プロローグ・一日目:①
目を覚ますと、そこは王都将来ーー初日に回帰していた。
その事実を受け入れるのに少しだけ時間を要した。不思議そうなリリィを横目に、まじまじとメグチのことを凝視したものだ。当のメグチは気味悪げに身を引かせていたが。
「どうしたの? そんなにメグチのことを見て」
「リリィ様、この人、獣人族に邪な思いをしてますよ。絶対」
「いや! そうじゃないからっ!」
心配げなリリィと、ジト目で訝しげにいうメグチをミズキは一蹴する。しかし、メグチの疑いの目は止まない。本当ー? と、詰めてくる。
その中でミズキは不思議な気持ちでいた。
ミズキにとっては少し前まで凄惨な場を経験してきたばかりだ。リリィが死に、メグチの狂った姿を何度も見て経験してきた。そしてアヤチも……。
それが今目の前にはそんな凄惨な光景を忘れしまうほど穏やか光景が広がっている。リリィはにこやかに微笑み、メグチは生き生きとした表情をしている。
もはやそれが現実であるか。疑ってしまうほどの眩い景色に戸惑う。メグチがどんな存在だったかすら今のメグチを見て思い出したくらいだ。
天真爛漫でおおらか。それがメグチの性格だと思い出す。何度も見た狂った姿とは程遠いものだ。しかし、それがあるべき姿だと思いなおす。
なぜ、初日に回帰したのか。ミズキはわからない。これが死の加護の示したものの結果なのか。それとも、
(加護のレベルが上がったってことなのかな……)
繰り返す死の中で加護としての力が強くなった。その経験は最初の回帰でもあったことだ。七回の死を持って記憶を取り戻したこと。加護は成長する。これもその影響だとミズキは考えた。
しかし、都合がいい。また二十日に回帰したら、このメグチはいなかった。今ならまだメグチも救えるかもしれない。
(いや、この日に戻ることが必要だったってことなのかもしれない)
いろいろ考えるが今はそれを頭の片隅に置いておく。今はここからどう動くべきかを考えることだ。
「ミズキ?」
リリィが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あ、ごめん。ちょっと考えていたかも」
「えーなにー」
「私のことでいやらしいことを考えていたんですよ。絶対」
「だから違うって!」
メグチのあらぬ疑いを振り払う。
「ミズキは今日の王都のことを楽しみにしてたんだよね」
「え、あ、そうそう!」
リリィから出た助け舟に乗っかることにした。
今日は王都を見て回る日だ。ミズキは頭の中にある記憶を振り返って思いだす。
ミズキは考える。
(私は何をするべきか……)
ふいに目線がリリィを求めていた。
(リリィにはいえない……それに)
目線は次にメグチのほうを見る。
(メグチは死んでしまう。その前に行方がわからなくなる。それなら……)
ミズキの中で方向性が定まる。
「もう行こ! 今から準備するから」
そういってリリィとメグチをいったん部屋の外に出して自室で準備を始めた。
準備を終えてクラクの別邸門前に急ぐとすでに人は集まっていた。
リリィ、ササキ、メグチ。この三人だ。ミズキは遅れてやってくる。準備もそうだが、少し考えをまとめていた。この後の王都遊覧でどう過ごすか。
(まずはこの王都で何が起こっているのか、調べないと)
ミズキは無意識で三人の顔を見ていた。
リリィには心配をかけられない。ササキは頼りにできないーーというよりササキは不透明な部分がある。その考えから行きつく結論は、
(メグチに声をかけよう)
それは同時に、メグチの死の真相に近づけるかもしれないという思惑があった。
しばらく四人での王都遊覧。商業施設の集まる王都の西区を散策。銀食器や銀アクセサリー、銀の素材を使った装飾品を扱うお店を見て回った。お昼も西区にある王都では有名だという魚料理のレストランで食事をとった。ここまで前回の王都初日とはだいぶ流れが違ったのは自身の朝の行動のせいがあるのだろうかとふと思った。
それから自然な成り行きで、二人組を作って好きなお店を見て回る話になった。これは好都合だとミズキはチャンスを逃さない。
迷わずメグチと一緒に回ることを提案する。その提案は意外とすんなり通りリリィとササキとわかれた。が、メグチの視線がじっとりしている気がする。
「じとー」
気のせいではないようである。確実にメグチはミズキのほうを注視していた。
「えと、どうしたのかな?」
「やっぱり獣人に欲情しているんでしょー」
「それ誤解だから!」
いつまで引っ張っているのやら。メグチは今朝から獣人フェチの変態だと誤解されている。いい加減誤解を解かねばとミズキは思う。
「あのメグチ!」
「なにぃ?」
相変わらず疑いの視線は止まないが、その視線をかいくぐって話す。
「私の加護の話なの!」
思わず言葉を端折りすぎた。というより、会話の前後もなければ脈略もない唐突な言葉だ。疑いを向けるメグチの目が一瞬で丸くなるのだから相当だろう。
ミズキはハッとするが、メグチを見ると少し考えるふりをしていた。一間をおいて彼女は言葉を紡ぐ。
「確か予見の加護でしたっけ? ミズキの加護って」
「え、あ、うん……」
ミズキは迷い子として認知されている。迷い子はもとより加護を持っている存在、その加護については予見の加護だと知られている。それを誰が吹聴したかはわからないが、推測するにルバートかルラ辺りだろう。迷い子は呪いを持つ忌み子でもあるから、事前に加護の内容を周知させているのかもしれない。予見ーー言いえて妙だが、実際経験して未来を知っているのだからあながち間違いではないかもだが。
「何か見えたんですか?」
「あ、うん、その」
さすがに街中で話すのは言いずらい。
「ちょっと落ち着ける場所でいいかな」
「えー本当は別の何かをするんじゃないんですかぁ?」
(もうその設定やめてほしいんだけど)
うなだれるミズキはもう突っ込み気力はなかった。
人の往来から離れてひっそりとした通りに佇むカフェに二人は入った。
カフェは幸いにも人が少ない。ひそひそ話をするのにちょうどいい空間だ。ミズキはテラス席を選んで、そこに二人で座った。
目の前に座るメグチは頼んでいたアイスコーヒーをちょびちょび飲んでいる。おいしいのか獣耳がピンと立って、尻尾もフリフリ揺れ動いているのが見える。
メグチはアイスコーヒーに砂糖を目いっぱい入れていたが甘いのが好みらしい。
ミズキは緊張もあり何も頼まなかった。会話をすぐに始めず、メグチの仕草を目で追うばかりで話の起点が見つからない。そうやって悩んでいると、カタリとカップを置く音と共にメグチが言葉を発した。
「で、予見の加護ですよね? 何か見えたんですかぁ?」
きっかけはメグチからもらった。疑わしそうに眼を細めてじっと見てくる。
「そ、そう! あ、でも……」
きっかけに喜んで話そうと勇むが途端に口をつぐんでしまう。どこから話して、どう伝えればよいか悩んだ。すべてを話すのは得策ではない。
「何ですか? 別に何を言われても驚きませんよ。ミズキ様の予見の加護は精度が低いそうですし」
「え、ああ、そう……」
「呪いの恩恵を受けてないんでしょ。だから、リリィ様の近侍になんでしょ。ちゃんとした迷い子ならクラクの領主様がリリィ様の近侍に推薦するはずないですからぁ」
と、彼女は笑っていう。
(ああ、そっか。精度の低さは呪いの恩恵を受けてないからそう伝えられているんだ)
一人内心で納得するミズキ。
しかし、だかといって全てを話すわけにはいかない。ミズキに対する態度は不完全な迷い子だからであって呪いの恩恵を受けた完全な迷い子と認知されればその扱いは大きく変わるだろう。
ふいに思い出す。ハンナから呪いの姫と言われ殺されたことを。
この世界が呪いを忌み嫌っているのは嫌ほど知っている。呪いは死を生む。その逆もしかり。
呪いは大きな力であると同時に何かを犠牲にしているもの。その何かは誰かの死であることが多い。
ミズキの力が的確なものであればそれは呪いの恩恵のものだと確信めいてしまう。その確信はミズキ自身の立場だけでなく、リリィにも迷惑がかかる。
ミズキは考えて覚悟を決める。この先のことを話すという重さに。
「メグチあのね……」
改まって話を始める。メグチは相変わらず疑わしい視線を向けている。
その視線にミズキは考えた末の言葉を投げかける。
「レイナ、様がいなくなるの……」
それは咄嗟に思いついたとっかかりだった。
メグチは一瞬驚いて目を丸くした。落ち着くように目の前に置かれた自分のアイスコーヒーを一口すすって口を開く。
「はーなるほどですねぇ」
「それは信じてくれている……ってこと」
恐る恐る確認をするミズキにメグチは少し考えるふりをして話す。
「信じるっていうかいなくなってもおかしくないなって、だってレイナ様は前回の王位継承式をドタキャンした方ですし」
信憑性云々というよりレイナの信用性の問題が話の内容を裏付ける要因になったようだ。
レイナの王位継承式ドタキャン。その詳細については回帰前にあった姫の交流会で聞いた話だ。ただその背景については知らない。
「レイナ、様ってなんでドタキャンしたの?」
「え、知りませんよ。多分、みんな知りませんよ」
その背景を知れると思って聞いたがその返答はストレートだった。カシュ・ミミの近侍、ファルマも知らない話だったからミズキの内心では期待はしていなかったが。
「レイナ様当人か周辺しか知らないと思いますけどね。憶測みたいなのはありますけど」
「どんな?」
「ご年齢に反して王位就く重責に耐えられなかったとかですね」
「はあ……」
ありていにいえば、考えつくような憶測だった。当時二十歳で王位につく、このオルファナスの王になる重責は考えつくものだ。
「でも、ドタキャンしたのにまた王位継承式をするなんて他に代替案なかったのかな」
「まあ、聖域を開けるのは正統な王族オルファナスだけですし、聖域を開けなければ姫の巡礼が滞りますからオルファナスから姫を巡礼に行かせられないですからね」
「え、あれ……」
少し引っかかる言葉にミズキは逡巡する。
確かアリゼル・フイカはすでに巡礼に行っていたことを思い出す。
「アリゼルは……」
「あーアリゼル様ですか? アリゼル様はオルファナス出身ですけど、アルド国の聖域の恩恵を受けて巡礼に行っているんですよ」
「アルド国?」
「ええ、ここから東の方、メイヘン領を抜けてナルミナ小国から船で海を渡った先の大陸にある国です。オルファナスとは姉妹国なんですよ」
姉妹国ゆえにそうした措置をとったのだとメグチは説明した。またナルミナ小国はオルファナスの属国で姉妹国のアルド国を繋ぐ国だとも補足した。
「まあ、でも特別な措置ですよ。オルファナスは核聖域ーー巡礼地でありますからそんな特例、中央はあまりよく思っていませんからね」
「中央って?」
「簡単にいうと姫を認めている機関ですよ」
「はあ、そんな機関が……」
ルバートが、姫として聖殿に認められる、なんて話をしていたことからそれが中央のことなのだろうと思った。メグチの話はルバートが話していたことを裏付けている。
「オルファナスは世界的に見ても立場が悪いんですよ。核聖域を保有している国で解放できていないですからね」
「あまりよくないの?」
メグチはこくりとうなずく。
「オルファナスから姫を出せませんし、核聖域を開けてないとこの国の繁栄が滞りますし」
「繁栄が滞る? それって……」
「現状、開けていない状態はこの国の核聖域にいる加護の力が弱いってことですから」
メグチの話によると、国の加護が弱いと悪いものを引き寄せてしまうらしい。クラクの襲撃も長らく王位継承を行っていなかったつけだという話があるそうだ。
「王位継承を関わる国内の不和はレイナ様の身勝手だけでなくフウワ帝国との関係性の悪化の可能性があるんです」
「フウワ帝国?」
新たな国の名前に疑問を呈すミズキ。
「はい。王都から北側、カシュ領を抜けた先にある国です。この国は積極的な国交をしていないんですよ。鎖国とまではいかないんですが、まあオルファナスとも断絶状態だったんですよ」
そこからメグチは詳しく説明を始める。
「フウワ帝国は軍国家で、魔法戦士の軍隊を抱えているんです。それはもう強力らしく、だからこそ他国から狙われないそうです。そんな強国ですが、イブの時代でイブに襲われ深刻な被害を被ることになるんですが、それを救済に動いたのが先代の王女だったんです」
イブの時代ーーそれはイブという災厄が蔓延る時代のことだ。今はそのイブのいない一時の平穏だという。そして、イブの時代は再び来るという話がある。姫たちはこのイブの時代が永遠になくすために巡礼する。呪いの根絶がイブの復活を防ぐと信じて。
「先代の王女の救済もあってオルファナスとフウワは友好国になったんです。でも、先代の王女が亡くなったとき揉めましてね。内情は詳しく周知されていないんですが、なんでもオルファナス王宮理事会との間柄に何かあったらしいんですがそれを取り持ったのが今の王女代行ルーバー・ケイ様なんです」
「そうなんだ……。あれ、でも、今の王女代行が取り持っているならなんで関係悪化につながるのかな?」
「それはもちろん、その取り持っている王女代行が退任するからですよ。今回の王位継承は半ば強行しているようなものですから」
メグチは続けていう。
その背景に、クラク襲撃があったことだと話した。早急に王位を継承できなければ加護が機能せず国の襲撃を察知できない。そもそもクラク襲撃は王位継承を先延ばしにしてしまったゆえという話があるくらいだと。
「背景はどうあれこの強行は王宮理事会が決定したものでして、皇女レイナ様からの声明はありません。それがフウワ帝国側はあまりよく思っておらず王位継承式の式典に出席しないようですし。出席しないことが国内ではフウワ帝国とオルファナス間の不和を感じさせていて、特に商工会はその関係の不穏を強く不審に思っているんですよ。彼女らはフウワ帝国と銀の取引をしていますから」
「銀?」
「銀は魔力を込められるんです。術式を封じることもできてそれで魔道具を作ったりもします。それでフウワ帝国はその銀が必要なんですね。魔法戦士のために」
オルファナスが銀装飾品のお店が多くあるのは銀の産地だからだそうだ。その銀はフウワ帝国にも輸出しているようだ。
「まあ、その取引がどうなるかが商工会は不審に思っているんですよ。先の見えない王位継承式。レイナ様は一度継承式を逃亡してますし、それが王位に対する信用をなくして……まあ、とかく複雑なんですよ。一番はレイナ様がちゃんと表明しないことだとは思いますけど」
メグチ面倒になったように言葉をしめた。
レイナの不義理がオルファナスに不和を生み出している。一度の逃亡が信用を落とし、今回の強行がさらにオルファナスに不信感を示されているのは明白だろう。
しかし、レイナの行動だけがこの先の最悪な出来事を生み出しているとはミズキは考えなかった。
将来、リリィとメグチの死。そして、レイナが意識不明で王都へ帰ってくるという事実。王都の不和はレイナの過去の行動や当人の継承式に対する表明がないことが事実だろう。けど、前者のミズキが経験してきた事実はそれ以外の誰かが介入しているに違いない。
ーー呪術師。
ミズキはその正体がよぎる。同時に、ハンナが言っていた呪いの姫という存在も気になる。
実際に彼女たちはいたのか。クラク襲撃が核聖域の解放ができていないことが由来ならば、この時もすでにどこかに潜んでいるのか。
彼女らの正体はつかめない。だが、とっかかりをミズキは見つけた。
(レイナが意識不明で戻ってきていた……。それって、逃げた先で何かあったってこと、だよね……。それにティターニアっていう名前も出てきてたし)
ミズキはレイナを追えば、その元凶をつかめるのではないかと考えた。
「どうしたの?」
深く考えるミズキの顔を不思議そうにのぞき込むメグチ。
「え、あ、えっと、いや、何も……」
「ふーん、変なの」
「あはは……」
思わず繕ってしまう。呪術師が現れるかもしれない。それはまだ言ってはいけないと思った。
「それにしてもレイナ様がいなくなる。本当だったらやばいですねぇ」
そういっているがメグチは面白そうに口角をゆがめている。観客みたいな反応だ。
「やばいって、そんな他人事な……」
「いなくなるって事は前回逃げたときにレイナ様のフォローができてなかったってことじゃないですかぁ。やっぱり王宮理事会は聖殿の顔色伺っているだけでレイナ様のことは何も考えてないんですよ」
「そ、そうなんだ」
メグチの口ぶりからレイナ本人に対する不満というより王宮理事会のほうに問題があるようだ。
「それにしても、どうやって王都から抜けるんですかね。かなり厳重だと思いますけどね」
「え、あ、そうなの?」
「そりゃあ、そうでしょ。前のことがあれば」
メグチのいう通り、レイナには騎士の従者と巨躯の魔術師の二人がついていたのを思い出す。確かに、よく二人を出し抜いて王都を脱したものだ。
「本当にいなくなるとしたら相当ポンコツですね」
「え、誰が?」
「レイナ様を見張っている人ですよ」
「ーーほう、面白い話をしているな」
不意に、冷えた低音が静かに会話に差し込んだ。
ミズキもメグチもその声にびくりと肩を震わす。先に、その正体の姿を見たのはミズキだ。メグチの後ろでのっそりとした体格がいつの間にかいたことに驚く。その彼女はテラス席の屋根の下で窮屈そうに屈んでいる。
大きな体躯。黒ずくめの恰好に、魔法使いみたいなつばのある帽子。大きな体躯を除けば魔女といって差し支えない姿だ。この世界で魔女という表現は呪術師と同義らしいから魔女と表現するのはふさわしくないのだが、そう思わせる彼女はこちらを不気味に見下ろしている。
「えっと、ミズキ様。私振り向くのが怖いんですけど」
「私も怖いよ……」
「いいんだよ。クラクの別邸の獣人の使用人とフィロルドの近侍のお二人さん」
ミズキもメグチもお互い視線を合わせないように努めるが、そういうわけにもいかないようだ。魔女っぽい風貌の彼女はじっとりとした視線をこちらに注目してしまっている。
メグチは振り向かずにぽつりという。
「どうしてここに? クリシュ様」
クリシュと言われた大きな体躯の彼女はニヤッと口角をゆがませる。
「なぁにちょっとした一服ってやつだよ。それより、レイナがいなくなると言っていたが、そこのフィロルドの近侍の加護か?」
鋭い視線はミズキに向けられる。
ミズキは大きな体躯に圧倒される。前かがみになってミズキのほうを見やる姿は威圧的だ。彼女にとっては普通の動作に過ぎないだろうがほかの人を威圧するには十分な動作である。
ミズキは言葉で答えず、首を縦に振って肯定する。
「へー……そうか……」
何かを考えるそぶりをするクリシュ。すると、クリシュは何かを思ったように口を開く。
「レイナがいなくなる、か。私は今からメイヘンの別邸に向かうのだがお前たちも来ないか?」
「え、どうして?」
ミズキはその真意を訊ねる。
「そこの獣人の使用人も言っていたが、私はレイナを見張るためにいる」
クリシュの刺すような言葉にメグチがしゅんとしていた。
「見張るためって……近くにレイナ、様はいるの?」
いまだに皇女レイナに様をつけることに慣れていない様で訊ねるミズキ。
「いや、レイナは今日は王宮で勉強会だ。理事会連中に囲まれているだろうな。それにルフェルナっていう従者もつけているからな。私は見張るというよりはレイナの逃亡を阻止し王位継承式を無事迎えられるためにレイナの傍にいるんだ」
「はあ……」
そのような使命があってもレイナは結果として逃亡を果たしている。その光景を見てきたからミズキ的には半信半疑の思いを胸中に抱く。
「前回、メイヘンのところに逃げてたというから私はメイヘンの別邸に確認に向かう。本人の聴取にな。できれば、別邸内も把握しておきたいが……私はネコが苦手でな」
「ネコ?」
「使い魔のことだよ」
メグチがそう補足を入れてくれる。
ネコは伝書役として使い魔として契約させているところが多いという話だ。実際、クラクの別邸にもネコがいる。
ミズキがネコの言葉に疑問を抱いたのは、クリシュがネコのことを苦手だと言っていることだ。レイネが逃亡を果たしたのはそれが関係しているような話をしていたのを思い出す。
「メイヘンは最近ネコをたくさん契約したようでな。私は容易に近づけないんだ」
「……なんで王宮はこの人にレイネ様の見張りを頼んだんですか」
ぽつりと毒ずくメグチに、クリシュはふっと鼻で笑う。
「くく、的を得ているな」
彼女は否定するわけもなければ苦笑して自虐している。自覚があるようだ。
「王都はレイナの行動を気にしている。彼女自身王位継承式に乗り気じゃないのは目に見えているからな。どうにか王位継承式を迎え核聖域を開きたいだろうが、前回の継承式の逃亡がレイナの信用もとより理事会そのものの信用が薄れてしまっている。その状態だから安易な人間をレイナの監視につけられないんだよ」
「それでクリシュ様、ですか」
「まあ、そういうことだな。一応私はオルファナスの王宮仕えではあるからな。ま、こんなに王都に滞在することはないのだが……」
そういいながら、クリシュは呆れたように続ける。
「人選に関しちゃ理事会の信用のなさゆえの苦渋の選択だろうさ。私なんか肩書だけの王宮仕えの放浪者をつけるなんてどうかしているしな、くくく」
自分でいうのか、と思わず突っ込みたくなるミズキ。
「一応代々オルファナスに仕えている騎士家のルフェルナが今はそばについているが、あれは王族の仕えに自覚がまだないな。半端な状況でそうなってしまったから仕方ないのだが……」
クリシュは少し面倒そうに顔をゆがめる。
「とかく、中途半端なその場しのぎで私はレイナの監視に任命されたわけだ。監視として不十分なのは深く自覚している。が、己でやれることはするつもりだ。こうして、体よくお前らに巡り合えたのだからな」
「え」
「メイヘンの別邸を探るのはお前らの仕事だ。なぁに、レイナの悪口を言っていたんだ。手伝ってくれるなら王宮への報告はしないでおこう。断るならな、まあわかるよな? 仮にもフィロルドの関係者なんだからな」
有無をいわなさい圧に、ミズキとメグチはお互い目を合わせて深いため息を吐いて了承せざる得なかった。
ミズキはやっかいなことに巻き込まれたと内心でうなだれる。
王都初日へ回帰してからの始まりは前途多難であった。ミズキがまだ知らない王都の渦中へ踏み込むような新たな始まりのようだった。




