気味で驚いた様相にも感じた。

「なぁに今は休憩の時間なのに……、訪問の予定は聞いてないのだけれど」

 起き抜けのような姿で、エントランス入り口から目に入る大階段から降りて口を尖らせるメイド服の女。中年だろうが、身なりはスマートだ。

 しかして、彼女の表情は苛立っている。髪が少し乱れているところからみて寝起きなのは明白だった。

 彼女は瞬きさせながら玄関先へとしっかりと目を凝らし始める。その視界にミズキとメグチを入れると、彼女は佇まいを正す。

「これはフィロルドの所の……」

「お久しぶりです! ノイルさん」

「え、知っているの?」

 メグチが彼女の名を知っていたためミズキは驚いた。

「そりゃあ、ご近所だもん」

「ああ、そっか」

 よく考えればわかることだと腑に落ちる。メイヘン別邸も、クラク別邸と同じく区にあるのだから近所づきあいあるのは想像のつく話だった。

「ええ、メグチさん。そこのお方は初めましてですね。ノイルです」

 ご丁寧なあいさつにミズキは小さく頭をたれる。

 ノイルはすっかり寝起きの顔から外へ向けた顔に様変わりしていた。大階段からミズキとメグチの前へと近づくと、改まった姿勢で向き直る。

「それでご用件とは? 当方、事前の訪問をお聞きしていないのですが何か特別な理由が?」

 冷静な言い様の中に微かな苛立ちを感じさせる。その瞳の奥がきつくこちらを睨みつかせていた。

 ミズキはそれに気を引かせるが、メグチは毅然としている。彼女の獣耳の折りたたまれずにピンとしてノイルのほうを向いている。

「クリシュ様から手紙を預かって参りました」

「手紙……」

 ノイルは差し出された手紙を受け取る。

「クリシュ様からはメイヘン・ユイ様にお見せするようにと」

「ユイ様にですか……。中を拝見します」

 ノイルは手紙の中を改める。しばし凝視して中身を見ると、瞬きしてこちらに視線をあげる。

「そうですか。では、ユイ様のもとへご案内します」

 と、ノイルはくるぶしを返し背を向ける。

「結構すんなりだね」

「何書かれていたんでしょーね、あれ」

 ミズキとメグチは互いに視線を合わせて訝しげになった。ノイルに言われるがまま、彼女の背を追って歩き出す。

 ノイルに案内されたのは中庭だった。

 その間、ノイルは何も言わずミズキもメグチも黙って中庭へと来た。

 前庭以上に鮮やかに彩られた中庭に入ると、その入り口でネコと遭遇する。メグチは思わず頬を緩ませ接触を試みていた。ネコは伸びてきた手にすりすりと顔を近づけてきていた。

 ネコがなつっこいのか、メグチにネコを寄せる才能があるのかわからない。がとかく、この場においてはそれは関係ないとは思えた。

「ネコいっぱいいる……」

 ミズキがぽつりという。中庭には鮮やかな草木の装飾以上に、ネコの数に圧倒されるのだった。

 どこを見てもネコがいる。中庭だが、ネコ庭と命名しても差し支えない場所といえるほどに。鮮やかな草木の生える中に、様々な毛色のネコが庭を根城にしている。

 こんだけネコがいれば様々な性格のネコがいてもおかしくはない。メグチに数匹すり寄っているが、そのネコはそれだけ人懐っこいのだろう。ちなみに、ミズキには一匹も寄ってきていない。

 ノイルの足元にすらネコはすり寄っているというのに、ミズキには一匹すら寄ってきていないことに気付いてミズキは一人落ち込む。

 中庭の入り口からしてたくさんのネコに迎えられる。メイヘンがネコをたくさん契約していたのは知っていた。思えば、王都で初めてメイヘンを目撃した際にたくさんのネコを追いかけていた光景はこのネコたちが逃げたの追いかけていたということなのだろう。

 ミズキがそう推察している中、ネコ庭の中へと進むとネコ庭の中央に位置する場所で屈んでネコに囲まれる人物に遭遇する。

 ノイルはミズキとメグチとは一歩足を引いて軽く会釈をする。目線がその人物のほうへ向き、一言紡がれる。

「メイヘン・ユイ様。お客人をお連れしました」

 厳かな声で放たれた言葉。

 屈んでいる人物の頭が揺れ動き彼女はすっとその場を立ち上がる。ネコは驚いたようにその場を数匹が駆け抜けるように散る。

 こちらに穏やかな面差しが向く。ノイルのほうを一瞥するそのまなざしは暖かい。

 あの時ーーネコを追いかける彼女を見た時は焦っているようだったし一瞬であったからその顔をしっかり見たことはなかったがここで初めてまじまじとその穏やかな顔を見た。

 彼女がオルファナスの姫の一人。そう言われて腑に落ちるほどふさわしい人物だった。

「お客さん? 何かお約束あったかしら?」

 涼やかな声がそういってユイはミズキとメグチのほうを見る。すると、彼女は少し驚いた顔をした。

「いえ、ユイ様。こちらを」

 驚くユイに、ノイルは手紙を渡す。

 ユイは訝しげに手紙を受け取ってその中身を確認する。落とした視線はどこか当惑を宿したようで瞬きしてそれを打ち消すと、視線をこちらにあげる。

「そう。クリシュさんがあなたたちにお願いしたのね」

「お願い?」

 ミズキは疑問する。当然、その手紙の中身をクリシュから聞かされていないからだ。メグチのほうを見ると彼女も同じようにぽかんとしている。

「もしかして何も聞かされていないのかしら?」

「は、はい……。偶然、クリシュさんとお会いしてその手紙を渡すよう言伝を……」

「クリシュさんは?」

「別邸の門前にいると思いますけど」

 ユイとメグチが会話をする中、ミズキは隣で頷いて肯定していた。

「偶然、ね。ノイル、門前のクリシュさんにこの件の受け入れを伝えて頂ける?」

「かしこまりました」

 ノイルはユイの言葉を受け、頭を軽く下げて中庭を後にした。

「えと、それで手紙には?」

 ミズキがその内容について訊ねる。

「あなたたちに私の監視役を任せるそうよ」

「へ」

 疑問となって出た言葉はミズキとメグチで二人同時に重なった。

 メグチはそれを聞いて疑問を浮かべた顔をした後、次にはハッとしてその思惑を理解したようにうなずいていた。

 ミズキも彼女のその様子を見て、数秒ほど理解に遅れて納得する。

 メイヘンに関する監視をクリシュの代行としてミズキとメグチに任せたようだ。

「ネコが苦手な彼女の采配ですよね。私はてっきりリクにそういった話をすると思っていたのですが」

 メイヘン・ユイは嘆息したようにいう。リクとはユイの近侍のことだ。名前はアイゼン・リク。

 ユイの傍にアイゼンがいないことにきづく。近侍は常に姫の傍にいるものだと認識しているが、そうではないのか。といっても、ミズキも常にリリィの傍にいるわけではないが。と、ミズキは少し自虐気味に思った。

「監視役についてはわかっているの?」

 ユイがおずおずと訪ねてくる。

 ミズキは少し渋った顔をする。これは直接言ってよいものかと迷ったのだ。そうやって逡巡している内にメグチが先に口を開いた。

「レイネ様のことですよ」

「メグチ!?」

 ミズキの制止に、ユイが微笑を刻んでいう。

「いいの。わかっていることだから」

 ユイはそう納得したように俯いて続ける。

「王位継承式を行うために王都が懸念を払うよう進言しているのは知っているわ。懸念材料に私を監視するのも無理ないわ。だって、前回の王位継承式でレイネを匿ったのは私だもの」

 ユイは当然のように言い放つ。

 ミズキは思わず小声でメグチに、そうなの?と聞く。メグチは、そういう噂はありましたけど本当だとは……と当惑気味だった。

 レイネとユイが恋仲だという話は前回の回帰においても姫の交流会で耳にしたことだ。一体どのような経緯で匿うことになったのかは定かではないが、ユイがあまりに当然として言ったために驚きを覚える。後ろめたい、なんて思っていないように感じたのだ。

 彼女から感じるのは純朴さの宿った様子。この監視の話さえ、初めこそは驚いたそぶりをしていたが今やすんなりと受け入れている様子だ。

(……レイネはユイと王都からいなくなる、はずだよね。何かあるってことなのかな)

 ユイから感じる余裕ともいえる態度に不信を覚えるミズキ。前回の回帰においてユイとレイネがどのように監視され、結果的に王都から消えたのかは定かではない。が、直接対峙した時に理解した。ユイは監視ありきでも王都を離れられる手立てを持っているということだ。

(いや、そんなのあるのなら私とメグチがユイについたところで無理じゃない?)

 ミズキは内心諦めを抱き始めていた。同時にその余裕の違和感ーーを。

 前回の回帰であった姫の交流会でユイの加護にやられた、なんて言っていた。

(加護か……。すんなり教えてくれないよね)

 しばしの逡巡を挟み、ユイのほうに視線を上げると彼女は慎ましく微笑を浮かべている。

「とりあえず別邸の様子を見る? 私が案内しようか?」

「あ、私ネコ見たいです!」

 穏やかな余裕を見せるユイに虚を突かせたのはメグチの突拍子もない発言だった。

「ネコ?」

 と、ユイの視線は周囲にたむろしているネコに下げられる。ネコならばこの中庭にわが物と言わんばかりのネコがいっぱいいるけど、なんて言いたげなまなざしだ。

「そういう意味じゃなくて、あの私あるネコを探していて……」

「それはどんなネコなの? ここにいるネコにいればいいんだけど」

「真っ白いネコで目が青い子なんですけど……」

 そういって探るメグチの目。ミズキもそれを追うように辺りのネコを見るが、そもそも白いネコがいないことに気付く。

「白いネコとはとっても珍しい子なのね」

「はい……。先週くらいにクラクの別邸にひょこっと現れて昨日の朝から見えなくて……」

「白いネコで野良ね。それならここにいないよ」

「ですよねー……」

 と、がっくりうなだれるメグチ。

(そういえばメグチってネコを探しているみたいな話あったけどこういうことなのか……)

 ミズキが内心で前回の回帰の記憶とすり合わせる。

「大事なネコなの?」

「野良の白いネコで人懐っこいからすっごい覚えているんです。野良がやってくるのは珍しいことじゃないんですけど……白だから心配で」

「白だとなんかあるの?」

 ミズキはきょとんとして訊ねる。

「白ネコはネコの中でも特に魔力が高く、魔力感知に長けているんです。魔力補助なんかもできて魔術師で使い魔を使役する人にとっては重宝するの」

 ユイが話してくれた。

「まあ、そういう目的で使い魔にするのは珍しいけどね。ネコは伝書や愛玩生物として使い魔にするのが一般的だから。反対に言えば、愛玩生物として多くのネコを使役したせいでネコに魔力供給を十分にできず野良になるネコも多いんだよ」

 ユイが言うにはネコは魔力を補給して活動しているという。ネコが寄ってくるのは魔力を求めている仕草の一つだと彼女は説明した。

「それで白ネコだけど」

 と、ユイは視線をメグチのほうに上げる。

「心配だというのはその白ネコが悪い人に捕まっているんじゃないかってことだよね」

「う、うん」

 メグチは心配そうにうなずく。

 白ネコは魔力の高さや感知、補助など魔術師にとって汎用性が高いために使い魔専門の売買業者(使い魔商)に目を付けられるという。ネコは野良も多くいるため、使い魔商の不当な利益として捕獲されるのは珍しい話ではないとのことだ。

 メグチが心配しているのはそのことのようだ。

「残念だけどここでは見てないよ。ごめんね」

「そうですかぁ……」

 がっくりうなだれるメグチ。

「ま、まあ、きっと王都のどこかにはいると思うよ。そのうちひょっこり現れるかもしれないし」

 ユイは申し訳なさそうにフォローをする。

「そうですよね!」

 メグチは張り切っていう。から元気にも見えた。

「それで案内しましょうか?」

「あ、ぜひ! ミズキさまも行くよね」

「え、あ、私はちょっとクリシュのとこに一回行ってくる」

 ミズキはそう話す。クリシュに監視のことについて聞きたかったからだ。

 その思惑についてはメグチも察したようで素直にうん、とうなずいていた。

「じゃあ、案内はミズキさんがクリシュさんと話した後でいいですか?」

「いや……、待たせるのも悪いしメグチと先に案内お願いするよ。私は一人でもいいから」

「そう? じゃあ、メグチさん行きましょうか」

「うん」

 手を振ってユイとメグチとは一旦分かれることに。

 さてと、とミズキは踵を返してクリシュのいる前庭の方へ急ぐ。

 前庭へ戻ると丁度、クリシュと話を終えたここの使用人であるノイルが別邸のほうへ戻るところだった。すれ違いざまに、お互い軽い会釈を済ます。ミズキが前を見ると、クリシュが待っていたかのように目配せをした。

「どうだ、別邸は」

「どうだもないんだけど、監視って何なの?」

 訝しげに目を細めてにらむが、クリシュは一切動じた様子はない。むしろ、自嘲したように面をゆがめている。

「言葉通りだ。とっていも、メイヘン・ユイ本人に付きっ切りでいてくれってわけじゃない」

「どういうこと?」

「監視は名目だ。目的はメイヘン別邸にある」

「別邸?」

 自然と視線が別邸のほうへ向く。

「別邸に不審なものがないかの把握だよ」

「不審なもの?」

「まあ、宝物ほうもつとか魔道具とかだな」

「そんなもの目につくとこにあるとは思えないけど……」

 と言って、内心ではそもそも宝物とか魔道具の判断は自分ではできないと思った。

「そうだろうが、こうしてミズキとメグチが別邸に入っているんだ。もしやましいものがあれば何かしらアクションはあると思うがな」

「ふーん……、それがクリシュの狙いなの?」

「わかっているじゃないか」

 監視も別邸内の捜索も建前。ユイに探りが入った時点で、何かしらの動きがあることをクリシュは期待しているということらしい。

「……ねえ、ユイの監視ってレイネ……様が逃げないためなんだよね」

 レイネが皇女であることを思い出したように様をつけて発言するミズキ。ためらったような確認をクリシュに向けた。

「そうだな」

 クリシュは冷ややかにいう。相手が皇女であれ関係ないみたいに。

 ミズキは知っている。レイネが結果的に逃げることを。逃げた先で昏倒し意識不明となって王都に戻ってきたことも見てきた。その詳細は知らぬところであるが。今回のミズキとメグチのメイヘンとの接触で何か変わるのか少し疑いの思いはあった。

 レイネがどういう思いをして逃げることにしたのか。少し思うところはある。

「前も逃げた、んだよね」

「知っているんだな」

「ま、まあ……」

 前回の回帰における知識である。

「逃げた……そうだな。レイネが王位を受け取るには早すぎたのかもしれないな」

 クリシュは空にぼんやりとした視線を投げる。その先が無意識なのか王宮のほうを見ていた。

「あの! 前回逃げたから今回も逃げると思っているんですか? 前回、お叱りがなかったわけじゃないと思うし今回も厳重に忠告を受けているんじゃないの?」

 ミズキはなぜだかレイネのことを擁護した。自分でもわからぬままに発した言葉だった。その言葉が自分が見てきた光景と矛盾していると内心わかっていながら。

 クリシュは一瞬驚いた顔をしていた。きっとミズキが予見したことと的外れなことを言っているからだ。その思慮はクリシュの目からミズキにも感じられた。そういう意味ではお互い思いが同じと言えた。

「そりゃあレイネが大人しく王位継承式に参加するならいいさ。でも、わかるだろう? 一度逃げたやつはそう簡単に変われない。次も逃げる。甘える相手がいる限りな」

 その言葉にミズキは胸が締め付けられるような思いをした。

 逃げる。それは自分にとって心地の良いことへ向かうこと。困難から遠ざかること。ミズキはそれをよく知っていた。

(レイネはなんで逃げたんだろう……)

 少しだけ彼女のことを知りたいと思った。

「甘える相手ってのは……」

「ユイだよ」

「ああ、……恋人だっけ?」

「そうだ。一応接触を控えるようにルーバー・ケイから勅命が出されたがな」

 ルーバー・ケイ。現在のオルファナスの王女。正式には王女代行という立場である。

「レイナにも姫との面会をユイに限っては除外するようになっているからな」

 姫との面会。ミズキの記憶(回帰での記憶)では二日目の昼以後の出来事だ。その時に初めてレイナを目にしたのを記憶している。いかにもな王族を思わせる風貌と態度を思い起こさせる。

「ま、レイナに問題はあるがそれを甘やかす連中も注意する必要があるということだ」

「注意ね……」

「とかくミズキは別邸内を探ってくれ」

「わかったよ……」

 ミズキは戸惑いながらも頷いて了解した。

 別邸に戻ったミズキは一人でメイヘン別邸内を歩くことになった。当然だが、ネコのいる中庭を覗いたところにメグチとユイはすでにいなかった。

 しかし、好都合とも取れた。一人で別邸内を見て回れるからだ。クリシュもそれを望んでいたようだった。偶然、そうなっただけなのだが。

 半面、一人では心細い気持ちもある。そうも言ってられず、とかくミズキは手あたり次第に別邸内を歩くことにした。

 別邸内の作りはクラクの別邸とさほど変わりはない。中庭だけでなく屋敷内にまでネコが闊歩しているのを覗けば普通の屋敷と変わらない。もはやネコ屋敷と化しているメイヘン別邸。視線が自然と白いネコがいないか探っていたが白ネコは一匹も見ない。

 ユイもメグチも言っていたが本当に珍しいネコなのだろう。それゆえにメグチは心配していた。できれば、その方向も解決してあげたいけど今は別邸内の散策が先だ。

 さて、あてもなくミズキは別邸内を歩き回る。遭遇するのは当たり前に闊歩するネコと別邸に住まう使用人。不審なものもなければ、不審な人物に遭遇することもない。とはいえ、不審なものについては心当たりすらないのだが。

 適当に目につく部屋を当たっていくが不審に思うことはない。こんなことでレイネの逃亡が変わるのかどうか甚だわからなくなってきた。

 諦めかけているときに、ミズキは書庫室へ訪れていた。

 クラクの屋敷や別邸にもある書庫室。書架で埋め尽くされた部屋だ。書架の中身はミズキが読んでも到底理解の及ぶものではない。まじまじと背表紙の文字を眺めたところでその内容は想像つかないものだった。

 こんなところ、なんて思っているとふと中央の椅子と机に目がつく。そこは本を読むためだけに設けられた場所だ。当然、そこは空席だと思った。けど、人が座っていたのだ。

「え、いた……」

 思わず小声で発見したことを喜ぶ。ネコと使用人だけの別邸に、それ以外の人物がいたことに。

 気品ある佇まい。品よく椅子に腰かける姿はどこかの令嬢を思わせる可憐さを想起させた。さらりとした赤髪をハーフアップにさせた女性。彼女は机上に本を置きそこに視線を注いでいる。赤い宝石のような瞳がしきりに瞬いていた。

 白いカーディガンの胸元にはきらりと輝く緋色の石をはめ込んだネックレスが飾られている。これだけの彼女には相応しい装飾品だ。

 突然の人物の現れか、あまりの可憐な人物の現れのせいか。ミズキはしばしその場を動けず言葉を発せなかった。見惚れていたというよりは観察に近い行動を目はしていた。

 明らかに彼女は使用人ではないだろう。使用人が書架内で本を読みふけるわけにはいかないだろうし。

 ミズキは深呼吸をして声をかけようと試みる。

「あ、あの!」

 思ったよりも大きな声が出て咄嗟に口元を手でふさぐ。照れたような笑いでごまかそうとするが、目の前の人物はこちらを向かなかった。

 声に気付かなかったのか、彼女の視線は本から動いていない。

 ミズキはもう一度試みる。

「あの!!」

「……?」

 そこで彼女はこちらの方を見るーーいや、視線が探すようなしぐさを始めた。

 ミズキのいる扉の前だけなく、後ろや横、視線は狼狽したかのように辺りを見渡している。

 おかしな反応にミズキは訝しげになる。

「あの、ここにいるんですけど?」

「……!?」

 ここで彼女はミズキのほうを向いた。その表情は驚きといった感じだ。

 だが、視線が絡まない。一度、こちらの方を向いた彼女はすぐに本へと視線を落とす。それはまるで見て見ぬふりをしているようなそぶりだった。

 ミズキはますます彼女の行動を理解できなかった。むしろ、無視されたような態度に若干落ち込んでしまう。

 近づいて接触を試むべきなのだが、いまいちミズキは躊躇してしまう。ここで持ち前のコミュ力が大してないことを思い知らされる。

 しかし、メイヘンの別邸で得られる成果がそこにあるかもしれない。そう思って無理やり身体を動かす。

 彼女の近くまで寄って、ミズキは再び声をあげる。

「あの!!!!」

「……っひ」

 初めて彼女の可愛げな声を聞く。声というよりは悲鳴だが。

 悲鳴にミズキは思わず驚いて身を引いてしまう。

 次の瞬間、彼女は慌てたように懐をまさぐって何かを取り出しそれを握る。それは白い花を模した木造品のようで手のひらで覆い隠せるほどの大きさだ。

 ミズキはその白い花を模した木造品を見ていた。その模様が白ではなく透明になっていく様子を。

 それはその木造品だけでなく彼女にまで伝播していくように透明になっていく。

「え、な、なに!?」

 驚く間もなく彼女の姿は消えてなくなった。

 呆然と立ち尽くすミズキ。机上に残された読みかけの本がペラペラとめくれている。

 すると、バタンと扉が開いた音が聞こえた。その方向を見ると書架室の出入り口の方だ。閉めたはずの扉は勝手に開いてしまっている。

「えーと……」

 だんだん、冷や汗が浮かぶ。

 かしゃりとした音が近くで鳴る。それに驚いて身が飛び上がる。音のほうを見下ろすと金具? のようなものが落ちていた。

 それを拾い上げると、どうやら金具ではなく徽章のようなもののようだ。

 花弁が幾層にも連なる独特な姿ーーダリア。ダリアの花模様をした徽章だった。

 なんでここに? いや、ミズキはそれよりも今起こった事象に身を震わしていた。

 ミズキはぽつりという。

「この世界にもお化けっているの……?」

 そんなミズキのいる書庫室へひょっこりとメグチが現れた。その後ろにはユイがいた。

「あれ、どうしたんですかぁ?」

「メグチ! 今、お化けがぁ!!」

「はあ? なぁにいってんですかぁ?」

 メグチに思わず抱き着いて泣きつくミズキ。メグチは呆れた顔でいる。

「いやいたんだよ、この書庫に! お化けが!」

「はあ、お化けねぇ。ユイさま、この別邸お化けがいるらしいですよ……。あれ、ユイさま?」

「……はっ、あ、ごめんなさい。なんの話かな?」

「いや、ミズキさまがお化けをみたそうなんですけど」

 ユイの妙な間に、ミズキは少し落ち着きを取り戻す。メグチの胸元で見上げてユイの顔を見ると彼女は唖然したように固まっていた。

 お化けのせいで失った正気が徐々に取り戻されて思考が戻っていく。ユイの反応は明らかに意味を感じた。

「お化け、そうお化けね。古い屋敷だから出たのかも」

「否定しないんですかぁ……」

 メグチはあっけにとられた。

「そろそろ夜も近いし二人ともお帰りになられたら?」

「え、監視は……?」

「手紙には付きっ切りとはなかったよ。監視ならまた明日お願いするね」

 メグチの疑問も足早に一蹴され、ミズキとメグチは流れるままに別邸の外へ出された。

「……なんか忙しいねぇ」

 と、メグチがメイヘン別邸の門前でぽつりという。

「それよりあのお化けなんだったの!?」

「本当にお化けなんじゃないんですかぁ?」

 未だお化けの正体を不気味に思うミズキと軽薄なメグチ。

「おお、二人とも戻ってきたか」

 そんな二人にクリシュが迎える。

「クリシュさま、……えと、ずっとここに?」

「ずっとここにいるわけないだろ。この辺りを見ていたさ」

 ミズキがここへ戻ってきたとき普通に門前にいたことからずっといるんじゃないかとミズキはちょっと思った。

「あ、お化けいたんだけど!?」

 と、ミズキは思い出したようにクリシュに話す。

「ああ、話は聞こえた。本当か?」

「本当! 私のこと見えてないというか、最後にはすーって消えたっていうか……」

「要領得ないな」

「いや、なんていうか変なお化けなんだよ!」

「変なお化けって、なんか特徴はないのか」

「特徴? えーと……上品な感じでどっかの貴族みたいな令嬢っていうか……」

「ああ? 曖昧すぎるな……」

「あ、こんなのあったけど」

 と、ミズキはクリシュに書架室で拾ったダリアの形をした徽章を渡した。

 渡すと、クリシュは目をぎょっとさせた。すると、何かを理解したかのようにふっと小さく笑う。

「……そうか」

「え、何かわかったの?」

 ミズキは静かに訊ねる。

 クリシュはミズキをじっと見つめ告げる。

「はっきりしたのはミズキ、あんたの予見は真実味があるということだ」

「え」

「そして、これからはこれを念頭において行動するべきということ」

 そういいながらクリシュはぶつぶつと何かをつぶやいている。

「な、なにどういうこと?」

 困惑しながら訊ねるミズキにクリシュはいう。

「確証が欲しい。これから調べる。あんたらは先に自分の別邸に帰るがいい」

 クリシュは勝手なことをいってこの場を後にしようとする。去り際に、彼女は明日またここで会おうと言ってそのまま行ってしまった。

「どうする?」

「まぁ、クラクの別邸に帰りましょうかぁ」

 ここでメイヘン別邸の散策は終わった。

 ミズキは逡巡していた。これで少しは変わるのだろうか、と。

 あのお化けの正体はわからず、もやもやした気持ちで一日目は終える。

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