過去の私にさようなら・後⑤
「久しぶりミズキ」
「ルバート……」
王都で再会したのはルバート・エリザベス。クラクではいつも顔を合わせていたゆえに新鮮味を感じる。クラク襲撃の際、彼女は特にミズキを気にして助けてくれた。だから彼女と出会うのは感慨深いものがあった。
だが、今の状況はそんな思いよりも言葉にできない思いが込み上げていた。
複雑な表情。それを察した、あるいは感じてミズキに会いにきたルバートが鈴のような音で告げる。
「ゆっくりとお茶をしながら話をしたいところだが、そんな余裕はないみたいだな」
「ルバート! 分かっているの!? リリィが……リリィが……」
悲痛な顔で訴えかけるミズキ。ルバートの表情は冷静で落ち着いている。
「ああ、分かっている。全てをな」
「すべて……?」
「私の神託は特別なんだ」
「神託?」
その単語の意味についてはルバートは語らない。代わりにルバートが語ったのはその全てに対する応えだった。
「ミズキの加護ーー死の加護のことを思いだした」
「え……」
ルバートは言っていた。クラクにて聖域に入る時に彼女は死の加護について忘れると。けれど、ルバートはそれを思い出したといった。
それが神託という単語がもたらす力なのだろうか。
「そういう契約なんだ、神託というのは。最初はミズキを導き、導き終えた時に忘れる。そして、フィロルド・リリィが亡くなった時に思い出す」
「どうしてリリィが死んで思い出すの……」
遅いと言いたかった。本当はちゃんと知った状態で助けて欲しかった。そう言いたかった。
「……神託は導くだけだ。私はその声に従っているだけだよ。だから、今思い出したということは私はミズキを導く必要があるということだ」
「導くって……」
「最終的にはミズキ自身が決めることだ」
「え」
ミズキは戸惑う。
「私はただ話すだけだ。そうだな……。フィロルドの話をしよう、そして迷い子のこと、呪いのこと……」
「そ、そんな話をしたところで……」
「とりあえず場所を変えよう。こんな大通りでは目立つだろう」
二人は大通りからクラクの別邸へ場所を変えた。
静謐な別邸。今は誰もいない。いや、もはや使われることもないだろう別邸は静寂を極めている。たった一日空けていただけなのに、別邸の中は埃が目立って見えた。
ルバートの横顔は神妙だ。何かを覚悟したかのような面持ちだった。
別邸のエントランスで彼女は足を止める。そして、ミズキの方に振り向き言葉を紡ぐ。
「まずは迷い子と呪いについて話そうか」
神妙に告げる彼女の顔を見てミズキは生唾を飲み込んだ。
「迷い子がなぜ忌み嫌われているか。それは呪いの成り立ちに問題がある」
「成り立ち?」
ミズキの疑問にルバートはしっかりと頷く。
「この世界には四つの力がある。加護、魔法、神託そして呪術。
加護は祈りを力とし信仰が強いそれは増す、その加護を持たないものでも加護を知り信奉すれば使うことができる。これが祈祷術。加護を代行する力だな。思いが欠落した時、また疑った時祈祷術は使えない。しかし、加護所有者はその力を失うことはないが力の出力は落ちる。
次に魔法。魔力を消費して出力する力だ。これは魔力の量が大きく影響するし、現出するための知識や見識が必要となる。それに人によって属性なるものがあるから使える魔法は大きく変わる。
そして、神託。これは大体騎士が持つものだ。家系で受け継いだ力だが力の行使は神託に委ねられる。つまり、自分から使用できるものじゃないということだ」
ルバートはそこで一息をつける。
「なんで、そんな力のことを」
「落ち着け、力にはある種何かしらの制約があると言うことを知って欲しいんだ」
「制約……」
「加護は祈り、魔法は魔力、神託は神託自らが働きかける」
「なら、呪いは……?」
ここまで聞いてミズキは先が見えた気がした。声が上擦っていた。
「代償だよ」
ルバートの突きつけるような言葉にミズキはぞくっとする。
「呪いは特別なんだ。加護にも呪いはあるし、魔法にも呪いの種がある。魔法に呪いを転じたものを呪術というしな」
そのままルバートは続ける。
「呪いは代償を払う行為によって力を強め顕現する。それはより強大なものになる。代償の大きさにつれて力はより大きくな」
「それって……」
「呪いを求める人間ってのは欲深い。代償を払ってでも呪いを使おうとするんだから当然だ。けどな、呪いはただ代償を払って顕現してるんじゃないんだ。
最初に血を一滴、代償にして魔法を使ったとする。しかし、次に一滴血を絞ったところでその魔法は顕現しない。次には二滴必要になる。そうやって魔法の顕現のための代償が使うたびに大きくなる。
自分で払えなくなったら今度は他者を犠牲にするだろう。それが呪いを使うものなんだよ」
「なんで他の人まで」
「それが呪いってい力に溺れたものの末路なんだよ。呪術師はな。自分の力が消えないように人を殺すんだよ」
「そんな……、え、でも加護は?」
ルバートは真っ直ぐと目線を向けていう。
「加護には祝福の顔と呪いの顔がある。それは知ってるな」
ミズキはおずおずと頷く。
「呪いは代償がトリガーになって働く。加護の場合の多くは死をトリガーにしてな」
「それが、なんで迷い子は呪いの加護を持ってるって……」
ルバートは冷静に告げた。
「ミズキ、お前はこの世界に来る時死んだだろう?」
「え……」
「迷い子は死んでこの世界にくる。その時点で加護は呪いとなる。その力は当然大きなものだ。その大きな力を使い続けるために代償を払おうとする。それが迷い子が忌み嫌われる正体さ」
「でも、私そんなむしろこんな力なんていらないよ! なくなって欲しいくらい!」
「代償を払わなければ力は弱くなるだろうな。けどな、死の加護は特別なんだよ」
「……嘘、まさか、死の加護って」
ミズキの両手は震えていた。よくない考えが浮かぶ。
どうしようもない嫌悪感が胸中をひしめいている。気味の悪い感覚だ。こんな事実があってよいのだろうか、その思いがルバートを睨んだ。
ルバートは悲運なミズキを見るかのようにして冷淡に告げる。
「ミズキ自身の死が呪いの代償になってるんだよ」
ミズキはルバートの近くにかけだした。今すぐに殴りたい衝動に駆られるが、ミズキの手は力無く彼女の服を掴むだけに留まった。
「なんで私なの?! なんでこんな思いをしなきゃいけないの?! なんで、なんで、どうして……」
ミズキはその場で膝から崩れ落ちる。やるせない思いが吐き出される。そのミズキをルバートは悲運だと見下ろしている。
「死の加護がお前を選んだのだ」
「でも、呼んだのはルバートじゃないの?!」
「私はきっかけを作っただけだ。お前を受け入れる環境もな」
「環境……?」
「お前を記憶喪失にさせたり、ローヤルチョーカーをリリィに与えたことだ」
「何それ……」
「今では意味がなくなったけどな。記憶は戻ったし、ローヤルチョーカーは……リリィが亡くなったからな」
不意に首元に手が触れる。そこにローヤルチョーカーはない。リリィが死んだという事実を無慈悲に突きつける。
ガクッとして、ミズキの目から涙が溢れた。
「リリィには重い宿命を背負わせてしまった。フィロルドに生まれ加護が目覚めないままに姫として巡礼しなければならなかった」
「加護がないから、あんな加護を受け継がせたの?」
震えた声でいう。
「あれしかなかった。姫として聖殿に認めて貰うにはな。あの加護はリリィの姉の加護だったから」
「姉の加護……?」
「ああ、姉ーーモネは前のイブの時代で死去した。リリィに受け継がせるのは親近者の加護しかなかった。だが、リリィはそれに目覚めることも自覚もできなかった。それは同時にリリィの中に本当の加護があるということを裏付けていた」
「リリィに加護はあるの?」
それはリリィ自身が一番望んでいたことだった。
「ああ、ある。だが、簡単には目覚めない。そのために、ミズキを呼んだんだ」
ルバートの人差し指がミズキを指していた。
「なんで……?」
「加護には関係がある。フィロルドの加護といってもそれは大きく派生している。フィロルドの最初の加護、偉大な加護から力の形を変えていったのだ。死の加護はフィロルドの最初の加護に近い加護だから。
私の神託が告げたのだ。リリィの加護を起こすのは死の加護だとな。リリィの加護は最初の加護だから、それを起こすのはそれに一番近い加護しかない、と」
「それで、私が……」
「ミズキに耐えがたい運命や境遇を与えてしまったと思う。だが、リリィの本懐のためにこうなってしまったのは事実だ」
ルバートは申し訳なさそうに目を伏せた。
「だがな、私は今ミズキに死んでもらってリリィを救えと強要するつもりはない」
「え」
それはミズキにとって意外な言葉だった。リリィのためにここまでのことをしたのに、疑問だったから。
「ミズキが愛の席から姫になる話をしているのは知っている。お前が姫になって巡礼を果たして永劫の平穏をもたらすと言うならそれはリリィの願いを叶えることになる」
「…………」
ミズキは黙って話をきく。
「モネの加護、フォレグはいつかミズキ自身の加護に変わるかもしれない。姫としては自覚できるし認知されるだろう。ただ代わりに死の加護がミズキの奥底に眠ることになる」
そんな未来。少し想像する。繰り返される死という回帰から逃れ、フォレグを加護として受け入れる。巡礼にはルナリアが一緒にいくことになるだろう。そんな未来を。
ーーリリィと巡礼、世界を見て回らなくてよかったの?
もう一人の自分が語りかける。ミズキはその問いかけにはっきりとした答えをもっていない。
わからない。わからない……。
「ルバートはそれでいいと思うの?」
その答えをルバートに投げた。けれど、彼女は困った顔をしていう。
「私が決めることじゃないよ。それはミズキをこの世界に呼んだ私なりのせめてもの償いだ。私はお前が戻らない選択をしたとて責やしない。これも運命だと受け入れる」
「……難しいよ。こんな重い選択」
「ミズキ、私が最後に言えるのはな」
ルバートは間を作って告げる。
「逃げるな」
その言葉に身を震わす。今まで逃げてきた人生だったから、恐ろしい言葉だ。
「自分自身向き合い考えろ。それがお前にとって最善だ。その選択をした自分を信じろ」
「簡単に言ってくれるね……」
皮肉めいていう。ルバートは苦笑していた。
「ミズキのことはミズキが一番知っているはずだろう?」
「そうだけど、私はとても弱くて矮小な人間だよ。こんな重い選択、選べないよ……」
「選べるさ。だって、ミズキはクラクを救っただろう? 救ったのもミズキが選んだ結果なんだから」
「ーー!」
ルバートの対話が終わる。ルバートは王宮の方へ用があるからとエントランスを出て行こうとする。
最後に、ルバートはミズキの背中にこう声をかけて締めた。
「私もミズキを信用している」
ルバートがいなくなって、ミズキはその場で一人立ち尽くす。
答えはまだわからない。あとは自分自身で見つけるしかない。
ミズキの足はあの時計台へと向かった。




