キラキラ入れ歯ぁちゃん
図書館を後にした四人は、モズの行きつけだという店へ向かっていた。
大学街の中央通り。
夕方ということもあり、人通りは多い。
学生たちの笑い声。
店先から漂う美味しそうな匂い。
賑やかな街並みを眺めながら歩く。
「楽しみだねぇ〜」
ノンがふわふわした足取りで笑う。
本当に楽しそうだった。
「前も連れてきてもらったけど、美味かったんだよな」
レンも少し期待している。
あの店の料理は妙に記憶に残る。
主に量のせいで。
そんな3人の後ろ。
ネフィラだけは少し緊張していた。
知らない店。
知らない人。
どちらも苦手だった。
図書館のような静かな場所ならまだいい。
だが飲食店は違う。
人が多い。
声も大きい。
知らない誰かに話しかけられる可能性もある。
ネフィラは胸元をぎゅっと握った。
(大丈夫ですわ……)
小さく自分へ言い聞かせる。
今日は一人ではない。
ノンもいる。
レンもいる。
モズもいる。
そう思うと少しだけ安心できた。
そして何より。
(せっかくお誘いいただいたのですから……)
少しだけ頬が緩む。
嫌ではない。
むしろ嬉しい。
気付けば、楽しみな気持ちの方が大きくなっていた。
やがて目的の店が見えてくる。
木造の温かみのある建物。
大きな看板。
窓から漏れる明かり。
店の中からは賑やかな笑い声が聞こえてきた。
ガラガラ。
モズが扉を開く。
すると。
「おっ!」
「モズちゃんや!」
「久しぶりやなぁ!」
店中から声が飛んできた。
レンは少し驚く。
本当に店中だった。
席に座っている客たちが次々に手を振る。
カウンターの常連。
奥の席のおじさん。
厨房近くのおばさん。
みんなモズを知っていた。
モズは慣れた様子で片手を上げる。
「おーっす!」
「元気しとったー?」
「してたしてた!」
「また食いに来たでー!」
店内は一気に賑やかになる。
レンは苦笑した。
「ほんと顔広いな」
「だろ?」
モズは得意げだった。
胸を張っている。
少し腹立つ。
しかし今日は。
いつもと様子が違った。
常連の一人が目を丸くする。
「おいおい!」
「モズちゃん!」
「その綺麗なお嬢様誰や!?」
別の客も身を乗り出す。
「紹介してくれやー!」
「モデルさんかと思ったわ!」
「すごい美人やな!」
視線が一斉に集まる。
ネフィラへ。
「っ」
ビクゥッ。
反射的だった。
ネフィラは素早くノンの後ろへ隠れる。
レン。
(速っ)
見事な退避だった。
ノンは少し頬を膨らませる。
「むぅ〜」
「私の時もその反応欲しかったんですけどぉ〜」
モズが笑う。
「いやいや」
「ノンは初日から目立ってただろ」
「そういうことじゃないんだよぉ〜」
不満そうだった。
レンはなんとなく分かる。
女子には女子の事情があるのだろう。
その後ろでは。
ネフィラがノンの服の裾をちょこんと掴んでいた。
完全に警戒心の強い小動物だった。
レンは少しだけ面白くなってくる。
すると。
「モズちゃーん!」
店の奥から声がした。
聞き覚えがある。
「あっ」
モズが振り返る。
そこには。
以前も会ったおばあちゃんがいた。
「ばあちゃん元気ー?」
「元気じゃ元気じゃ」
モズは嬉しそうに近付いていく。
二人はしばらく楽しそうに話していた。
すると。
おばあちゃんが何かを取り出した。
小さな包みだった。
「あ、そうそう」
「これ新作じゃ」
モズの目が輝く。
「おっ!」
「ついにできたんか!」
レン。
嫌な予感。
非常に嫌な予感。
モズは包みを受け取る。
そして確認する。
「開けてもいい?」
「もちろんじゃ」
許可をもらう。
その場で開封。
レンたちも自然と覗き込む。
そして。
全員沈黙した。
そこに入っていたのは。
入れ歯だった。
ただの入れ歯ではない。
これでもかというほどデコレーションされた入れ歯だった。
キラキラ。
ハート。
星。
花。
宝石風シール。
虹色のラメ。
無駄に豪華。
いや。
豪華すぎる。
レンの脳裏に蘇る。
以前。
モズの机の上に置かれていた。
あの謎のデコ入れ歯。
全てが繋がった。
「いや犯人お前かい」
思わず指差す。
モズ。
「ん?」
「そしてこっちの世界にもボンドロ存在するんかい」
「お前さっきからなーに言ってんだよ」
全力ツッコミについていけないモズ。
おばあちゃんは嬉しそうに笑った。
「えっへっへ」
モズも満面の笑み。
「めっちゃいいじゃん!」
ノンの目が輝く。
「わぁ〜!」
「かわいい〜!」
ネフィラも感動していた。
「芸術的ですわ……」
レン。
「え?」
ノン。
感動。
ネフィラ。
感動。
モズ。
大喜び。
レン。
「え?」
急に自信がなくなってきた。
これ。
もしかして。
俺がおかしいのか?
そんな疑問が脳裏をよぎる。
モズは入れ歯を掲げた。
「ありがとう!」
「また机に飾っとくわ!」
おばあちゃんも満足そうに頷く。
「うむ!」
「今回のは会心の出来じゃ!」
レンだけが世界から取り残されていた。
(……え?)
(これ褒める流れなの?)
誰も答えてくれなかった。
⸻
しばらくして。
店員に案内され席へ着く。
木製の大きなテーブル。
四人並んで座る。
腰を下ろした瞬間だった。
ノンがメニューを開く。
ペラ。
ペラ。
ペラ。
真剣な顔。
レン。
嫌な予感。
前回もこんな感じだった。
数秒後。
ノンは満面の笑みを浮かべた。
「ん〜!」
「決めたぁ!」
レン。
さらに嫌な予感。
そして。
数分後。
店員が近付いてくる。
「ご注文のお料理でーす!」
ドン。
テーブルが揺れた。
四人の視線が集まる。
そこには。
岩があった。
正確には。
肉だった。
だが。
見た目はほぼ岩だった。
巨大。
圧倒的巨大。
塊。
もはや鈍器。
レンは額を押さえた。
「またかよ」
本作二回目登場。
岩のような巨大肉。
モズは吹き出した。
「はははは!」
「頼みやがった!」
ノンは嬉しそうに拍手する。
「わぁ〜!」
「おっきぃ〜!」
そして。
ネフィラは。
「まぁ……!」
目を輝かせていた。
まるで宝石でも見たように。
キラキラした目だった。
レン。
「そこ感動するとこなんだ……」
この世界。
やっぱりまだよく分からなかった。
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