嘉一、落下する
山道を歩いている嘉一の少し先を、ゼノが歩いている。
嘉一には目くらましの魔法が掛けられていて、他の人間からは別の人間に見える状態だ。
「まだ、上?」
道の上の方を見ながら、嘉一はゼノに聞いた。
「まだまだ、上。この先の洞窟に凶悪な魔物が居るらしい」
「凶悪かぁ。俺、死に掛けるかなぁ」
「是非そうなってほしいな。死に掛けた、お前を放置して、魔物を倒した後、俺は立ち去るから」
「嫌われ過ぎだろ、おれ……。ねぇ、ゼノ」
「何だよ、ゴミクズ」
「昨日は名前呼んでくれたのに悪化した……。後悔しなかった? ユィンと会えなくなって」
「くだらない事、聞くんだな」
嘉一が、「ユィンの事は嫌いじゃなかったのかなって……」と、少し俯いた。
「ラジアンに居ても、ユィンは幸せになれない。死にたがってたユィンが興味を持ったのが、お前として生きる事だ。あいつが前向きに生きる事に手を貸しただけなのに、なぜ後悔する必要が有る?」
「ユィンは今、幸せなんだよね? ゼノは、俺が居た世界の様子、見れるんだろ?」
「ああ。幸せみたいだよ。姉が三人も居るのには、戸惑ってるみたいだけど」
「……こっちに帰りたがってたりしない?」
「それは無いんじゃない?」
淡々と返される言葉に、嘉一が「ゼノの名前、呼んでたりとか」と聞く。
「たまに有るけど『ありがとう』としか、ユィンは言わないよ」
「……そっか」
「昨日の夜は泣いてた。『こんなに幸せでいいのかな』って。ユィンが帰りたがってるなんて有り得ないね」
また、行き先に視線を戻して、嘉一はゼノに質問した。
「毎晩、ユィンの様子、見てるの?」
「毎晩じゃないよ。あいつの声が聴こえた時だけ」
「ゼノはユィンの声、聴こえるの?」
「俺には死に掛けてる奴の声が聴こえるからな。ユィンの心が元気になれば、きっと聴こえなくなるよ。――着いたぞ。ほら、洞窟」
ゼノが、顎で前方を示す。
「思ってたより近かった」
嘉一が、前方に見える洞窟を見て、「え? ここ入るの?」と、唖然とする。
洞窟は、鍾乳石が多く下がっており、「……本当に、ここ?」と、嘉一は戸惑った。
「多分」
「何か入りたくないなー……。真っ暗だし」
ゼノが空中に松明を呼び出し、「ほら」と嘉一に渡す。
受け取った嘉一は「炎? じゃあ、俺が呼び出しても良かったんじゃ……」と口にする。
「要らないなら消そうか?」
松明を嘉一から、自分の方に近づけたゼノに、嘉一は急いで、「いや、助かる。ありがとう」と礼を言った。
◇◇◇
奥に進んだ嘉一が「魔物の巣窟……?」とゼノを見る。
「おかしいな……」
「うじゃうじゃ魔物、居るんじゃないの? また奥に狼男でも居るのかなぁ」
「もう狼男は、出て来なくていいよ……」
一瞬で、疲れた表情を見せたゼノに、嘉一が「子供の狼女さんが持って来た薬、本当に不味かったの?」と疑問をぶつけた。
「あんまり」
「じゃあ、なんで不味いって言ったの……」
「ルサナの作る飯の方が不味い」
「どっちも不味いって事?」
「ああ。ルサナが初めて作ってくれた、おにぎりに比べればマシ」
嘉一が「ちなみに、どんな風に不味いの……?」と聞くと、ゼノの目が遠いものになった。
「出来合いの牡丹餅の中に、昆布と梅干と、マヨネーズで和えたツナが突っ込まれてる。気合で完食した」
「……ゼノはルサナには優しいね……」
「ルサナは、あいつが生まれる前に亡くなった親父さんに似て、四歳まで病弱だったからな。死に掛けた事が有るから、死にたいって言う奴が嫌いなんだ。言葉喋る前から面倒見てれば情も湧く」
その発言に、嘉一は「俺もガキだったら、ゼノに優しくして貰えたのかなぁ」と本音を、こぼした。
「ガキの面倒は、もう見たくない。『美味しい物を合わせれば、もっと美味しくなると思って』って、ことごとく最悪な組み合わせで食べ物作るんだそ? おかげで不味いものに慣れたけど」
「……料理、覚えようかな……」
「自分で作れる」
「おれ、何したらいいの……」
「さっさと死に掛けろ」
ゼノの容赦ない返事に、嘉一は「強い魔物さん出て来て……」と言うのが精一杯だった。
「花錬族より強い魔物ねぇ……」
「居る?」
「魔王ぐらいじゃない?」
「魔王って、他にも居るの?」
「その辺に、そこそこ居るよ」
「古代神殿だけじゃないんだ……」
「ここには居ないけど」
「そうなの!?」
「仮に魔物が出て来ても、お前、余裕で倒せるよ」
嘉一が「じゃあ、違う所、行こうよ……」と、足元に視線を落とした。
「俺も、その方がいいんだけど……。魔物なら、何でもいいのかなって……」
「死に掛ける方がいい」
「じゃあ、引き返す?」
「魔王にズタボロにやられたら、おれの事、好きに……」
「多分ならないよ」
ゼノの言葉にショックを受けた嘉一が、ふらふらと歩いて、壁に手をついた直後、壁が倒れて、大きな穴が現れ、嘉一は、そのまま穴に落下して行った。
地面に、しりもちをつくように嘉一は落ちる。
頭を上げて、見た前方には、円陣を組むように、地面に座り込んだ盗賊が沢山居た。
思わず、嘉一は「……嘘だろ……」と呆然とする。




