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【勘違いコメディ】そのワン公、魔力ゼロにつき。  作者: 小春日和
第2章 ワン公、魔法を知る

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月の都から舞い降りし天女

救護室が静まり返る。


月兎族。


その言葉に。


リゼリア教授の目が僅かに細まった。


ボイド先生も驚いている。


レン達はもちろん知らない。


だからこそ。


全員が学長の次の言葉を待っていた。


腕の中のうさぎだけが相変わらずぽけーっとしていた。


学長はゆっくりとうさぎを見つめる。


「月兎族」


「月の都に住む種族じゃ」


レン達は顔を見合わせる。


知らない。


完全に知らない。


学長は続けた。


「魔力は非常に高い」


「こちらの世界に現れること自体が珍しい」


そして。


少しだけ表情を曇らせる。


「じゃが」


「感情がほとんど無い」


救護室が静まる。


「善にも悪にも流されやすい」


「周囲の環境に大きく左右される種族じゃ」


その時だった。


学長の脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。


研究員長。


クロード。


学長の目が細まった。


(……あやつの手に渡れば何が起こるか分からん)


冗談では済まない。


だからこそ。


学長はレン達へ視線を向けた。


しばらく見つめる。


そして。


ぽつりと言った。


「このうさぎはまだ子どもじゃ」


レン達。


「?」


学長。


「お主たちが育てよ」


沈黙。


「「「えっ!?」」」


レン。


モズ。


ノン。


同時に目を見開く。


ネフィラまで驚いていた。


その横で。


リゼリア教授とボイド先生も固まる。


「えっ……」


「ですが……」


ボイド先生が慌てて口を開く。


「危険なのでは?」


リゼリア教授も頷いた。


だが。


学長は静かに首を横へ振る。


「……きっと」


優しく微笑む。


「力になってくれるであろう」


その声には不思議な説得力があった。


リゼリア教授も。


ボイド先生も。


それ以上言い返せない。


結局。


黙り込むしかなかった。


モズが一番先に立ち直った。


「やったなーーー!!」


うさぎを抱き上げる。


「ウサ丸ーーー!!」


ぎゅううううう。


うさぎ。


むぎゅ。


少し息苦しそう。


だが嫌がってはいない。


レン。


「おい」


「ウサ丸ってなんだよ」


モズ。


「え?」


きょとん。


「こいつの名前だけど?」


当たり前のように言う。


レン。


「センス!!!!!!」


思わず叫ぶ。


ワン公。


ウサ丸。


直感だけで生きている。


ノンは楽しそうだった。


「いいねぇ〜」


レン。


「よくねぇよ」


ネフィラが首を傾げる。


「丸って……」


「女の子だったらどうしますの?」


モズ。


「あー?」


そして。


うさぎを抱き上げる。


「じゃあネフィラなら何て名前付けるんだよ」


ネフィラ。


「うーん……」


顎へ手を当てる。


考える。


完全に考える人のポーズ。


全員待つ。


数秒後。


ネフィラが顔を上げた。


そして。


ドヤ顔で言い放つ。


「ウサノワール一世」


沈黙。


レン。


「重っ」


モズ。


「長ぇ」


ノン。


「かわいくなぁい〜」


ネフィラ。


「えっ」


自信満々だった。


こっちのネーミングセンスも重傷である。


その時だった。


ふわり。


うさぎの身体が光る。


月明かりのような。


柔らかな銀色の光。


全員が目を見開く。


「うわっ!?」


思わず目を閉じる。


光は強くない。


だが。


どこまでも神秘的だった。


まるで夜空から零れ落ちた月光が。


ひとつの形を作っていくように。


白い毛並みが光へ溶ける。


小さな身体が伸びる。


光の粒が舞う。


まるで無数の月の欠片。


そして。


ゆっくりと。


人の姿へ変わっていった。


やがて光が収まる。


全員が目を開く。


そこにいたのは――


白く長い耳。


雪のような髪。


高い位置で結われたツインテール。


髪が揺れるたびに月光を纏ったように輝く。


額には細い金のチェーン。


その中央で。


小さな三日月の装飾が静かに揺れていた。


赤い瞳。


透き通るような白い肌。


黄色と白を基調にした和風の衣装。


だが裾や袖には可愛らしいフリル。


背中には大きな黄色のリボン。


そして。


首を傾げながら。


モズの膝の上へちょこんと座る。


五歳ほどの幼い少女。


息を呑むほど愛らしい。


だが。


表情だけは違った。


氷細工のような無表情。


感情が全く読めない。


沈黙。


誰も喋らない。


数秒。


そして。


モズが叫んだ。


「女の子じゃねぇかぁぁぁぁぁ!!」


レン。


「そこかよぉぉぉぉぉ!?!?」


救護室にツッコミが響いた。



その後。


救護室を後にした三人の教師達。


廊下を歩く。


ボイド先生が口を開いた。


「……本気なんですか?」


リゼリア教授も続く。


「やはり危険では?」


前を歩く学長。


足を止めない。


そのまま答える。


「まあ」


「危険っちゃ危険」


「危ないんかい」


リゼリア教授とボイド先生のツッコミが重なった。


学長はふぉっふぉっと笑う。


そして。


廊下の窓際で立ち止まった。


救護室を見る。


リゼリア教授達も視線を向ける。


そこには。


無表情な少女を囲み。


わいわい騒ぐ四人の姿があった。


モズが何か話しかけ。


ノンが笑い。


ネフィラが耳を見つめ。


レンがツッコんでいる。


学長は静かに目を細めた。


「……あの子達もまだ未熟じゃ」


「そして月兎もまた未熟」


優しい声だった。


「じゃが」


「真っ直ぐな者達と共に歩めば」


「心は少しずつ形を覚える」


「優しさに触れれば優しさを知り」


「誰かを大切に思えば、その意味を知る」


「感情というものは、教わるものではなく育つものじゃからな」


リゼリア教授とボイド先生は黙って聞いていた。


学長は微笑む。


「まあ何かあったら」


二人を見る。


「お主達もおるしな」


そして。


杖を軽く鳴らした。


「その為の担任と副担任じゃ」


ふぉっふぉっふぉっ。


上機嫌に笑いながら歩き出す。


その背中を見送りながら。


ボイド先生がぼそっと呟いた。


「……丸投げしてきましたね」


リゼリア教授。


少しだけ笑う。


「まあ」


「学長の言うことも一理ある」


そう言って踵を返した。


賑やかな救護室を背に。


教師達もまた静かに歩き出すのだった。

挿絵(By みてみん)

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