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【勘違いコメディ】そのワン公、魔力ゼロにつき。  作者: 小春日和
第1章 ワン公、入学

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その文明、未知数につき

ひそひそ声。


驚愕。


困惑。


そして恐怖。


様々な感情が入り混じった視線が、食堂のあちこちから飛んできている。


「白金円貨だってよ……」


「マジか?」


「しかも学生が普通に持ってたらしいぞ……」


「特別入学生のあいつだろ?」


「やべぇ……」


レンはテーブルに突っ伏していた。


木目がやけに綺麗に見える。


現実逃避である。


「……帰りたい」


ぽつりと漏れた本音だった。


まだ入学初日である。


なのに既に三回くらい帰りたくなっていた。


むしろよく頑張っている方だと思う。


向かいに座るモズが、そんなレンをじっと見ていた。


先ほどまでの陽気さはどこへ行ったのか。


珍しく真顔だった。


「……ワン公」


「ん?」


「お前、何者なんだよ……」


レンは顔だけ上げた。


グレージュ色の瞳が、レンの財布を凝視している。


まるで危険物を見るような目だった。


「普通の高校生」


「普通の高校生は白金円貨をポケットに入れて歩かねぇんだよ……」


「だから100円玉だって」


「その100円玉がヤバいんだろ!?」


レンにも意味が分からない。


本当に分からない。


日本全国どこへ行っても使える普通の100円玉である。


コンビニでも自販機でも使える。


それ以上でもそれ以下でもない。


……はずなのだが。


この世界では何故か国家レベルの価値を持つらしい。


意味が分からない。


レンは深いため息をついた。


その時だった。


――ゴォン。


食堂の巨大な扉が、重々しい音を立てて開いた。


まるで城門でも開いたかのような音だった。


ざわついていた食堂が、一瞬で静まり返る。


スプーンの音すら止まった。


空気が変わる。


「……来た」


誰かが小さく呟いた。


レンも思わず顔を上げる。


そして。


「あっ」


見覚えのある人物がいた。


長い白髭。


深い焦げ茶色のローブ。


長年伸ばされてきたであろう長い白髪は、

三つ編みで丁寧に結われ、

腰ぐらいまで伸びている。


銀の杖。


鋭い眼光。


面接会場で見た老人。


――グレイガルド学長。


レンの顔が引きつった。


終わった。


絶対何か言われる。


グレイガルドは食堂全体をゆっくり見回した。


威厳に満ちた視線。


学生たちは誰一人として騒がない。


そして学長は迷うことなく歩き始めた。


ズンズン。


ズンズン。


一直線に。


レンの方へ。


「うわぁ……」


レンは小さく呻いた。


学生たちが自然と道を開けていく。


まるで王が通る道のようだった。


圧が凄い。


存在感が凄い。


レンは思わず背筋を伸ばした。


隣を見る。


モズまで背筋がピシッと伸びていた。


めちゃくちゃ緊張している。


学長はレンの前で立ち止まった。


そして重々しく口を開く。


「……大神レン」


「は、はい」


「聞いたぞ」


嫌な予感しかしない。


「えっ」


「食堂を買収しかけたそうだな」


「あ、違います。」


即答だった。


一秒も迷わなかった。


だが学長は真顔だった。


「人界貨幣を不用意に流通させるのは危険だ」


「すみません……」


とりあえず謝る。


何が悪いのか分からないが謝る。


だが学長は続けた。


「市場が壊れる」


「えっ」


「王都経済が揺らぐ」


「えっ??」


話が急に大きくなった。


さっきまで100円玉の話をしていたはずだ。


なぜ王都経済の話になっているのか。


レンには理解できない。


隣でモズがそっと顔を寄せてきた。


「……なあワン公」


「なに」


「お前マジでどっかの王族だったりしねえ?」


「団地育ちだが?」


「余計わかんねぇ……」


モズは本気で困惑していた。


すると学長が手を差し出した。


「例の貨幣を見せてみよ」


「え?」


レンは財布を開く。


中から100円玉を取り出した。


周囲がざわつく。


学生たちが身を乗り出していた。


もはや公開処刑である。


グレイガルドは慎重に100円玉を受け取った。


まるで国宝でも扱うような手つきだった。


じっ……。


じっ…………。


じぃぃ…………。


沈黙。


長い。


何が見えているのか。


レンには全く分からない。


やがて学長が低く呟いた。


「…………ほぉ」


だから何が。


次の瞬間だった。


学長が杖を振る。


空中に青い魔法陣が展開された。


幾重にも重なる円。


無数の文字列。


神秘的な光。


学生たちが息を呑む。


「鑑定魔法だ!」


「学長直々!?」


「初めて見たぞ!」


食堂中の視線が集まる。


魔法陣が100円玉を包み込んだ。


青白い光が輝く。


ピカァァァァ――――!!


まるで太陽みたいな光だった。


そして。


次の瞬間。


――バチン!!!


魔法陣が弾け飛んだ。


「「「!!?」」」


轟音。


衝撃。


煙。


レンは椅子から飛び上がった。


「うわっ!?」


モズも椅子ごと後退する。


「は!?今のなんだ!?」


煙の向こうで学長が固まっていた。


学生たちも騒然としている。


「鑑定が弾かれた!?」


「ありえねぇ!」


「学長の魔法だぞ!?」


「神代遺物か!?」


「いや禁呪級だろ!?」


どんどん話が大きくなっていく。


モズがごくりと唾を飲み込んだ。


「……ワン公」


「な、なに」


「お前の世界、怖すぎね?」


「俺も今そう思い始めてる」


レンも怖かった。


100円玉が一番怖かった。


やがてグレイガルドがゆっくり顔を上げる。


額には汗が浮かんでいた。


学長が汗をかいている。


それだけで周囲は震え上がった。


「……恐ろしい」


「えっ」


「やはり人界文明は未知数……」


「いや」


話が違う。


完全に違う。


だが誰も聞いていない。


学長は真剣な表情でレンを見る。


「大神レン」


「は、はい」


「この貨幣、学内への持ち込みは最小限にしてくれ」


「えっ、はい」


「国家が動く」


「怖い怖い怖い」


レンは即座に財布を閉じた。


もう二度と出したくない。


モズは完全に引いていた。


「……ワン公」


「なに」


「マジで特別入学生だったんだな……」


「違うって」


「でも学長の鑑定魔法壊したじゃん」


「100円玉がな!?」


すると学長がふと思い出したように首を傾げた。


「……ところで大神レン」


「はい?」


「なぜ君は、その“神滅級貨幣”を裸で財布に入れている?」


レンは即答した。


「100円玉だからです」


静寂。


食堂中が止まった。


全員固まった。


数秒後。


「「「100円玉ぁぁぁぁぁ!!?」」」


食堂は、大爆発でも起きたかのような騒ぎに包まれたのだった。

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