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【勘違いコメディ】そのワン公、魔力ゼロにつき。  作者: 小春日和
第2章 ワン公、魔法を知る

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互いに想う

夜。


特別編入生専用区画。


レンとモズの部屋。


昼間の騒がしさが嘘のように、部屋の中は静かだった。


窓の外では、月詠魔法大学の校舎が淡い月明かりに照らされている。


遠くから聞こえる生徒たちの声も、今はもうほとんど届かない。


レンはベッドへ倒れ込んだ。


白いTシャツ。


グレーのスウェット。


完全に部屋着である。


「ふぅー……」


深く息を吐く。


そのまま、うつ伏せになった。


疲れた。


心の底からそう思った。


大蛇との戦い。


その後のペナルティ。


ここ数日、体力も精神も使い切るような出来事ばかりだった。


自室へ戻った途端、張り詰めていた糸がぷつりと切れた気がした。


アドレナリンが抜けたのだろう。


今になって、全身の痛みが一気に押し寄せてくる。


「いてぇ……」


肩。


腕。


背中。


足。


全部痛い。


レンはゆっくり寝返りを打つ。


仰向けになり、天井を見上げた。


体は鉛のように重い。


けれど。


心は不思議と軽かった。


思い出す。


入学したばかりの頃。


魔力が無い。


人間である。


その秘密を抱え、ずっと一人で不安だった。


いつバレるのか。


いつ追い出されるのか。


そんなことばかり考えていた。


だが、今は違う。


モズがいる。


ノンがいる。


ネフィラがいる。


自分のために大蛇と戦ってくれた。


ペナルティまで一緒に付き合ってくれた。


誰一人として責めなかった。


嫌な顔もしなかった。


むしろ、当たり前のように隣にいてくれた。


最高の仲間だ。


レンは少しだけ笑う。


「……夢の学生生活だな」


小さく呟く。


その声は、静かな部屋に溶けていった。


レンは片手を天井へ伸ばす。


指を開く。


天井の光を掴むように。


ふと、モズとの練習を思い出した。


『腕を九十度』


『体は十時の方向』


『顎引け』


『ちゃんと的見て狙え!』


思い出すだけで、少し笑ってしまう。


レンは天井へ向けた手へ力を込めた。


魔力を放つイメージ。


狙いを定める感覚。


何度も教わった。


何度も練習した。


だが。


当然。


何も起きない。


光も。


魔法陣も。


現れない。


ただ、静かな部屋だけがあった。


レンは手のひらを見る。


「……無力だな」


そう言って、上げていた腕の力を抜いた。


ボスッと腕がベッドに落ちる。


少しだけ寂しそうに笑う。


まだ何もできない。


魔力は借り物。


一人では魔法すら使えない。


それでも、不思議と悲観的ではなかった。


もう一度、片手を上げる。


今度は天井ではなく、自分に掌を向けた。


しばらく見つめる。


そして、ゆっくり握る。


「迷惑かけないよう頑張らないとな」


いつか。


自分自身の力で、魔法を灯せる日が来るように。


そう思いながら目を閉じる。


疲労は限界だった。


意識がゆっくり沈んでいく。



しばらくして。


「ふぃー、戻りぃー」


部屋のドアが開いた。


モズだった。


肩には白いバスタオル。


濡れた髪を拭きながら入ってくる。


黒いTシャツを肩まで腕まくりしている。


その足元には。


ぴょこっ。


ウサ丸。


当然のようについて来ていた。


「ワン公ー?」


モズが声をかける。


返事はない。


「……寝てる?」


首を傾げ、そっと部屋へ入る。


ウサ丸は迷いなくレンのベッドへ向かった。


ぴょん。


軽やかに飛び乗る。


そしてレンの胸元付近で丸くなった。


当のレンは、まったく気付かない。


モズは音を立てないように近づき、レンの顔を覗き込む。


すやすや眠っていた。


完全に熟睡している。


モズは苦笑する。


「寝ちゃったかー」


肩のタオルを外し、反対側のベッドへ投げる。


そして自分も腰を下ろした。


ギシッ。


小さな音が響く。


そのまま頬杖をつき、何となくレンを見る。


静かな寝顔だった。


入学から三ヶ月近く。


色んなことがあった。


入学式での大爆発。


食堂での白金貨幣騒動。


授業。


実技。


ご飯会。


魔力測定。


大蛇との戦い。


ペナルティ。


気付けば、どの出来事にもレンがいた。


笑った時も。


怒った時も。


焦った時も。


全部、隣にいた。


モズは少し目を細める。


近くで見ていたから分かる。


レンは、無意識のうちに無理をするやつだ。


一人で抱え込む。


誰かに頼るのが下手だ。


迷惑をかけることを、異常に恐れているように見える。


「ワン公」


ぽつりと呟く。


返事はない。


モズは少し笑った。


「お前さ」


眠るレンへ向けて、届かない言葉を落とす。


「気ぃ使いすぎなんだよ」


窓の外から月明かりが差し込む。


レンの黒い髪を淡く照らしていた。


しばらく沈黙が続く。


そして。


「……もっと頼っていいんだぞ」


その声は、いつもの軽い調子ではなかった。


ふざけてもいない。


からかってもいない。


静かで。


優しくて。


少しだけ寂しそうだった。


レンは眠ったまま。


ウサ丸も眠ったまま。


部屋の中には、穏やかな寝息だけが響いている。


モズはしばらくその寝顔を見ていた。


そして、小さく息を吐く。


「ま、明日も起こしてやるか」


そう呟いて、ベッドへ寝転ぶ。


静かな夜だった。


月明かりに包まれた部屋で。


二人と一匹の時間は、ゆっくりと流れていく。


そんな穏やかな夜が、今のモズには何よりも大切だった。


ゆっくりと。


静かに。


月詠魔法大学の夜は更けていくのだった。


ーー第4章 ワン公、灯す

[完]

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