花びら、宙を舞う
ブキミ森の奥。
荒れ狂う大蛇。
結界の中でうずくまるノン。
地面に叩きつけられ動かないモズ。
そして。
本を抱きしめながら震えるネフィラ。
レンは周囲を見渡した。
状況は最悪だった。
自分のためだった。
大蛇の革袋を手に入れるため。
みんなが協力してくれた。
その結果がこれだ。
また迷惑をかけた。
また守られている。
また何もできない。
拳を握る。
嫌だった。
自分だけが何もできないのが。
ウエストポーチへ手を入れる。
手品道具を探る。
なにか。なにかないか。
必死に探す。
その時だった。
指先が柔らかな感触に触れる。
取り出す。
一輪の造花。
淡いピンク色の花。
レンの目が細くなった。
そして。
ふっと口元が緩む。
「そうか」
小さく呟く。
「そうだ」
手品があるじゃないか。
高校時代。
何度も練習した。
何度も失敗した。
何度も笑われた。
それでも続けてきた。
自分だけの技。
魔法じゃない。
だけど。
今は違う。
今の自分には。
魔力がある。
「……行ける」
その声は静かだった。
だが。
迷いはなかった。
ネフィラが慌ててレンの腕を掴む。
「待ちなさい!」
レンが振り返る。
ネフィラの表情は真剣だった。
「手品じゃどうにも出来ませんわよ!?」
「ここは一旦助けを――」
レンは首を振る。
「大丈夫」
ネフィラが息を呑む。
「任せろ」
その言葉は不思議だった。
強かった。
根拠なんて無いはずなのに。
信じていい気がした。
ネフィラはゆっくり手を離す。
レンは小さく笑った。
「ありがと」
そして。
真っ直ぐネフィラを見る。
「少し手伝ってくれ」
ネフィラは驚いた。
だが。
すぐに頷く。
「ええ」
レンは歩き出した。
向かう先は。
大蛇ではない。
結界の中。
ノンの元だった。
「……ノン」
その声に。
ノンが顔を上げる。
そこにはレンとネフィラがいた。
「だめじゃん〜……」
ノンは苦笑する。
足を押さえながら立ち上がろうとする。
「二人は離れてないと〜……」
レンは肩を押さえる。
「無理すんな」
ノンは再び座り込んだ。
レンは少し視線を落とす。
そして。
「こんなことんなって、ごめんな」
静かに言った。
ノンが首を傾げる。
「悪いけど」
「あと少し」
レンは真っ直ぐノンを見る。
「力を貸してほしい」
ノンの目が丸くなる。
「レンくん……」
「俺が何とかする」
迷いのない声だった。
ノンは少し驚いて。
それから。
ふわっと笑った。
「うん」
頷く。
「わかったぁ〜」
そして。
レンへ手をかざす。
淡い桃色の光。
「でも〜……どうやって?」
レンの口元が緩む。
八重歯が覗く。
「組み合わせんだよ」
手の中の造花を持ち上げる。
「手品と魔法を!」
その瞬間。
ノンの魔力が流れ込む。
レンの瞳が桃色に染まった。
入学式の日と同じ。
しかし。
今度は違う。
迷いがない。
造花が淡く輝く。
レンは花を見つめる。
そして。
躊躇なく引きちぎった。
花と茎。
二つに分かれる。
同時に。
大蛇がこちらを見る。
黄色い瞳。
完全に標的を変えた。
グォォォォォォォッ!!
咆哮。
大地が揺れる。
迫ってくる。
レンは叫んだ。
「ネフィラ!!」
ネフィラが前へ出る。
「補助魔法頼む!!」
「はい!!」
ネフィラは両手をレンへ向けた。
青い魔法陣が広がる。
風が舞う。
「ホワイトブレス!!」
命中率を上げる補助魔法。
白い光がレンを包む。
身体が軽い。
視界が研ぎ澄まされる。
狙いが見える。
レンは花の部分を握る。
息を吹きかける。
そして。
勢いよく開いた。
ふわっ。
花びらが舞う。
一枚。
二枚。
十枚。
百枚。
先程まで一輪だったはずの花。
それが。
無数の花びらとなって空へ広がった。
ネフィラが目を見開く。
「手品……!?」
だが。
違う。
花びら一枚一枚が。
淡い桃色の光を放っている。
よく見れば。
全て小さな炎だった。
レンはもう片方の手をポーチへ入れる。
取り出したのは。
小型のハンディファン。
スイッチを入れる。
ブォォォォォッ!!
風が吹く。
花びらが舞う。
炎を灯した花びら達が。
風に乗る。
大蛇へ向かって。
一斉に襲いかかった。
「いけぇぇぇぇぇ!!!」
花吹雪。
桃色の炎。
無数の攻撃。
ホワイトブレスの効果で。
狙いは正確だった。
ギャァァァァァァァァ!!!
大蛇が悲鳴を上げる。
効いている。
確実に。
ダメージが入っている。
ノンが目を見開いた。
「すご……」
大蛇は暴れる。
苦しむ。
そして。
大きく口を開いた。
「がら空きだ!!」
レンが叫ぶ。
その手には。
先程残しておいた茎。
桃色の光を纏う。
まるで一本の矢だった。
レンは構える。
狙う先は。
咽頭。
だが。
大蛇は暴れている。
定まらない。
「……くっ!」
その時だった。
地面に倒れていたモズが。
ゆっくり顔を上げた。
額から血が流れている。
それでも。
笑った。
「根よ伸びろ」
橙色の魔法陣。
「押さえつけろ!!」
地面が震える。
しゅるるるるるるる!!
木の根が飛び出した。
生き物のように動く。
大蛇へ絡みつく。
胴体を。
尾を。
首を。
縛り上げる。
動きが止まる。
ほんの一瞬。
だが。
十分だった。
モズが叫ぶ。
「今だ!!」
「やれぇぇぇ!!」
レンの瞳が見開かれる。
全身の力を込める。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
光の矢を放つ。
一直線。
桃色の閃光。
吸い込まれるように。
大蛇の口へ。
そして。
咽頭へ突き刺さった。
ギャァァァァァァァァァァァァッ!!!
森を揺るがす絶叫。
大蛇が大きく仰け反る。
木々が震える。
地面が揺れる。
そして。
ドォォォォォォォォォン……
巨大な身体が倒れ込んだ。
土煙が舞う。
静寂。
誰も動かない。
聞こえるのは。
荒い息だけ。
レンはその場に膝をついた。
桃色だった瞳が元に戻る。
手が震えていた。
成功した。
本当に倒した。
しばらくして。
モズが笑う。
「……やるじゃねぇか」
ノンも笑った。
「かっこよかったよぉ〜」
ネフィラは本を抱えたまま。
呆然としていた。
そして。
ぽつりと呟く。
「本当に……やってしまいましたわね」
レンは息を吐く。
そして仲間達を見る。
怪我はあるが…みんな無事だ。
その事実に心の底から安堵した。
ブキミ森にようやく平穏が戻ったのだった。
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