第八話 儀式と争闘
一番の扉の上で、水晶が青く変わった。
扉が開くと、レオ・ウォレスが姿を見せた。
周囲の話し声が小さくなり、彼へ視線が集まる。
レオは誰とも言葉を交わさず、そのまま出口へ向かった。
続いて、二番の水晶も青へ変わる。
出てきたザイラはレオの姿を見つけると、その後を追い、少し後ろへついた。
二人の襟元からは、首の後ろの模様までは見えなかった。
近くにいた少年たちも声をかけそびれたまま、その背中を見送っている。
「ねえ、レオくんたち、どんな紋章が出たんだろ~?」
リナが、遠ざかる二人を目で追った。
「気になりますね。二人とも、何も話していませんし」
ルートも出口の方を見ていた。
『リナさん。一番の扉へお進みください』
呼ばれた瞬間、リナの肩が跳ねた。
「は、はぁ~い!」
返事をしてから、僕たちへ振り向く。
「じゃあ、行ってくるね~!」
「うん。いってらっしゃい」
「慌てて転ばないでくださいね」
「転ばないよ~!」
リナは言い返し、一番の扉へ向かった。
扉の前で一度立ち止まり、大きく息を吸う。
それから中へ入り、扉を閉めた。
頭上の水晶が、赤く灯る。
『ルートさん。二番の扉へお進みください』
「はい」
ルートが背筋を伸ばした。
「では、僕も行ってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
頷いたルートが、二番の扉へ歩いていく。
扉が閉まり、そちらの水晶も赤へ変わった。
三番の扉が開き、中から少年が出てきた。
案内の女性が退出を確かめ、目の前の画面へ指を滑らせる。
『レイさん。三番の扉へお進みください』
僕は顔を上げた。
「はい」
三番の扉へ向かい、取っ手に手を掛けた。
*
扉を開け、中へ足を踏み入れた。
背後で扉を閉めると、外の話し声が遠のいた。
室内へ目を向けながら、メモリアの中で見た光景と照らし合わせる。
今のところ、覚えているものと違いはなかった。
レオとザイラも、同じだった。
二人が儀式を終えて出てきたとき、僕はその紋章を確かめていた。
ほかの者には見えていなかった、首の後ろの模様を。
レオは、守護紋。
ザイラは、精律紋。
どちらも、メモリアの通りだった。
僕は、首の後ろへ手を当てた。
メモリアの中では、僕には何も発現しなかった。
今回は、どうだろう。
願わくば、あれが。
そこまで考えて、手を下ろした。
……あり得ないか。
高望みはやめよう。何か発現してくれれば、それでいい。
何も発現しなかったとしても、僕の憎悪が消えるわけじゃない。
方法なら、いくらでもある。
部屋の奥には、儀式を執り行う神官が待っていた。
僕はその前へ進んだ。
そして、紋章儀式が始まった。
*
三番の扉を開けると、少し離れたところにリナとルートがいた。
こちらに気づいたリナが、大きく手を振る。
「レイくん~、こっちだよ~!」
二人のもとへ向かうと、ルートが僕の後ろの扉へ目を向けた。
「レイ、遅かったですね。何かあったんですか?」
僕よりあとに呼ばれた者も、既に何人か出てきていた。
二人を、随分待たせてしまったらしい。
「ううん、何もなかったよ。ただ、ゆっくりしてただけだよ」
リナが目をぱちぱちさせた。
「そうなんだ~! それで、レイくんは何か紋章出た~?」
答える前に、リナが自分の首の後ろへ手を回す。
「私とルートくんは、先に二人で確認したんだけどね~。私は、創成紋だったよ~!」
くるりと背を向け、髪を持ち上げた。
襟元を少し下げると、首の後ろの付け根に模様が見えた。
「うん、いいんじゃない。リナに合っていると思うよ」
リナが肩越しに振り返った。
「えへへ~! うん! 私も、創成紋でよかった~って思ってる!」
髪から手を離し、満面の笑みでこちらへ向き直る。
「こほん……僕も、紋章が出ました」
ルートが咳払いをして、一歩前へ出た。
「見てもらえますか?」
「うん」
背を向けたルートが、髪を避け、襟元を下げる。
そこには、精律紋の模様があった。
「念願の精律紋でした! 本当に嬉しいです!」
振り返ったルートの声が弾んでいた。
口元も緩んだままで、喜びを隠しきれていない。
「よかったね、ルート。ずっと、それが欲しいって言ってたからね。おめでとう」
僕が拍手を送ると、ルートは嬉しそうに頷いた。
「はい。ありがとうございます」
その隣から、リナが僕の顔を覗き込む。
「で、レイくんは~? 何か紋章出た~?」
「ああ、出たよ。僕は……」
首の後ろへ手を当てた。
少しの間、そのままでいてから、二人へ背を向ける。
襟元を下げ、当てていた手をゆっくりと滑らせて離した。
「癒生紋が出たよ」
二人が、僕の首の後ろを覗き込んだ。
「お~! よかったね~! 優しいレイくんに合ってると思うよ~!」
振り返ると、リナが笑顔で僕を見ていた。
「癒生紋でしたか。レイにぴったりですね」
ルートも微笑み、拍手を送ってくれる。
「おめでとうございます」
「……うん。ありがとう」
僕は二人へ、微笑みを返した。
*
あれから、リナが最後まで見ていきたいと言うので、僕とルートも儀式場に残った。
名前が呼ばれるたびに、リナはそちらへ顔を向けていた。
扉から出てきた者が笑っていると、隣のルートへ嬉しそうに話しかける。
やがて、最後の一人が儀式を終えた。
案内の女性が目の前の画面を操作すると、頭上の大きな画面も切り替わった。
アバンダの参加者 ―― 百人。
紋章の発現者 ―― 十五人。
『以上をもちまして、アバンダの皆さんの紋章儀式は、すべて終了いたしました。お帰りの際は、お忘れ物のないようお気をつけください』
女性が一礼すると、残っていた少年・少女が出口へ向かい始めた。
「うわ~……やっぱり、紋章が出た人って、すっごく少ないんだね~」
リナが画面を見上げたまま言った。
「そうですね。必ず全員に発現するものではありませんからね」
ルートも、表示された人数を見つめていた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。メイラさんも待ってるだろうし」
二人へ声をかけると、リナがぱっとこちらを向いた。
「うん! 早くメイラさんに報告したいな~!」
「きっと、喜んでくれますね」
出口へ向かうリナに、ルートが並ぶ。
僕も、少し遅れて歩き出した。
背後から、視線を感じた。
案内をしていた女性が、僕を見ている。
僕は振り返らず、二人の後を追った。
*
最初の広間まで戻ると、一角に人だかりができていた。
「なんだろ~、あれ。何かあるのかな~?」
リナが額に手をかざし、顔を左右へ動かした。
野次馬の隙間から、奥を覗こうとしている。
「何でしょう。近くへ行ってみますか?」
「行く~!」
リナが早足で近づいていく。
僕もルートと並び、その後を追った。
「ん~……見えない~」
追いつくと、リナは人だかりの後ろで背伸びをしていた。
それでも見えないのか、今度はぴょんぴょんと跳ね始める。
ルートは近くにいたエルフ族の少年へ声をかけた。
「すみません。何かあったんですか?」
「ああ、この先で喧嘩が起こってるんだ」
「喧嘩!?」
リナが跳ねるのをやめ、少年を見た。
「しかも、二人とも紋章持ちなんだってよ」
「二人とも、ですか……!?」
ルートが人だかりへ顔を向けた。
紋章儀式のあとに揉め事が起きるのは、珍しくない。
紋章を手に入れた途端、自分が誰よりも強くなったように思ってしまう者もいる。
発現しなかった相手なら、力の差を感じて引き下がることが多い。
だが、相手も同じように力を手にしていたら。
どちらも自分が上だと思っているから、引こうとしない。
言い合いが、そのまま殴り合いになることもある。
僕は、人だかりの奥へ目を向けた。
*
リナが、野次馬の隙間へ身体を滑り込ませた。
「ごめん~、ちょっと通して~」
肩をすぼめ、横向きになって前へ進んでいく。
「リナ、待ってください」
ルートも、その後を追った。
僕は二人についていかず、人だかりの後ろに残った。
「ん~、しょ……っ」
リナが最後の一人の脇を抜けた。
「ふ~、やっと出れた~」
顔を上げたところで、その動きが止まる。
「……あっ! あいつ!」
野次馬の肩越しに、僕もそちらを見た。
カール・ブラッドが、腕を組んで立っていた。
その前にいる少年にも、見覚えがある。さっき、カールの後ろで僕たちを笑っていた一人だ。
「さっきから黙ってんじゃねえよ!」
少年が、カールを睨みつけた。
「いつもいつも偉そうにしやがって。俺たちにあんな言い方して、何様のつもりだよ!」
カールは黙ったままだった。
腕を組み、涼しい顔で聞いている。
「家がすごいからって、何でも言っていいと思ってんのか?」
少年が一歩、詰め寄った。
カールは、その場から動かない。
「俺だって、紋章持ちになったんだぞ。もう、お前の言いなりにはならねえからな!」
カールは、表情一つ変えなかった。
少年の言葉が止まる。
その顔を睨み、奥歯を噛みしめた。
「……なんだよ、その顔」
握った拳に、赤い光が滲んだ。
腕を伝い、肩へ、胸へ。炎のように揺らめく光が、少年の身体を包んでいく。
剛威紋だ。
「おい、下がれ……!」
輪の前にいた誰かが、隣の肩を引いた。
野次馬が一斉に後ずさり、追いついたルートもリナの腕を引く。
「わっ……!」
二人が下がった。
開いた隙間から、カールたちの足元まで見える。
カールは、まだ腕を組んでいた。
紋章を発動させる気配もない。
「まだ余裕ぶってんのかよ……!」
少年が片足を引き、拳を握り直した。
「いつまでも、見下してんじゃねえぞ!」
床を蹴った。
一気に踏み込み、カールの脇腹へ拳を振るう。
カールが片足をずらし、身体を捻った。
拳が脇を抜ける。
空振りした少年の上体が、勢いのまま前へ流れた。
カールは軸足を踏みしめ、突っ込んできた少年の顔へ膝を突き上げた。
鈍い音が響く。
少年の頭が上へ弾かれ、身体ごと後ろへ吹き飛んだ。
背中から床へ叩きつけられる。
「がっ……!」
仰向けに倒れた少年が、両手で顔を覆った。
膝を曲げ、踵で床を擦る。
赤い光は、もう消えていた。
周囲が静まり返る。
カールは足を下ろした。
腕をほどいて服の脇を軽く払うと、倒れた少年へ歩いていく。
「ぅ……っ」
少年が肘をつき、上体を起こしかけた。
その肩へ、カールの靴底が乗った。
「ぐっ……!」
肩を踏み下ろされ、背中が再び床についた。
少年は仰向けのまま靴を掴もうとしたが、カールが足に体重をかけると、顔を歪めて手を止めた。
鼻から流れた血が、頬へ伝っている。
カールは、表情一つ変えずに見下ろしていた。
「……家がすごいから、だったか?」
少年の唇が震えた。
「勘違いするな」
一拍置き、カールが言葉を継ぐ。
「家は関係ない。凄いのは――この僕だ!」
少年が口を開く。
だが、苦しげな息しか出てこなかった。
「紋章を得た程度で、僕に勝てるとでも思ったのか」
カールが、わずかに顎を上げる。
「この大陸で、誰よりも上に立つのは、この僕だ。その頭に刻み込んでおけ」
肩から足を離した。
少年が息を吐き、再び肘をついて身体を起こそうとする。
その顔へ、カールの靴先が振り抜かれた。
鈍い音とともに、頭が横へ弾かれる。
身体ごと倒れ、肩、背中と床に打ちつけながら転がっていった。
「うわっ!」
近くの野次馬たちが、慌てて飛び退く。
少年は輪の端で、横向きに止まった。
起き上がろうとする動きは、もうなかった。
気を失っていた。
カールは足を下ろすと、少年に背を向け、そのまま出口へ歩き出した。
行く手にいた野次馬たちが、脇へ避ける。
開いた道を、カールは振り返りもせずに進んでいった。
カールに付き従っていた少年たちも、慌ててその後を追った。
「通してください!」
野次馬の向こうから声がした。
神官が野次馬をかき分け、倒れた少年のそばへ膝をつく。
リナは、カールが去った方を見ていた。
それから、少年へ目を戻す。
「……あそこまで、しなくてもいいじゃん」
ルートは答えず、少年を見ていた。
神官が声をかけ、反応を確かめている。
「……戻りましょう、リナ。レイが待ってます」
「……うん、わかった」
ルートが向きを変え、野次馬の間を抜けて僕の方へ戻ってきた。
リナも歩きかけたが、一度、倒れた少年を振り返った。
それから前を向き、ルートの後を追った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。Ruruです。
今回は、三人それぞれの紋章が明らかになりました。
リナは創成紋。なぜ彼女がこの紋章なのかは、これからのリナにも注目していただけたら嬉しいです。
ルートは、念願の精律紋でした。普段はしっかり者の彼が、素直に喜んでいるところ。書いている自分も、よかったね、という気持ちになりました。
そして、レイ。儀式に時間がかかっていたり、首の後ろへ手を当てていたりと、少し気になる行動がありましたね。この辺りも、覚えておいていただけると嬉しいです。
自分は、登場人物たちが実際にその世界で生きていて、その姿を目の前で見ているように感じてもらえる文章を目指しています。
そのため、台詞や心情は何度も書き直しています。この子なら、ここで何と言うだろう。こんな出来事を目にしたら、すぐに言葉が出るだろうか。考えては直して、また読み返して……なかなか終わりません。
そんな中、今回もカールが登場しました。
自分が上に立つことを、少しも疑っていない。あの性格には、書いていても不思議な魅力を感じます。ただ、彼についていく者が、全員その考えに共感しているわけではありません。今回の喧嘩では、そんな部分も描きたいと思っていました。
次回は、帰る前に少し寄り道をして、世界樹のある都市を観光します。
せっかく来たのだから、ゆっくり楽しんでほしいところですが……そこでも様々な出来事に巻き込まれるレイたちを、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




