過去の私にさようなら・後③
朝の早い時間、ミズキは教会から出ていた。出ると言ってもちょっとした散歩程度のもの。気分転換である。
こんなことで気分が紛れるとは思っていなかったが、とかく教会から離れたかった。アヤチの悲哀な慟哭から逃れたかった。
しかして、ここは中央区。真ん中を通る大通りに人気はない。心なしか王宮の方を見ても寂しく見えた。
姫一人が亡くなっている状況に反して王都は嫌に静か。それが早朝だからということを加味してもそう思った。
そんなことを思いながら、かき乱している心を落ち着かせていく。けど、心はずっと落ち着く具合を見せなかった。
「身体は大丈夫なのか?」
ふと、ドスの効いた声が聞こえた。それがミズキにかけられたものかと思い振り向いて探すがそうではないようだった。その主は王宮の門前にいて、そこにいるもう一人の人物に声をかけていた。
声かけていた人物はかなり大きな体格をした黒ローブ姿の女性。その姿には見覚えがあった。そして門前、大通り側にいる人物も見覚えがある。クールな眼差しで表情に起伏の見られない女性。二人は、前者は魔術師のクリシュで、後者はアイゼン・リクだ。
クリシュは少しイラだった様子で、アイゼンは相変わらず何を思っているのかわからない顔つきをしている。けれど、アイゼンに関しては前見た時と違って右目を隠すように包帯を巻き付けていた。それに何となく身体の動作に重みを感じる。
ミズキは見知った人物を見つけて咄嗟に隠れる。壁面に身体を寄せるようにして、チラとクリシュとアイゼンの様子を窺える場所に収まる。
「はい、問題ありません」
丁寧な口調で返すアイゼン。しかし、クリシュは舌打ちをして悪態をついていた。
「なぁんで、君だけが戻ってるのかな?」
「……なんでと言われましてもそういう結果になったと言う他ありませんが。それに戻ったの私だけでなくメイヘン様もですが」
「主人が昏睡なのを戻ったと君は言うのか」
「最悪ではないでしょう?」
「てめぇ!」
急にクリシュは怒気を強めてアイゼンの胸ぐらを掴む。それでもアイゼンの表情は変わらない。むしろその眼差しは冷ややかだ。
「皇女に出し抜かれたのはあなたでしょ」
「てめぇは皇女とメイヘンがナルミナ小国を抜けて東の大陸に逃げる計画を知って黙ってた!?」
「そんなの言うまでもありませんよ。メイヘン様の命令ですから」
「命令だったらなんでも言うこと聞くのかぁ? あぁ?!」
クリシュのでかい体躯から放たれる威圧。近くにいるミズキですら身震いしてしまう。そんな彼女を前にしてアイゼンはなおも冷静だ。
「……ええ、だって私メイヘン様のこと愛していますから」
その言葉を発するアイゼンの頬がほのかに赤く染まった気がした。瞳の色も温かみが宿ったみたいになっている。
「メイヘンは皇女と付き合っているだろう」
そこでクリシュの手が緩む。
「それが何か? 私はメイヘン様を愛しているから彼女からの近侍の話をお受けしたのですよ」
「ちっ」
舌打ちしてクリシュはアイゼンから手を離す。この人には何を言っても無駄だと言わんばかりの諦めた様子だ。
「もういいのですか?」
「もう行け、君の好きな主人の介抱にでも行くといい」
「ええ、ではそうさせてもらいます」
アイゼンの目元がにっこり笑った気がした。声色も少し跳ねている。そこから立ち去ろうとするアイゼンに再びクリシュから声がかかる。
「最後に、君じゃ呪術師に対抗できなかったのか?」
その言葉にアイゼンはピタリと足を止める。
「……無理ですよ。だって、相手は妖精の魔女ーーティターニアですから」
その声音には弱々しさが隠れていた。
「私たちがナルミナ小国の港に着く頃にはすで彼女の場所だったのですから」
そういってアイゼンは振り向きもせずに去っていった。それを見送るクリシュは悔やんだように顔を背けていた。そして、王宮の方は入って行った。
二人がいなくなってミズキは顔を出す。
(王都で何が起きていたんだろ……、魔女が出たらしいけど……、ますますわからない)
魔女は呪術師の中でも上位の存在の相性だ。そんなものが現れたということだが、それにしては王都内は平和に見える。
目的は果たされた? そう思った。
その目的、王都の静けさの代償がリリィではないかと思った。だとしたら、またミズキの中で疑問が生じる。なんでリリィを、と。
胸中がずきっと音を立てていた。




