観測者
魔力測定テストから数日。
レンの大学生活は。
思っていたより順調だった。
「ワン公ー!」
「その呼び方やめろ」
モズと騒ぎ。
ノンに笑われ。
最近ではネフィラまで加わった。
気付けば。
一人だったはずの大学生活は。
ずいぶん賑やかになっていた。
だけど。
だからこそ。
問題も増えた。
「……そろそろヤバいよな」
放課後。
誰もいない廊下。
レンは一人ため息をついた。
今までは誤魔化せた。
手品。
ハッタリ。
偶然。
運。
全部使って。
何とか。
本当に何とか。
乗り切ってきた。
でも。
友達と過ごす時間が増えるほど。
魔法を使う場面も増える。
いつか。
必ずバレる。
「……どうすっかな」
そう呟いた時だった。
コツ。
静かな足音。
「――随分、悩んでいるようですね」
「っ!?」
レンは反射的に振り返った。
白衣。
白髪。
黒縁メガネ。
目の下に深いクマ。
忘れるわけがない。
夜の月詠で会った男。
「あ……」
「あの時の……」
男は静かに微笑む。
「正式な挨拶はまだでしたね」
懐から一枚。
名刺を取り出す。
丁寧な動作。
それなのに。
なぜか怖い。
「クロード・ヴェイン」
「月詠魔法大学、魔法研究棟」
「研究員長を務めています」
レンの視線が止まる。
研究員長。
(研究……?)
嫌な響きだった。
クロードは続ける。
「大神レン君」
「……はい」
「興味深い結果でした」
スッ。
差し出された紙。
レンの魔力測定結果。
大神レン
50m走:2.42秒
立ち幅跳び:2.84m
ボール投げ:測定不能
上体起こし:測定不能
反復横跳び:測定不能
「…………」
レンは黙る。
クロードは紙を見つめたまま言う。
「異常です」
静かな声。
「ですが」
「あなた自身から感じる魔力は」
間。
「ほぼ無い」
空気が止まった。
レンの表情が消える。
「……何言って」
「魔法が使えませんね?」
直球。
「っ……」
心臓が跳ねる。
いつものように。
言い訳しようとした。
でも。
無理だった。
本能で分かった。
この人には通じない。
クロードはレンを見る。
観察するように。
感情のない目。
「魔力核が存在しない」
「魔法を生み出す器官そのものがない」
一歩。
近付く。
「なのに」
「なぜ魔法大学にいるのです?」
レンは無意識に一歩下がった。
(バレてる)
完全に。
「あなたは一体――」
その時。
「クロード研究員長!」
遠くから声。
別の研究員だった。
「例の資料確認をお願いします!」
クロードはゆっくり振り返る。
「……分かりました」
そして。
もう一度レンを見る。
「続きはまた」
「聞かせてもらいます」
そう言い残して。
歩いていった。
残されたレン。
動けなかった。
数秒。
ようやく。
「……やばい」
声が震える。
今までとは違う。
先生に怒られるとか。
退学になるとか。
そんな話じゃない。
研究員。
魔力核。
観察。
「……俺」
「もしかして結構まずい?」
背筋が冷えた。
逃げるように。
その場を離れる。
そして。
向かった場所は。
ひとつだった。
◇
「ノン」
呼ばれたノンが振り向く。
「ん〜?」
いつもの笑顔。
「どうしたのぉ?」
でも。
すぐ気付く。
レンが。
いつものレンじゃない。
ふざけてない。
誤魔化してない。
本気で困っている顔。
「……お願いがある」
ノンは静かにレンを見る。
いつもなら。
面白そうに笑う。
魔法なしで何とかするレンを見るのが好きだったから。
でも。
今日は違った。
「……そっかぁ」
ノンは優しく目を細める。
「困ってるんだねぇ」
レンは小さく頷く。
「俺に」
「魔法を教えてほしい」
少し沈黙。
そして。
ノンはふわっと笑った。
「いいよぉ」
「え?」
「手伝ってあげる」
レンを見る。
「でもねぇ」
「レンくん」
「たぶん普通の魔法の練習じゃ」
「意味ないと思うよぉ?」
「……え?」
ノンは気付いていた。
魔力がないレン。
でも。
ここまで来たレン。
必要なのは。
普通の魔法じゃない。
レンだけの戦い方。
ノンは笑う。
「じゃあ」
「ワン公くん専用の魔法探そっかぁ」
こうして。
大神レン。
初めて。
本当の意味で。
魔法と向き合うことになった。
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