過去の私にさようなら・後④
ミズキは教会に戻っていた。教会に用意された個室にてボーッとした時間を過ごしていた。
頭の中が非常にこんがらがっている。整理がおぼつかず状況の精査に懊悩していた。
王都で起きた事件。それはリリィの死亡だけでなく、皇女レイナの行方不明、そしてナルミナ小国に現れたという魔女。
(魔女ってハンナが言っていたやつ、なのかな……)
前回の回帰でハンナが言っていたことを思い出す。呪いの姫の背後には魔女がいると。それはつまり、この王都で起きていることの元凶なのではないかとミズキは考える。
しかし、考えたとこで徒労に終わる。虚しい思いが胸中を渦巻くだけだった。
コンコン、と扉の音が鳴る。
静かな個室で鳴る音に驚きながら、上擦った声で応答する。
入ってきたのはきらっとした目の色をしたルナリアだった。
「時間だよぉ」
抑揚のある言い方で告げるルナリア。相変わらず語尾が伸びている。
「時間?」
「もう忘れたのぉ? 王宮に行くって言ったよぉ」
「王宮……あ、そっか……」
ミズキは記憶を探って思い出す。
「リリィとお別れ……」
これから葬式が始まるのだ。ミズキの声は小さくか細い。
教会を出て王宮までの道のりはやけに静かだった。王宮から伸びる大通りにさえ人はまばらで寂しさを覚える。王宮の門前にはエステル教会の信徒が何人かが立ち並び、王宮に向かって手を合わせて祈っている景色があった。
ルナリアは、これからの葬式は密葬だという。愛の席が取り仕切っているそうだ。
密葬にしては王宮の門前で信徒が集まっている。それに、大通りに並ぶ建物の前にちらほらといる街の人間が王宮の方を見て信徒と同じように手を合わせているのはきっと状況を察しているからに違いない。信徒が集まっている状況を見れば葬式が行われていることは考えられるとは思うが。
ただ密葬というにはお粗末な状態と言わざる得ない。
リリィの死はすでに王都内に知れ渡っているのかもしれない。しかし、そうだとしたら王都の町民の反応はやけに静かで寂しいものだと思った。
ルナリアと一緒に王宮へと足を運ぶ。
王宮に入ると微かな声? が聞こえた。声というよりは唄。賛美歌のような唄で、ミズキはそれを聞いたことがあるように感じた。
その唄の方へ進んでいくと、そこは大広間。王宮内に備えてある行事を執り行う場所だ。
長椅子が整然と並び、その正面に壇上がある。そしてその壇上の前に棺が置かれていた。
一眼見てそれがリリィの入った棺だと分かったが、ミズキは直視はできなかった。
「ミズキ、行かないのぉ?」
ルナリアが棺への道を示してくる。
正面の壇上の左右に控えているエステル教会の信徒もミズキを誘っているように見えた。彼女らは絶え間なく讃美歌を唄っている。
「……この唄はなんなの?」
「唄ですかぁ? これは死者を讃える唄ですよ。見送り唄なんて言われてますぅ。死者が死の世界で迷わず加護になって現世に帰って来れるように願いを込めてねぇ」
「加護……」
ミズキは信徒が尊い加護になるために祈るのだという話を聞いたことがある。加護になるということはそれほど尊ぶことなのだろうか。
ミズキの中にいる死の加護。そして、今はフィロルドの加護もいる。その二つを尊ぶものとはとてもじゃないが思えない。
ミズキはぎゅっとその思いを押し留めて正面をやや伏目がちに向く。ルナリアがミズキの背中をちょんと触ったのを感じてミズキは前へと踏み出した。
一歩、一歩と進んでいく。足取りは進むたびに重くなっているのを感じていた。
唄のせいなのか。ミズキのリリィに対する思いがそうさせるのか。ミズキは真っ直ぐに正面を見るのができなかった。
視界に棺が映ったところでミズキは足を止める。ゆっくりと面を上げて、棺の中を見遣る。そこには穏やかな顔をしたリリィが寝そべっていた。
あまりに穏やかだから本当に寝ているんじゃないかと思った。けど、首に巻かれた包帯が彼女が死んでしまった事実を突きつける。首を齧られリリィは死んだという話だ。抽象的な話だったが、こうして目の前で横たわる彼女姿が死という事実を容赦無く突きつけてきた。
ミズキは思う。
そっか、私、リリィを守れていないんだ。そう儚げな思いが苦心に突き刺さる。
ーーそう思うならやるべきことは一つだろ?
「……黙ってよ」
ーー何を迷っているんだ。何を迷う必要がある? お前にできることは……。
「黙って!」
小うるさい頭の言葉に投げつけた言葉だったが、現実はその場で放たれた叫びだった。
ふと我に帰れば、唄を唄っていた信徒が驚きに目を見開いてミズキの方へ注目していた。
「あ……え、と……ちが、くて」
「何いきなり大きな声出してんのよ」
背後から子生意気な声が聞こえた。
「ここは神聖な場所よ。後悔があるのでしょうけど、そういうのはここの外で吐き出しなさい」
もう一つの声も聞こえる。宥めるような優しげな声だ。
振り向くと、カシュ・ミミとアリゼル・フイカがいた。二人の姫がそこにいた。
「少しお話をしましょう。三人で」
アリゼルが小さな笑みを作って言った。
リリィの棺が置かれた葬式の会場となっている大広間から前室に移動した。前室は簡易的な控室のようになっておりソファーや机が置かれている。だが、流石にここが王宮であるからその家具は装飾の凝ったものであった。
「あの、話って……」
「リリィのことよ」
カシュは躊躇するなく言った。彼女の隣にいるアリゼルが苦笑いしている。
「交流会でミミがフィロルドから話を聞いてたみたいだから」
「ふん、アリゼルに言われて言うのもシャクなんだけどね」
話が見え来ずミズキは当惑する。
「アンタがフィロルドの近侍だったから言うのよ。落ち込んでいる見たいだしね」
「はあ……えっと、何を……」
「リリィはよっぽどアンタのこと信頼していたようよ」
「え?」
ミズキは素っ頓狂な声が飛び出た。
カシュは頭をかいて気恥ずかしそうにいう。
「リリィは交流会にミズキを連れて来なかったことを悔やんでいたわ。それに、王都の挨拶にアンタを連れて歩けないこともね」
「な、なにそれ」
戸惑っていると、今度はアリゼルから話がある。
「あの子とても寂しそうだったわ」
「そ、それは私がいないからじゃなくて……」
「いいえ、あなたがいないからよ。だって、あの子ずっとあなたの話をしてたから」
アリゼルの言葉にミズキは胸を苦しくさせた。
カシュが面倒そうに大きくため息をつく。
「クラクを救ったのはミズキのおかげとか、ミズキを選んでよかったとか、そんな話ばっか」
「私、そんな大したことしてない……」
消極的なミズキに対してアリゼルがいう。
「あなた自身がどう思おうがリリィはミズキのことをとても信頼してるようだったわ。だけど、リリィは自分のことを後ろめたく思っていたみたいね」
「え、な、なんで」
「そんなの決まってるでしょ」
カシュがこともなげにいう。
「フィロルド。それがリリィにとって重いんだよ」
その言葉にアリゼルが寂しげに話す。
「リリィは言っていたわ。私はミズキの隣にいていいのかな、って」
不意にミズキは想起する。
それは前の回帰で、部屋の前でチラと見せた涙だ。あれはミズキのことを不甲斐なく泣いていたのではなかった。あれはリリィ自身が不甲斐ないと思って泣いていたのだ。
その思いに気づく。気づいた瞬間、ミズキはその場から走り出して王宮の外へと飛び出した。どこへ行こうとしていたかわからない。この蟠った思いを発散するためだけの走りだったかもしれない。
ミズキが大通りへ走り出した時に、ミズキは咄嗟に足を止めた。それは目の前によく知っている人物が現れたからだった。
金色の髪。騎士のような風貌。それは最初に出会った時と大差ない姿。その顔色は凛々しく、こちらを涼しげに見ていた。
その人物は涼やかな声で告げる。
「久しぶりミズキ」
「……ルバート!!」
その人物ーールバート・エリザベスとの再会だった。




