ワン公、爆誕
巨大なホールだった。
思わず足を止めてしまうほどに。
天井はどこまで続いているのか分からないほど高く、見上げれば青白い光を放つシャンデリアがゆっくりと回転している。
その周囲には幾重もの魔法陣が浮かんでいた。
まるで生き物のように明滅を繰り返しながら、静かに宙を漂っている。
床には銀色の巨大な紋章。
踏み込むたびに淡く光が走った。
「……」
レンは無言だった。
いや、正確には言葉が出なかった。
人、人、人。
入学手続きを行う新入生たちでホールは埋め尽くされている。
だが――
人じゃない。
少なくともレンの知る人間ではない。
耳が尖っている者。
尻尾を揺らしている者。
額から立派な角を生やしている者。
さらには椅子に座らず、ふわふわと浮いている者までいた。
「……夢?」
思わず呟く。
夢にしては妙に生々しい。
目の前の獣耳の男子なんて、尻尾を器用に使ってスマホを操作している。
しかも慣れた手つきだ。
二本の手が完全に空いている。
便利そうで少し羨ましい。
いや違う。
そうじゃない。
レンは頭を抱えたくなった。
昨日まで普通の高校生だったはずなのに、気が付けば魔法大学にいる。
改めて考えると状況がおかしかった。
(帰れるかな俺……)
不安が増した。
そんなレンの気持ちなど知らず、列はゆっくり進んでいく。
周囲からはひそひそ声も聞こえてきた。
「あれじゃない?」
「特別編入生の……」
「聞いた? 面接官全員を黙らせたって」
「魔力探知できなかったらしいぞ」
「神狼系の突然変異だとか」
「いや古代種だろ」
やめてほしい。
本当にやめてほしい。
本人が一番困惑している。
レンは顔を引きつらせながら順番を待った。
やがて受付の声が響く。
「次の方ー!」
レンはびくりと肩を震わせた。
心臓に悪い。
「特別入学生、大神レン様」
その瞬間。
周囲の空気が変わった。
ざわっ。
まるで有名人でも現れたかのように視線が集まる。
レンは逃げたかった。
だが逃げられない。
名前を呼ばれた以上、行くしかない。
「……はい」
小走りで受付へ向かう。
受付係の女性はなぜか少し緊張していた。
書類を差し出す手も微妙に震えている。
「こちら、入学申請書になります」
「は、はい」
「なお、寮は特別学生専用区画になりますので」
「へ?」
専用区画?
嫌な予感しかしない。
受付係は真顔のまま説明を続けた。
「万が一、結界に異常が発生した場合は速やかに避難を――」
「えっ」
「制御不能時には封印処置を――」
「えっ??」
「周辺住民への被害防止のため――」
「ちょっと待ってください」
レンは思わず手を挙げた。
「俺、何だと思われてるんです?」
受付係は一瞬だけ目を逸らした。
「その……伝承級の魔獣クラスを想定したマニュアルですので」
「だから何だと思われてるんです!?」
完全に人間扱いされていない。
その時だった。
後ろから元気すぎる声が飛んできた。
「おっ!いたいた!」
レンが振り返る。
そこにいたのは小柄な男子だった。
明るい茶髪。
すっきりしたツーブロック。
人懐っこそうな大きなタレ目。
だが眉だけは妙に凛々しい。
左耳にはピアス。
さらに口元にも銀色のピアス。
制服は豪快に着崩している。
一言で言えば。
陽キャ。
レンとは住む世界が違いそうなタイプだった。
男子はニッと笑う。
「お前が大神レン?」
「えっ」
「噂で聞いてる!」
近い。
距離が近い。
初対面でそんな距離詰めるやついる?
レンが戸惑う間にも、男子は勝手に隣へ並んでいた。
「俺、モズ・スターリング!」
満面の笑み。
「よろしくな!モズって呼んで!」
「ど、どうも……」
「いやー!マジで来たんだな!」
「……何が?」
モズは目を丸くする。
「いや、お前だよ!」
当たり前のように言った。
「魔力反応ゼロで面接官全員黙らせた大神レン!」
レンは天を仰ぎたくなった。
(終わった)
完全に変な方向へ話が膨らんでいる。
モズはぐいっと顔を近付ける。
「なあなあ!」
「はい」
「どんな魔法使ったん?」
「えっ」
言えるわけがない。
十円玉を隠しました、なんて。
するとモズは勝手に納得したように頷いた。
「なるほど」
何も言ってない。
「秘密ってやつか!」
「……まあ」
「うわぁ!本物っぽ!!」
だから何が。
レンが困惑している間にもモズは止まらない。
「てかさ」
「うん」
「お前めっちゃ狼っぽいよな」
「え?」
モズが指差した。
レンの黒い癖毛。
ぴょこんと跳ねた寝癖。
「あと牙!」
「八重歯な」
「絶対獣系じゃん!」
「違う」
「神狼系?」
「違う」
「古代種?」
「違う」
「伝説級?」
「違う」
全部違う。
ただの人間だ。
だがモズは何故か一人で納得した。
「なるほどな~」
納得してないでほしい。
「よし決めた」
モズがビシッと指を突き付ける。
嫌な予感しかしない。
「お前、今日からワン公な!」
「は???」
突然だった。
あまりにも突然だった。
モズは腹を抱えて笑っている。
「いや似合うって!」
「似合わん」
「ワン公~」
「やめろ」
「ワン公」
「やめろって」
「ワン公」
「聞け」
受付係まで困惑していた。
だがモズは全く気にしていない。
ひとしきり笑った後、ふっと表情を緩めた。
「でもさ」
「?」
「安心したわ」
レンは首を傾げる。
モズは肩をすくめた。
「もっと怖い奴来るかと思ってたんだよ」
そして笑う。
「普通っぽいじゃん」
その言葉に、レンは少しだけ目を丸くした。
この大学に来てから初めてだった。
化け物扱いも。
伝説扱いも。
神獣扱いもされず。
普通に話しかけてくれた相手は。
その時。
受付係が書類を見て固まった。
「……え?」
「?」
「モズ・スターリング様と大神レン様……」
嫌な予感がした。
「同室です」
数秒の沈黙。
モズが飛び上がった。
「マジ!?」
レンも固まる。
「えっ」
「うおおおおお!!当たり部屋じゃん!!」
満面の笑みで喜ぶモズ。
対してレンは。
(終わったかもしれん)
入学初日にして将来への不安が急上昇した。
そんな”ワン公”こと大神レンの、新たな学生生活が今始まろうとしていたーー。
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