帰るまでが実践です
時は少し遡るー―。
ブキミ森の入口付近。
リゼリア教授とボイド先生は森の中を駆けていた。
先程職員室から見えた橙色と桃色の光。
間違いなく学生達の魔法だった。
嫌な予感しかしない。
そして。
その予感は見事に的中した。
木々は折れ、地面は抉れ。
至る所に破壊の跡。
まるで小規模な災害現場だった。
ボイド先生は青ざめる。
「な、なんですかこれ……」
「想像以上に酷いんですけど……」
さらに奥へ進む。
そこで。
問題の大蛇を発見した。
暴れている。
その近く。
結界の中で足を押さえるノン。
少し離れた場所。
地面へ叩きつけられたまま動かないモズ。
ボイド先生の顔色がさらに悪くなった。
「早く助けに行かないと!」
慌てて飛び出そうとする。
だが。
その肩の前へ。
スッと一本の腕が出た。
リゼリア教授だった。
「え?」
ボイド先生が目を丸くする。
「教授!?」
リゼリア教授は冷静だった。
表情一つ変えない。
鋭い視線で状況を観察している。
「落ち着け」
「え、でも!」
ボイド先生が指差す。
「ノンさん怪我してます!」
「足を挫いただけだ」
即答。
「モズ君なんて頭から血が!」
「大丈夫だ」
即答。
「いや大丈夫じゃないですよ!?」
思わずツッコむボイド先生。
だが。
リゼリア教授は真顔だった。
「呼吸は安定している」
「意識を失っているだけだ」
「命に別状はない」
ボイド先生は口を閉じる。
この人の判断は正確だ。
それは誰より知っている。
だからこそ。
反論できない。
リゼリア教授は腕を組んだ。
そして。
小さく呟く。
「……学生が成長するいい機会かもしれない」
ボイド先生は不安そうだった。
「何かあったらすぐ出ていきますからね!私!」
「問題ない」
リゼリア教授は短く答えた。
そして。
二人は静かに見守ることにした。
その後。
二人の視線はレンへ向く。
花びら。
そして。
魔法。
ボイド先生は呆然としていた。
「なんだ……あれは……」
見たことがない。
聞いたこともない。
花びらが舞う。
桃色の炎となって大蛇を焼く。
さらに。
手のひらから巻き起こる風。
そして。
最後の光の矢。
完全に未知だった。
ボイド先生は口を開けたまま固まる。
その隣。
リゼリア教授も珍しく目を見開いていた。
優雅だった。
美しかった。
そして。
判断に迷いがない。
まだ未熟な部分は多い。
魔法の制御も甘い。
だが。
現時点でこの発想。
この応用力。
見事だった。
ボイド先生がぽつりと呟く。
「……私達の出る幕は無かったみたいですね?」
リゼリア教授は静かに答える。
「……そうだな」
その声は小さい。
だが。
どこか誇らしげだった。
自らが受け持つ学生達。
問題児達。
まだまだ未熟だ。
それでも。
確かに成長している。
リゼリア教授は気付かれない程度に。
ほんの少しだけ。
口元を緩めた。
そして。
大蛇が倒れた。
静寂。
ようやく戦いは終わった。
―――
大蛇の亡骸の横。
四人は地面へ座り込んでいた。
地面はぬめぬめしている。
だが。
誰も気にしていなかった。
全員泥だらけ傷だらけ。
満身創痍。
しばらく無言だった。
風だけが吹く。
そして。
ふっ。
レンが笑った。
ふははっ。
今度はモズ。
気付けば。
四人全員笑っていた。
「よかったぁ〜……」
ノンが力なく呟く。
モズが笑う。
「終わったな」
張り詰めていた糸が切れたようだった。
レンも笑う。
モズがニヤニヤしながら言った。
「お前ちゃんと出来てたじゃん」
「何が?」
「10時の方向」
レン。
「また時計かよ」
モズ。
「大事だろ」
レン。
「細かすぎて未だによく分かってねぇよ」
冗談を言えるくらいには余裕が戻っていた。
だが。
その時だった。
――カサッ。
大蛇の口の中。
何かが動く。
四人の笑顔が消える。
空気が張り詰めた。
モズが構える。
レンも身構える。
ネフィラは本を抱える。
ノンも杖を握る。
そして。
ぴょこっ。
白い塊が現れた。
「……あ」
「……あ」
「……あ」
「……あ」
兎だった。
先程食べられたはずの。
あの兎。
モズが叫ぶ。
「生きてたのかぁぁぁ!?」
駆け寄る。
抱き上げる。
兎は元気だった。
ぴょんぴょん跳ねている。
「よかったぁぁぁ!」
モズ感動。
そして。
満面の笑み。
「なぁ!」
「この兎飼おうぜ!」
レン。
「なんでそうなるんだよ」
「えー!」
「いいじゃーん!」
「ダメだろ」
「えーーー!」
完全に。
ペットを飼いたい息子。
それを止める父親だった。
その時。
背後から声がする。
「おい」
冷たい声。
全員固まる。
「お前達」
聞き覚えしかない。
ゆっくり振り返る。
そこにいたのは。
リゼリア教授。
そして。
ボイド先生。
「あっ」
レン。
「あちゃー……」
モズ。
「終わった」
ノン。
「あわわ……」
三人同時に青ざめる。
リゼリア教授はそんな様子を見て。
ため息をついた。
だが。
そのため息は。
呆れたものではなかった。
どこか。
保護者のような。
安堵の混じったものだった。
ボイド先生も優しく笑う。
「無事で何よりです」
四人が少しホッとする。
そして。
次の瞬間。
リゼリア教授が言った。
「念のため」
「直ちに大学の救護室へ行け」
「はい……」
「その後」
眼鏡の位置を整える。
「何があったか話してもらおうか?」
レン達。
「はい……」
さらに。
リゼリア教授の視線が。
モズの腕の中の兎へ向く。
「あと」
沈黙。
「……大学寮はペット禁止だ」
モズ。
「ですよねー……」
その声には。
先程までの優しさはなかった。
教師の目だった。
レン。
モズ。
ノン。
三人の脳裏によぎる。
以前受けたペナルティ。
三人同時に震え上がる。
一方。
ネフィラだけ首を傾げていた。
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