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【勘違いコメディ】そのワン公、魔力ゼロにつき。  作者: 小春日和
第2章 ワン公、魔法を知る

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ネモフィラの花は揺れる

ネモフィラの花が咲く頃に


これは、一人の少女のお話。


少しだけ時間を遡る。


魔力測定テスト当日。


空はどこまでも青かった。


雲ひとつない快晴。


柔らかな春風が吹き抜け、校庭の木々を揺らしている。


絶好の測定日和。


多くの学生たちは朝から浮き足立っていた。


自分の実力を見せる日。


友達と競い合う日。


そんな期待に満ちた空気が、広いグラウンドを包んでいる。


だが。


ネフィラは少し憂鬱だった。


「……はぁ」


小さくため息を吐く。


人が多い。


騒がしい。


苦手だ。


楽しそうに笑う声。


大きな歓声。


友達同士の会話。


どれも嫌いではない。


嫌いではないのだが。


その輪の中へ入るのは苦手だった。


だから今日も。


少し離れた木陰にいた。


校庭の端。


大きな木の下。


人混みから少し離れた静かな場所。


ネフィラのお気に入りだった。


手には一冊の恋愛小説。


表紙には王子様と令嬢が描かれている。


少し前に図書館で借りたものだ。


ページを開く。


文字を追う。


物語の世界へ意識を沈める。


それだけで落ち着いた。


本の世界は好きだった。


登場人物たちは素直だ。


悩んで。


笑って。


泣いて。


誰かと話すよりも、本を読んでいる方がずっと楽だった。


だから今日も。


一人で過ごすつもりだった。


「なに読んでるのぉ?」


突然。


すぐ横から声がした。


「ひゃっ!?」


ネフィラは肩を跳ねさせる。


心臓が飛び出るかと思った。


慌てて振り向く。


そこには。


ふわふわした薄桃色の髪。


新緑のような優しい瞳。


白羽ノンが立っていた。


「お、おどかさないでくださいまし!」


「ごめんねぇ〜」


全く悪びれていない。


むしろ楽しそうだった。


ノンはひょいっと本の表紙を覗き込む。


「あ、恋愛小説だぁ」


「っ」


ネフィラの頬が少し熱くなる。


「べ、別に変なものではありませんわ」


「うん〜」


ノンはにこにこしている。


何を言っても否定される気がしない。


不思議な人だった。


するとノンは突然手を差し出した。


「ネフィラちゃんも一緒に行こぉ?」


「え?」


「みんなあっちにいるよぉ〜」


示された先を見る。


たくさんの学生たち。


正直。


行きたくなかった。


知らない人が多い。


何を話せばいいのか分からない。


けれど。


ノンの笑顔は不思議だった。


押し付けない。


無理強いもしない。


ただ一緒に行こうと誘ってくれる。


その優しさに負けた。


「……少しだけですわよ」


「やったぁ〜」


ノンが嬉しそうに笑った。


その笑顔を見ていると、断れないなと思った。


こうしてネフィラは、半ば引っ張られるように皆のいる場所へ向かった。


そして。


その日。


ネフィラが最初に驚いたのは。


ノンだった。


立ち幅跳び。


ボール投げ。


その他の種目。


どれを見ても規格外。


魔法の流れが綺麗だった。


無理がない。


力任せでもない。


まるで呼吸をするように自然だった。


当たり前のように。


軽々と。


常識を超えていく。


「……すごい」


思わず声が漏れた。


ネフィラ自身も魔法は使える。


だが。


浄化魔法。


補助魔法。


治癒魔法。


誰かを支えるための魔法ばかり。


人を助ける魔法は好きだった。


誇りもある。


けれど。


派手ではない。


歓声が上がることもない。


だからこそ。


ノンの才能は眩しかった。


少しだけ。


羨ましかった。


そして。


事件は起きた。


立ち幅跳び。


レンが飛んだ。


そしてそのまま。


…地面に埋まった。


「いっっっってぇぇぇぇ!?」


「……?」


「……??」


「……???」


誰も理解できなかった。


ネフィラも周囲の学生たちと一緒に固まっていた。


何をどうしたら立ち幅跳びで埋まるのか。


意味が分からない。


その時だった。


モズが飛んだ。


空中に展開される橙色の魔法陣。


鮮やかな二段跳び。


速い。


綺麗。


迷いがない。


思わず見惚れた。


そして。


「おーい!手上げろ!」


穴の中へ叫ぶ。


レンは言われるまま両手を上げた。


次の瞬間。


モズがその手を掴む。


グイッ。


砂が舞う。


空中で一回転。


歓声が上がる。


そして。


着地。


モズの腕の中には。


レン。


お姫様抱っこだった。


ネフィラ。


「…………」


心臓が跳ねた。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


うるさい。


胸の奥がうるさい。


なんで。


なんでこんなに。


心臓が鳴るのだろう。


「な、何ですのあれ……」


頬が熱い。


顔も熱い。


レンは必死に暴れている。


モズは笑っている。


周囲も笑っている。


ただそれだけの光景。


なのに。


なぜか。


目が離せなかった。


ネフィラは慌てて首を振る。


違う。


違う。


きっと。


賑やかで。


楽しそうで。


少し羨ましかっただけ。


そう。


それだけ。


それだけのはずだった。


だが。


その後も。


レンとモズは目立った。


会話をしていても。


言い合いをしていても。


なぜか楽しそうだった。


そこへノンが混ざる。


三人が並ぶ。


笑い声が響く。


その輪の中だけ。


どこか空気が違った。


温かかった。


気付けば。


ネフィラは三人を目で追っていた。


測定が終わってからも。


翌日も。


その次の日も。


校舎の廊下。


図書館の近く。


食堂。


中庭。


見つける度に。


つい視線が向いてしまう。


そして。


気付けば。


少し後ろを歩いていた。


さらに気付けば。


物陰に隠れていた。


そして。


気付けば。


尾行していた。


「……」


ネフィラは頭を抱えた。


何をしているのだろう。


本当に。


何をしているのだろう。


恋愛小説の主人公でもあるまいし。


なのに。


気になった。


賑やかな三人が。


楽しそうな三人が。


少しだけ。


羨ましかった。


だから。


もう少しだけ見ていたかった。


そう思っていた矢先。


見つかった。


壁の影から覗いていたところを。


レンとモズに。


完全に。


「いるな」


「いるな」


あの瞬間は本当に終わったと思った。


穴があったら入りたかった。


できればそのまま埋まりたかった。


だが。


三人は違った。


変な目で見なかった。


怒らなかった。


笑い飛ばして。


普通に話しかけてくれた。


モズは笑った。


レンは困った顔をした。


ノンは楽しそうだった。


ネフィラは思う。


胸の奥で。


小さく。


誰にも聞こえないように。


そっと願う。


――この人達と。


もっと話してみたい。


――この人達と。


仲良くなれたらいいのに。


ネモフィラの花のように淡く芽吹いていた。

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