月兎、癒す
教師陣が救護室を去った直後。
室内には妙な静寂が流れていた。
いや正確には静かではない。
全員が目の前の光景を理解しきれていなかっただけである。
モズの膝の上。
ちょこん。
そこに座っているのは。
白いうさぎではない。
白く長い耳。
雪のようなツインテール。
赤い瞳。
黄色と白を基調とした可愛らしい和風衣装。
五歳くらいの見た目の女の子。
月兎族。
先程までうさぎだった存在。
本人だけが相変わらず無表情だった。
沈黙。
そして最初に口を開いたのはモズだった。
「……なぁ」
レン。
「なんだ」
モズ。
「足しびれてきた」
レン。
「知らん」
即答。
モズ。
「いやでも結構重いぞ?」
ネフィラ。
「失礼ですわよ」
モズ。
「いや別に悪い意味じゃなくて!」
女の子は気にした様子もなく。
ちょこんと座ったまま。
動かない。
完全に定位置である。
モズが苦笑する。
「ウサ丸ーー」
「そろそろ降りてくんない?」
その瞬間。
レンが反応した。
「女の子だけどウサ丸で決定なんだ」
モズ。
「呼びやすいしなー」
決定基準が雑だった。
レン。
「雑すぎるだろ」
ネフィラがすかさず対抗する。
「ウサノワール一世ー」
「私が抱っこして差し上げますわよー」
モズ。
「いや」
少しムッとした顔。
「こいつはウサ丸だ」
ネフィラ。
「ウサノワール一世ですわ」
「ウサ丸」
「ウサノワール一世」
「ウサ丸」
「ウサノワール一世」
「ウサ丸」
「ウサノワール」
「ウサ丸」
言い合いが始まった。
レンは呆れ顔。
ノンは楽しそうに笑う。
「ふふふっ」
その時だった。
モズの膝の上の少女が動く。
無表情のまま。
ゆっくりとモズへ顔を向けた。
そして。
ぎゅっ。
突然抱きついた。
モズ。
「お?」
少女はそのまま離れない。
どうやら。
ウサ丸という名前を気に入ったらしい。
モズ。
「っしゃああああ!!!」
片手で少女を抱きしめ返しながら。
もう片方の拳を握る。
ガッツポーズ。
「勝ったぁぁぁぁ!!」
ネフィラ。
「ムキーーーーー!!」
どこから取り出したのか。
ハンカチを噛んでいた。
悔しそうだった。
レン。
「どこの悪役令嬢だよ」
完全に負けヒロインのよう。
ツッコミが飛ぶ。
そんな中、
少女はモズの頭をじっと見ていた。
頭部の包帯。
先程の怪我。
「ん?」
モズが首を傾げる。
「どした?」
すると。
小さな白い手が伸びた。
傷へ触れる。
ふわり。
月明かりのような優しい光。
柔らかな光がモズを包む。
全員が目を見開いた。
「え?」
「え?」
「え?」
しばらくして。
ノンがぽつりと言う。
「……まさか」
モズが包帯を外した。
全員が覗き込む。
傷。
ない。
綺麗さっぱり。
跡形もなく消えていた。
沈黙。
レン。
「……すげぇ」
本気で言った。
次に少女は立ち上がる。
モズの膝から降りた。
そして。
今度はノンの元へ。
ノン。
「ん〜?」
少女は挫いた足へ手をかざす。
再び。
月光のような光。
優しく。
静かに。
足を包む。
しばらくして。
ノンが足首を動かした。
「……あれ?」
もう一度動かす。
さらに動かす。
痛くない。
全く。
ノンが目を丸くした。
「治ったぁ……」
少女は無言。
当たり前のような顔だった。
処置を終えると。
くるり。
モズの方へ戻る。
そして。
その場で身体が淡く光った。
次の瞬間。
白いうさぎへ戻る。
ぴょこん。
何事も無かったかのように。
モズの膝へ飛び乗る。
丸くなる。
仕事終了。
そんな雰囲気だった。
レン。
「こいつ……」
モズ。
「魔力やばくね?」
ネフィラも頷く。
「まだ子どもですのよね……?」
この治癒力。
規格外だった。
そして。
レンは思い出す。
大蛇に食べられた時。
ほぼ無傷だったことを。
納得した。
その時だった。
――キーンコーン。
放送が流れる。
全員の動きが止まった。
『一年・特殊魔術学科 クラスA』
『大神レン』
『モズ・スターリング』
『白羽ノン』
『ネフィラ・アクアリア』
『至急、職員室まで来なさい』
ボイド先生の声だった。
沈黙。
レン。
「……来たな」
モズ。
「呼び出し」
ノン。
「呼び出しだねぇ〜」
ネフィラ。
「何故ですの?」
レン。
「お前は幸せなやつだな」
理由は明白。
事情聴取である。
四人は重い腰を上げた。
モズの膝から降りた白うさぎも。
ぴょん。
ぴょん。
ぴょん。
当然のようについて来る。
廊下。
職員室へ向かう四人。
足取りは重い。
レンがため息を吐いた。
「で」
「なんて説明する?」
モズ。
「それな」
ノン。
「うーん」
ネフィラ。
「正直に話せばよろしいのでは?」
レン。
「それが出来たら苦労しねぇんだよ」
大蛇の革袋。
魂結びの媒介術。
人間。
魔力がない。
全部話せない。
沈黙。
しばらく歩く。
そして。
ノンがぽわっと言った。
「革袋のことは黙ってたらいいんじゃない〜?」
三人。
「お?」
ノン。
「図書館でぇ〜」
「大蛇の話を見つけたぁ〜」
「興味持ったぁ〜」
「見に行ったぁ〜」
「襲われたぁ〜」
「頑張ったぁ〜」
「終わりぃ〜」
沈黙。
レン。
「……意外といけそう」
モズ。
「それだ!」
ネフィラ。
「嘘ではありませんわね」
レン。
「肝心なところ隠してるけどな」
だが。
他に案もない。
モズ。
「よし」
「それで行こう」
ノン。
「採用〜」
ネフィラ。
「採用ですわ」
満場一致だった。
後ろから。
ぴょん。
ぴょん。
ぴょん。
白うさぎがついてくる。
レンはそれを見た。
「お前も来るのか」
うさぎ。
きょとん。
当然。
という顔だった。
レンはため息を吐く。
そして。
職員室の扉が見えてきた。
四人の足取りがさらに重くなったのだった。
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