第七話 紋章と儀式
広間には、期待に弾む声が満ちていた。
リナとルートは、さっき見つけた二人について話している。
僕はその隣で、周囲へ目を向けた。
尖った耳が、あちこちに見える。
エルフの大陸の儀式なのだから、エルフ族が多いのは当然だった。
こちらへ向けられる視線もあった。
僕の顔や、リナの黒い翼を見ていた者たちが、隣にいるルートへも目を向ける。
彼を一瞥すると、別の方へ視線を移していった。
そのうちの二人へ目を向けると、視線が合った。
一人がすぐに顔を背け、もう一人の耳元へ口を寄せる。
僕はそちらを見続けず、広間へ目を戻した。
少し離れたところには、人族の少年や、獣人族の少女もいた。
その近くを通った者が振り返り、連れと何かを囁いている。
僕たちだけではないらしい。
「でも、あんなに人に囲まれたら、私、何話せばいいかわかんないよ~」
「リナなら、すぐ仲良くなりそうですけどね」
二人の会話は途切れない。
周りの視線には、気づいていないようだった。
わざわざ教えることでもない。
僕は神殿の奥へ目を向けた。
今日の紋章儀式は、メモリアにもある。
だが、覚えている通りに起きるとは限らない。
メモリアでは、アルスは死んでいた。
僕は、その記憶を使って助けた。
あそこで変わったのが、アルスの運命だけとは限らない。
今日ここで起きることにも、何か違いがあるかもしれない。
人だかりの向こうで、セドリックが誰かと話している。
柱の近くには、リゼットがいた。
誰が、どんな紋章を発現させるのか。
メモリアの通りなのか、それとも。
「レイくん~、私たち、どっち~?」
リナの声に、視線を戻した。
壁際の案内板へ目を向ける。
儀式場は、参加者の住む都市ごとに分かれていた。
アバンダの名を見つけ、示された通路を指さす。
「あっちだよ。行こう」
*
二人と並び、広間の端へ向かった。
通路の入口には、アバンダの名が掲げられている。
そこへ向かおうとしたとき、背後から声がした。
「おいおい。ここはエルフの大陸だぞ。紛い物まで紛れ込んでるのか」
リナの足が止まった。
振り返ると、数人の少年を従えたエルフが立っていた。
その半歩後ろには、こちらを静かに見ている少年がもう一人いる。
先頭の少年の目は、リナの黒い翼へ向けられていた。
「……それ、私に言ってるの?」
「ほかに誰がいる?」
少年は口の端を上げた。
「エルフの神殿へ来て、何を授かるつもりなんだ?」
「私だって、ちゃんと参加しに来たんだけど!」
リナが一歩、前へ出た。
いつもの間延びした声ではなかった。
「リナ、落ち着いて」
ルートが、その腕へ手を添える。
少年の後ろで、一人が笑った。
「カール様の言う通り。翼まで黒いなんて、不吉じゃないか」
「人族も一緒だ。連れて歩く相手くらい、選べばいいのに」
もう一人が、ルートを見て言った。
リナの腕に添えていた手が離れた。
「……取り消してください」
ルートが二人を見据える。
「二人は僕の親友です。種族が違うからって、そんな言い方をされる理由はありません」
「そうだよ! あんたたちに何の関係が――」
「黙れ」
カールと呼ばれた少年が、声を落とした。
取り巻きの笑いが止まる。
リナも言葉を切ったが、カールが向き直ったのは後ろの二人だった。
「誰が、お前たちに口を挟めと言った?」
「い、いえ。カール様、僕たちは……」
「僕に同調していれば、同じ立場で口を利けるとでも思ったか」
少年の顔が強張った。
「出過ぎた真似をするな。お前たちには、ふさわしくない」
「……申し訳ありません」
二人が頭を下げる。
ルートは口を閉じ、リナの隣へ戻った。
だが、リナはカールを睨んだままだった。
「自分だって、同じこと言ってたじゃん!」
カールは答えず、顎をわずかに上げた。
リナからルートへ視線を移し、最後にレイを見た。
目が合った瞬間、口元に残っていた笑みが、ほんのわずかに強張った。
僕はリナの肩を軽く叩いた。
「リナ、そろそろ行くよ」
「でも、レイくん……!」
「ルートも。こんなことで熱くなるなんて、らしくないよ」
ルートが僕を見た。
一度息を吐き、頷く。
「……そうですね。らしくありませんでした。リナ、行きましょう」
「……わかった」
リナはもう一度、カールを睨んだ。
「ふんっ」
顔を背け、入口へ向き直る。
足音を少し強く響かせながら、先に歩き出した。
ルートがその隣へ並ぶ。
僕も、二人についていった。
*
カール・ブラッドは、遠ざかる三人の背中を見ていた。
ブラッド家こそが、エルフの大陸で誰よりも上に立つ。
幼い頃から、そう教えられてきた。
エルフであろうと、他種族であろうと関係ない。
この大陸にいる以上、自分こそが絶対的な上位者なのだ。
だが、自分に従う者まで、同じ立場で振る舞うことを許した覚えはない。
先ほどの二人は、それを履き違えていた。
カールは、その二人には目も向けず、半歩後ろに控える側近へ尋ねた。
「…………おい。あの人族は誰だ」
側近は三人へ目を向け、すぐに声を落とした。
「名は『レイ』。アバンダからの参加者です。あの三人で行動することが多く、全員孤児だと報告を受けています」
「……アバンダか」
都市の名は知っている。
だが、事前に目を通した警戒すべき参加者の一覧に、その名はなかった。
(しかも、孤児だと?)
カールは、もう一度レイを見た。
先ほど、目が合った瞬間。
自分に向けられた瞳に、思わず言葉が止まりかけた。
睨まれたわけではない。
ただ、見られただけだ。
それなのに。
眉間に皺が寄った。
レイは、先を歩く二人についていく。
もう、こちらを振り返ることもなかった。
(あんな人族に、僕が気圧されたとでもいうのか)
三人の姿が、入口の向こうへ消えた。
「……大した人物ではないな」
口にして、視線を切った。
(今日は、僕が偉大な道を歩み始める日だ。あんな奴に構っている暇はない)
「行くぞ」
側近が頷く。
カールは少年たちを従え、自分たちの儀式場へ歩き出した。
*
儀式場へ続く通路に入っても、リナの足音は強いままだった。
「なんなの、あれ! 本当にむかつくんだけど!」
振り向いたリナが、僕たちを見る。
唇を尖らせ、眉を吊り上げていた。
「……そうですね。僕も、あの言い方は許せません」
ルートは、さっきより落ち着いた声で答えた。
「彼はカール・ブラッド。ブラッド家の嫡流で、継承権は第二位です」
「だからって、あんなこと言っていいわけないじゃん!」
「ええ。どんな家の出身でも、あの言い方は許されません」
リナは頷いたが、すぐに唇を尖らせた。
「あ~もう! イライラする~!」
その場で足を踏み鳴らす。
僕はリナに声をかけた。
「リナ、今は放っておこう。二年後、学園で仕返ししてやればいいよ」
「でも、レイくん。あいつが学園に来るなんて、わからないよ?」
「いいや、彼は来ると思うよ。絶対に」
リナが僕の顔を見た。
「ふ~ん……そっか。なら、そのときはボコボコにしてやる!」
拳を握り、胸の前へ構えた。
しゅっ、しゅっ、と口で音をつけながら、誰もいない方へ交互に突き出す。
僕はその姿を見て、微笑んだ。
リナは拳を下ろし、ふう、と息を吐く。
「……あんな奴のせいで、今日を台無しにしたくないしね!」
軽く首を振り、僕へ笑顔を向けた。
「ありがとね、レイくん」
それから、ルートにも目を向ける。
「二人とも、楽しみだね! 早く行こ~!」
僕たちの間へ入ると、僕とルートの腕をそれぞれ掴んだ。
「ほら、行こ行こ~!」
腕を引かれ、ルートと顔を見合わせた。
前を向くと、リナはもう僕たちを引っ張って歩き出していた。
*
リナに腕を引かれながら進むと、通路の先に広い部屋が見えてきた。
アバンダの参加者が集まる儀式場だった。
最初の広間に比べれば、人は少ない。
それでも、見たことのない少年・少女が大勢集まっていた。
その中には、食堂や街中で見かけた顔もちらほらある。
エルフ族に交じり、人族や獣人族の姿も目についた。
アバンダは、ほかの都市に比べて、エルフ族以外の種族も多く暮らしている都市だ。
ここに集まった顔ぶれにも、それが表れていた。
リナが僕たちの腕を離し、辺りを見渡す。
「あっ、あの子、食堂に来たことあるよね~」
「ええ。ご家族と一緒に来ていましたね」
二人の視線の先を確かめてから、奥へ目を向けた。
三つの扉が並んでいた。
それぞれに番号が振られ、その上には水晶が取りつけられている。
扉の前には、エルフ族の女性が一人立っていた。
目の前に浮かぶ画面には、参加者の名前がずらりと並んでいる。
その頭上にも、大きな画面が浮かんでいた。
儀式場のどこからでも見える文字で、名前と順番が表示されている。
見上げている間に、一覧の最後へ新たな名前が加わった。
入口を振り返ると、ちょうど一人の少年が入ってくるところだった。
神殿は、エルフの大陸に住む、十歳を迎えた少年・少女を事前に把握している。
その名前が、ここへ来た順に画面へ並んでいくようだった。
僕たちの名前は、かなり後ろの方にあった。
「もう~! あれがなかったら、もっと早くできたのに~!」
画面を見上げたリナが、唇を尖らせる。
「まあまあ、リナ。先でも後でも結果は変わりませんから、気長に待ちましょう」
ルートがなだめると、リナは小さく息を吐いた。
「……わかってるけど~」
そのとき、扉の前の女性が顔を上げた。
『皆さん、ようこそいらっしゃいました。こちらは、アバンダからお越しの方を対象とした紋章儀式の会場です』
話し声が静まり、周囲の顔が女性へ向いた。
僕たちも、その説明に耳を傾ける。
『奥にある三つの扉が、それぞれ儀式を行う部屋の入口です。扉の上にある水晶をご覧ください』
女性が手を差し向けた。
『赤く光っている間は儀式中、青く光っている間は空室です。ただし、青くなっても、ご自分で入室しないようお願いいたします』
扉の上へ目を向ける。
水晶は、三つとも青く光っていた。
『皆さんのお名前は、こちらの会場へ入られた順に、頭上の画面へ表示されています。その順番にお呼びしますので、ご自分の名前が呼ばれるまで、この場でお待ちください』
女性は頭上の画面を示してから、三つの扉へ手を向けた。
『お名前を呼ばれた方は、私がお伝えする番号の扉へお進みください。それでは、順番にご案内いたします』
*
案内の女性が、最初の名前を呼んだ。
前の方にいた少年が手を上げ、指定された扉へ向かう。
中へ入って扉が閉まると、その上の水晶が青から赤へ変わった。
続けて、二人の名前が呼ばれる。
三つの水晶が、すべて赤く灯った。
しばらくして、一つが青へ戻った。
扉が開き、先ほどの少年が出てくる。
待っていた友人に駆け寄ると、顔を輝かせて襟元を引き下げた。
「出た……! 本当に出た!」
首の後ろを覗き込んだ友人たちからも、歓声が上がる。
別の扉から出てきた少女は、俯いたままだった。
声をかけられても、小さく首を振るだけで、その場を離れていく。
リナはその姿を目で追い、自分の首の後ろへ手を当てた。
女性は退出した者を確かめると、次の名前を呼んだ。
空いた部屋へ、一人ずつ案内していく。
喜んで友人と見せ合う者。
何度も首の後ろへ触れ、確かめようとする者。
誰とも目を合わせず、足早に歩いていく者。
扉が開くたびに、待っている少年・少女の視線がそちらへ集まった。
『レオ・ウォレスさん。一番の扉へお進みください』
その名が呼ばれると、周囲がどよめいた。
「ウォレス家のレオだ……」
「セドリックと決勝で戦った?」
囁きが広がり、いくつもの顔が同じ方を向く。
僕は、そちらへちらりと視線だけを向けた。
大剣を背負った、エルフ族の少年がいた。
周囲の視線を受けながら、一番の扉へ歩いていく。
レオ・ウォレス。
アバンダを治めるウォレス家の三男だ。
代々、名高い騎士を輩出してきた一族であり、レオ自身も、この前の剣術大会で準優勝している。
優勝したのは、先ほど広間にいたセドリック・ファブリス。
二人が争った決勝は、年代別の各部門を通しても、一、二を争う盛り上がりを見せた試合として知られていた。
レオの実力は、兄弟の中でも一番ではないかと噂されるほどだった。
レオが扉の向こうへ消えても、周囲のざわめきは収まらなかった。
『ザイラさん。二番の扉へお進みください』
続けて呼ばれた名に、また視線が集まる。
「レオ・ウォレスの側近のザイラだ……」
エルフ族の少女が、二番の扉へ歩いていく。
ザイラ。
ウォレス家に仕える家系の出身で、レオの側近として知られる少女だ。
大会など、公の場で実力を示した記録はない。
だが、試合に負けた腹いせにレオを襲おうとした者たちを、彼女が一瞬で叩きのめしたという噂があった。
三番の扉が開き、中にいた少女が出てきた。
案内の女性が次の名前を呼ぶと、近くにいた少年が返事をして、その部屋へ入っていく。
扉が閉まり、三つの水晶がすべて赤く灯った。
頭上の画面へ目を向けた。
次に呼ばれるのは、リナ。そのあとに、ルートと僕の名前が並んでいる。
「うぅ~……なんか、自分の番が近づいてくると緊張してきた~」
リナが胸の前で両手を握った。
「らしくないですね、リナ。もっとわくわくしているかと思っていましたよ」
「だって~。紋章が出ない子を目の前で見たら、私もそうかもって思っちゃって~……」
リナが僕とルートを見た。
その目が、少し潤んでいる。
僕はリナの頭へ手を置き、そっと撫でた。
「大丈夫だよ、リナ。リナなら、いい紋章を授かるよ」
「そうですよ。いつもみたいに、自信を持ってください」
ルートも頷いた。
「レイくん、ルートくん……」
リナは僕たちを交互に見てから、顔を上げた。
「そうだよね! 私なら、いい紋章が出るよね!」
握っていた手をほどき、にこっと笑う。
そこには、いつもの元気な笑顔のリナが戻っていた。
そして、ついに僕たちの番が回ってきた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。Ruruです。
まず、これまでの各話を少しずつ修正しました。主な変更は、大陸名と都市名の追加です。覚える名前をさらに増やしてしまい、申し訳ございません。
さて、第七話はいかがでしたでしょうか。
この物語、固有名詞がどんどん増えていきます。ぜひ頑張って覚えていただけると嬉しいです。
どうしても設定を盛り盛りに考えてしまい、考えたものには愛着が湧いて、なかなか削れないのが悩みです。この悩みを解決してくださる方、募集中です。
今回は、エルフの大陸で暮らす、ほかの種族へ向けられる視線も描きました。アバンダでは様々な種族が暮らしていますが、場所が変われば、同じように受け入れられるとは限りません。
そんな中で登場した、カール・ブラッド。
彼の場合は、種族だけで相手を見下しているというより、「自分こそが上に立つ存在だ」という考えが強い人物です。だから、自分に従う者が同じ立場で口を挟むことも許しません。
あの態度のあとに、レイの目を見て少し動揺しているところ。なんだか可愛くないですか?
書いている自分としては、ああいうところにも愛着が湧いてしまいます。
そして、レイの実力を少しだけ感じさせる場面もありました。カールが感じたものは何だったのか。今後のレイにも注目していただけたら嬉しいです。
次回は、いよいよ三人の紋章について明らかになります。
リナには、ちゃんと紋章が発現するのか。ルートは、望んでいた精律紋を授かることができるのか。そして、レイは。
第八話も、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




