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【勘違いコメディ】そのワン公、魔力ゼロにつき。  作者: 小春日和
第2章 ワン公、魔法を知る

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踏み出す

ドゴォォォォォォォォン!!!


凄まじい衝撃音が森に響き渡った。


大蛇の尾。


巨大な鉄柱のようなそれが、結界へ叩きつけられる。


空気が震えた。


地面が揺れた。


木々の葉が一斉に舞い上がる。


透明な結界の表面に波紋が広がる。


ギシッ。


嫌な音。


ヒビが走った。


一本。


二本。


三本。


蜘蛛の巣のように広がっていく。


「ぐっ……!!」


モズが歯を食いしばる。


両腕を前へ突き出し、必死に魔力を流し込む。


橙色の魔法陣が何重にも展開されていた。


防御結界。


だが限界が近い。


腕が震える。


額から汗が流れる。


呼吸も荒い。


それでも崩さない。


崩せば終わる。


だから耐える。


ただひたすらに。


「まだだ……!」


結界が軋む。


大蛇が再び尾を振り上げる。


圧倒的な暴力。


圧倒的な質量。


まともにぶつかれば、人間など簡単に潰される。


モズは必死に耐え続けた。


だが。


その後ろ。


ノンは立ち上がれなかった。


「いたた……」


小さな声。


足首を押さえている。


先程転んだ時に捻ったらしい。


歩けないわけではない。


だが戦闘は無理だった。


顔をしかめながら苦笑する。


「ごめん〜……」


申し訳なさそうな声。


自分が足を引っ張っている。


そう思っているのだろう。


モズはすぐに振り返った。


「気にすんな」


即答だった。


迷いもない。


責める気配もない。


けれど。


その表情だけは険しかった。


「まずいな……」


小さく呟く。


ノンが動けない。


援護魔法も期待できない。


回復も難しい。


戦況は一気に悪化した。


大蛇は変わらず暴れている。


森が揺れる。


地面が砕ける。


木々が次々とへし折られる。


まるで災害だった。


人が勝てる相手ではない。


そんな絶望が少しずつ広がっていく。



少し離れた場所。


レンとネフィラも状況を見守っていた。


レンは唇を噛む。


「かなり手こずってるな……」


モズなら何とかすると思っていた。


ノンがいれば大丈夫だと思っていた。


だが。


現実は甘くなかった。


ネフィラも真剣な顔で頷く。


「このままでは……」


言葉の続きを飲み込む。


分かっている。


言いたくないだけだ。


その時だった。


ネフィラが何かを思い出したように本を開く。


持ち歩いていた魔物図鑑。


何度も読み込んだ本だった。


「必ず弱点があるはずですわ……」


ページをめくる。


ペラッ。


ペラッ。


ペラペラペラペラッ。


凄まじい速度だった。


焦りが伝わってくる。


青い瞳が文字を追う。


そして。


ピタッ。


手が止まった。


「……!」


瞳が見開かれる。


「ありましたわ!」


レンが身を乗り出す。


「マジか!?」


ネフィラはページを指差した。


「咽頭!」


「口の中ですわ!」


「内部は鱗で守られていません!」


レンの顔が明るくなる。


「助かる!!」


その声はモズにも届いていたらしい。


「ナイス!!」


叫びながら親指を立てる。


そして。


ノンを見る。


結界の中。


足を押さえながら座り込むノン。


「ここで待ってろ!」


「うん〜……」


ノンは悔しそうだった。


でも動けない。


だから頷くしかなかった。


モズは再び前へ出る。


靴の裏に橙色の魔法陣が展開される。


バンッ!!


地面を蹴る。


土が爆ぜる。


身体が宙へ舞う。


高く。


さらに高く。


レンは思わず見上げた。


モズ・スターリング。


空へ向かって一直線だった。


大蛇も気付く。


巨大な黄色い瞳が空を追う。


獲物を見る目。


敵を見る目。


モズは空中で身体を捻った。


パチンコを構える。


狙う先は一つ。


大蛇の口。


「口開けろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


叫ぶ。


挑発。


無茶苦茶な作戦だった。


だが。


今はそれしかない。


モズは一直線に突っ込む。


大蛇が怒った。


グォォォォォォォォォッ!!!


大気が震える。


咆哮。


巨大な口が開く。


暗闇のような喉奥が見えた。


その瞬間。


モズの目が光る。


「そこだ!!」


勝った。


そう思った。


だが。


大蛇も馬鹿ではなかった。


黄色い瞳が細くなる。


知能があった。


弱点を狙われている。


それを理解した。


次の瞬間。


口が閉じる。


そして。


尾が動いた。


シュンッ。


風を裂く音。


モズの顔色が変わる。


真横。


そこに。


尾があった。


「……まじかよ」


避けられない。


直後。


ドゴォォォォォォォォォン!!!


直撃。


身体が吹き飛ぶ。


空中で何度も回転する。


人形のように。


いや。


人形ならまだましだった。


モズの身体は制御を失い。


森へ叩き込まれる。


バキバキバキッ!!


木々が折れる。


何本も。


何本も。


そして。


地面へ激突した。


「モズーーーーーーー!?」


レンが叫ぶ。


返事はない。


動かない。


立ち上がる気配もない。


ノンの顔から血の気が引いた。


「モズくん……」


ネフィラも息を呑む。


身体が震える。


まずい。


本当にまずい。


大蛇がゆっくり進む。


獲物を仕留めるために。


学生二人では勝てない。


誰の目にも明らかだった。


絶体絶命。



その時だった。


レンが拳を握る。


「……何か」


小さく呟く。


「何かないのか」


焦り。


恐怖。


無力感。


全部が混ざる。


何もできないのか。


また見ているだけなのか。


そんなの嫌だった。


ウエストポーチへ手を入れる。


指先が触れる。


柔らかい感触。


取り出す。


一輪の造花。


レンは静かに見つめた。


何度も使った手品道具。


ただの造花。


ただの偽物。


なのに。


なぜか目を離せなかった。


数秒。


沈黙。


そして。


顔を上げる。


大蛇を見る。


倒れたモズを見る。


足を痛めたノンを見る。


不安そうなネフィラを見る。


胸の奥で何かが燃えた。


「……やるしかない」


小さな声。


けれど。


確かな決意だった。


俺しかいない。


そう思った。


その瞬間。


心の奥に火が灯った気がした。



ネフィラがハッとする。


慌ててレンの腕を掴む。


「待ちなさい!」


レンが振り返る。


ネフィラは必死だった。


普段の冷静さなどない。


「手品じゃどうにも出来ませんわよ!?」


声が震えている。


怖いのだ。


レンが傷付くのが。


「ここは一旦助けを呼びに――」


その言葉を。


レンは遮った。


「大丈夫」


短い言葉。


たったそれだけ。


なのに。


不思議だった。


強かった。


根拠なんてないはずなのに。


信じていい気がした。


ネフィラは言葉を失う。


レンが続ける。


「任せろ」


沈黙。


数秒後。


ネフィラは掴んでいた手を離した。


ゆっくりと。


レンはそれを確認する。


そして。


少しだけ笑った。


「ありがと」


一歩前へ出る。


だが。


大蛇へ向かうわけではない。


レンは振り返った。


「……少し手伝ってくれ」


ネフィラを見る。


ネフィラは驚く。


だが。


すぐに頷いた。


「ええ」


レンは前を向く。


そして歩き出した。


向かう先は。


大蛇ではない。


結界の中。


足を痛めたノン。


その元へ。


真っ直ぐ。


決意を胸に抱いたまま――。

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