嫌な勘ほどよく当たる
一方その頃――。
月詠魔法大学職員室。
最近は、比較的平和だった。
問題児として警戒していた大神レンも、今のところ大きな騒動は起こしていない。
モズ・スターリングは相変わらず元気。
白羽ノンは相変わらずマイペース。
ネフィラも少しずつ友人が増え始めている。
学生達はそれぞれの日常を過ごしていた。
そして。
職員達もまた。
学生たちの休日ということもあり穏やかな時間を過ごしていた。
「ふぅ……」
グレイガルド学長が紅茶を一口飲む。
職員室の一番奥。
学長専用の席。
窓際の特等席である。
一息ついた学長は、机の上へ手を伸ばした。
ガサガサ。
袋を開ける。
そして。
ボリボリ。
何かを食べ始めた。
骨の形をしたクッキーだった。
それを見ていたリゼリア教授が目を細める。
「……何を食べているんですか」
学長は口を動かしたまま答える。
「ん?」
ボリボリ。
「これ?」
ボリボリ。
「最近月詠で流行っとる骨クッキー」
ボリボリ。
「案外いけるぞ」
また一枚、口へ放り込む。
リゼリア教授は無言で机の上を見た。
大量。
本当に大量。
骨クッキーの山。
「買いすぎじゃないですか?」
「ミーハーじゃからの」
学長はもう一枚取る。
「所謂、大人買いじゃ」
ドヤ顔だった。
威厳も何もない。
学生達が見たら泣くかもしれない。
「ふぉっふぉっふぉっ」
上機嫌に笑う学長。
リゼリア教授は深いため息をついた。
そして回転椅子をクルッと回す。
自分の机へ向き直る。
背筋を伸ばす。
さて。
書類整理でも――。
そう思った瞬間だった。
視界の端に何かが映る。
リゼリア教授は、ゆっくり顔を向けた。
隣の席。
ボイド先生。
口には骨クッキー。
机には大量の骨クッキー。
そして。
もぐもぐもぐもぐ。
幸せそうな顔。
「……」
「ん?」
ボイド先生は目を瞬かせる。
もぐもぐ。
「これ美味しいですね」
リゼリア教授は即座に言った。
「お前もかい」
学長が頷く。
「流行っとるからの」
ボイド先生も頷く。
「流行ってますからね」
「流されるな」
リゼリア教授は額を押さえた。
その時。
ボイド先生が、ふと思いついたように袋へ手を入れた。
骨クッキーを一枚取り出す。
そして、リゼリア教授へ差し出した。
「リゼリア教授もどうです?骨クッキー」
「……」
リゼリア教授は無言だった。
差し出された骨クッキーを見る。
骨の形。
こんがり焼けた表面。
ほんのり甘い香り。
意外と美味しそうだった。
「……」
リゼリア教授の手が、ゆっくり動く。
ボイド先生が期待したように見守る。
学長も横からじっと見ている。
リゼリア教授の指先が、骨クッキーへ近づく。
あと少し。
あと数センチ。
だが。
そこで止まった。
「……」
ここで受け取ると。
なんか負けた気がする。
リゼリア教授の手が小さく震える。
学長は目を細めた。
(自分の中の欲望と戦ってるな)
ボイド先生も固唾を飲む。
リゼリア教授の手は、骨クッキーの手前で震え続けた。
欲望。
理性。
甘い香り。
教師としての威厳。
それらが静かにせめぎ合う。
数秒後。
「……!」
リゼリア教授は勢いよく手を引いた。
「私は食べない!!」
声が職員室に響く。
学長は満足そうに頷いた。
(理性保った)
ボイド先生は少し残念そうに骨クッキーを見つめる。
「美味しいのに……」
「聞こえているぞ」
リゼリア教授は低い声で返した。
今日の職員室は本当に平和だった。
平和すぎるほどだった。
だからだろうか。
リゼリア教授は、妙な胸騒ぎを覚えていた。
静かすぎる。
何かを忘れている気がする。
嫌な予感がする。
そして。
そういう予感ほど、よく当たる。
――ドォォォォォォォォン!!!
職員室が揺れた。
窓ガラスが震える。
机の上の書類が跳ねる。
骨クッキーの袋も、カサッと音を立てた。
学長。
「ん?」
ボイド先生。
「ひぇっ!?」
リゼリア教授は無言だった。
ゆっくり窓の外を見る。
大学敷地の外。
ブキミ森の方向。
何やら騒がしい。
鳥達が一斉に飛び立っている。
森の上空。
橙色の光。
そして。
桃色の光。
二つの魔力が何度も交差していた。
ボイド先生が目を細める。
「あれ……」
声が震えている。
「モズ・スターリング君と白羽ノンさんの魔法ですよね……?」
リゼリア教授は眼鏡の位置を整えた。
そして、静かにため息を吐く。
「嫌な勘ほど」
一拍置いて。
「よく当たるな」
学長。
「あー……」
ボイド先生。
「あー……」
三人とも、何となく察した。
十中八九。
ろくでもないことになっている。
いや。
十中十。
ろくでもないことになっている。
リゼリア教授は立ち上がった。
椅子が静かに軋む。
白衣を整える。
表情は既に教師のものへ戻っていた。
「行くぞ」
短く告げて、職員室の扉へ向かう。
ボイド先生も慌てて立ち上がった。
「ま、待ってください!」
「僕も行きます!」
その後を追う。
学長は椅子にもたれたまま、窓の外を眺めていた。
そして。
骨クッキーを一枚、口へ放り込む。
ボリボリ。
「若いのぉ」
呑気な声だった。
しかし。
その目は笑っていなかった。
学長もまた。
森の異変を見逃してはいなかった。
ボリボリ。
骨クッキーを食べながら。
静かに窓の外を見つめる。
平和だった職員室に残ったのは。
紅茶の香りと。
大量の骨クッキーと。
嵐の前触れのような、重たい沈黙だけだった。
ご覧頂きありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださったら、ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆の励みになります!ブックマーク登録もぜひよろしくお願いします!




