秒読み
「嘉一、開けていい?」
三嘉に聞かれて、嘉一は「いいよ」と返事をした。
嘉一の自室のドアノブを回し、室内に入って来た三嘉は、机の椅子に座ったまま、スマホを見ている嘉一に目を向ける。
嘉一は高校生で、薄い茶色の髪と、黒い目をしている。
三嘉の後ろから、嘉一の部屋に初嘉と次嘉が入り、次嘉が「また、小説、読んでたの?」と聞いた。
「うん、まぁ……」
その答えに笑って、初嘉が、「嘉一は本当に本が好きね」と、部屋を見回す。
視線の先には、いくつかの本棚が有り、その中身は、小説が六割、漫画が四割といった所だ。
「姉さん達、何か用?」
自分と二歳、四歳、六歳と歳の離れた彼女達に、尋ねた嘉一は、スマホから目を離した。
嘉一自身は十六歳で、姉達の名前は、生まれた順に、初嘉、次嘉、三嘉となっている。兄弟姉妹の名は、母方の祖父が付けたものだ。
「本棚、見ても大丈夫?」
三嘉は本棚の方に目を遣り、嘉一は「いいけど」と、視線を姉達に向けた。
初嘉が「何か、おすすめ、有ったりしない?」と嘉一に聞く。
「何? また、本、借りに来たの?」
嘉一に苦笑されて、次嘉が「何か読みたいけど、何が良いか分からないんだもの」と答える。
スマホを机に置き、イスから立ち上がって、「そんなの、いくつか見て、気になるの、読めばいいじゃん」と嘉一は言い、次嘉が「そうだけど」と初嘉と三嘉を見る。
本棚から適当に三冊、小説を引っ張り出した嘉一は、姉三人に、それぞれ、小説を手渡す。
「初嘉は、これ。次嘉は、こっち。三嘉は、この本。どう?」
姉達は、手渡された小説のあらすじを黙読して、「面白そう」と呟いた。
「良かった。じゃあ、もう、用事、無い?」
「そうだね。ありがとう」
部屋の出入り口に向かった姉三人の内、次嘉が嘉一を振り返る。
「嘉一は、何、読んでたの?」
「異世界に転生して魔導士になる高校生の話」
「面白い?」
「面白いよ。魔導士って、かっこよくない?」
嘉一に問われて、次嘉が「そうかな?」と、苦笑する。
初嘉が「嘉一は続き読みたいだろうから、部屋に帰ろうか」と促し、次嘉が「うん」と部屋を出て、嘉一に「じゃあね」と告げると、ドアを閉めた。
机の方に歩いて、そのまま座らずに、スマホを手にした嘉一は、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「いいな。おれも異世界に行ってみたいな。代わり映えしない毎日で、日々を食いつぶしてるだけなんて、生きてんのか死んでんのか分かんないし」
見ていた小説を読み終えた嘉一は「次は何を読もうかな」と瞼を閉じた。
「今度は漫画でも読むか」
スマホの画面に指で触れ、画面をスクロールした嘉一は、興味を持った漫画のサムネイルをタップする。
「良かった。面白そう」
嘉一はベッドの上で身を起こし、「寝ながら読むか。先に歯、磨いてこよう」と立ち上がる。
スマホをベッドに置いて、嘉一が部屋を出て行った。
◇◇◇
翌日、目が覚めた嘉一は、まず、スマホを枕元の充電器に繋いだ。
あくびをして、起き上がり、嘉一が「よく寝たなぁ」と口にして、窓のカーテンを開けた時、見えたのは普段から見ている日本の光景だった。
二階に有る嘉一の部屋からは、空が、よく見える。今日は雪が降ったようで、近所の家の屋根や、道の脇に雪が積もっていたりした。もう、雪を退けている所も有る。
「屋根の雪おろし、おれの仕事だろうな」
窓の外の景色を見ながら、嘉一は「正直、めんどくさいなぁ……」と、カーテンを閉める。
「仕方ないか……。うち、父さんと、おれしか男手が無いし、父さんは今日、どっか出るって言ってたし……おれしか屋根の上に登れそうな人、居ないもんなぁ」
独り言を言った後、嘉一が廊下に出ると、ちょうど廊下に居た初嘉が「おはよう。起きるの遅かったね」と嘉一に笑い掛けた。
「おはよう……そんなに遅かった?」
「もうすぐ十時だよ。また、遅くまで小説読んでたの?」
「昨日は漫画、読んでたけど……十時か……ちょっと寝すぎたなぁ」
「また、異世界に転生する話、読んでたの? もう高校生でしょ? そろそろ、現実、見たら?」
初嘉に苦笑されて、「昨日、読んだのは違う話だけど……。現実か……つまんないな……」と嘉一は頭を掻く。
一階に有る洗面台に向かおうと階段の方へ向かった嘉一に「たまには外でも見たら?」と初嘉が話し掛けた。
「雪景色も綺麗よ?」
「さっき見たよ。確かに、綺麗かもね」
「屋根の雪おろし、嘉一の仕事ね」
階段を下りながら「分かってるよ。起きるの遅くなって、ごめん」と嘉一は返す。
初嘉は自室に入ったようで、ドアが閉まる音が聞きながら、嘉一は「やっぱり、めんどくさいなぁ……」と、息を吐いた。




