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【勘違いコメディ】そのワン公、魔力ゼロにつき。  作者: 小春日和
第2章 ワン公、魔法を知る

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可憐なる追跡者

魔力測定テストが終わって数日。


月詠魔法大学は、今日も平和だった。


少なくとも表面上は。


昼休み終わりの中庭には、のんびりとした空気が流れていた。


青白い花を咲かせた魔法樹が風に揺れ、校舎の壁には淡い光を帯びた蔦が絡んでいる。


遠くでは、生徒たちが浮遊魔法で移動していたり、小さな精霊を肩に乗せて談笑していたりする。


レンも、最初の頃に比べれば少しはこの光景に慣れてきた。


……慣れてきたはずだった。


「ほれ、エネルギーチャージ」


隣から、モズが何かを差し出してくる。


「ん?」


レンが振り向いた次の瞬間。


グイッ。


でかい骨型クッキーを、口に突っ込まれた。


「むごっ!?」


レンは目を見開く。


口いっぱいに広がる甘い匂い。


サクサクした食感。


そして圧倒的な骨感。


いや、味は普通に美味しい。


だが問題はそこではない。


「なにすんだ!?」


慌ててクッキーを引っこ抜く。


モズは腹を抱えて笑っていた。


「ワッハハハ!!」


「疲れてそうだったから!」


「だからって口に突っ込むな!!」


レンは骨型クッキーを片手に叫ぶ。


完全に犬のおやつを与えられた気分だった。


その様子を見ていたノンが、くすくす笑う。


「またやってるよぉ〜」


「笑い事じゃねぇんだけど」


レンはむすっとした顔でクッキーを見る。


妙に形がリアルなのが腹立たしい。


「なんでこいつ毎回犬扱いしてくるんだよ……」


「だってワン公だし」


モズは悪びれもせず言った。


「違うんだよなぁ!!」


いつもの光景。


いつものやり取り。


モズがちょっかいをかけて、レンがツッコむ。


ノンが横で笑う。


気付けば、そんな時間が当たり前になりつつあった。


だが最近。


レンは、妙な違和感を覚えていた。


「なぁ」


「ん?」


モズが振り向く。


レンは少し声を潜めた。


「なんか最近」


「うん」


「見られてねぇ?」


モズの動きが止まる。


「は?」


「視線」


レンは辺りを見回した。


「なんか感じる」


そう。


ここ数日、ずっとだった。


授業中。


廊下。


食堂。


中庭。


ふとした瞬間に、誰かの視線を感じる。


気のせいだと思おうとした。


だが気のせいにしては、回数が多すぎる。


モズも真顔になり、周囲を見回した。


「あー……」


「実は俺も思ってた」


「だよな?」


レンは小さく頷く。


以前、クロードから感じた視線とは違う。


あの時の視線は冷たかった。


鋭くて、観察するようで、値踏みされているような目だった。


だが今の視線は違う。


どこか甘い。


ふわふわしているようで。


なのに、妙に背筋がぞわっとする。


なんとも言えない怖さがある。


「なんなんだ、あれ」


レンが眉をひそめる。


すると。


「ふふっ」


ノンだけが、なぜか楽しそうに笑っていた。


「?」


レンとモズが同時にノンを見る。


ノンは何も言わず、にこにことしている。


その時だった。


ガサッ。


校舎の壁の向こうで、何かが動いた。


レンとモズは同時に振り向く。


シーン……。


風が花を揺らす音だけがした。


だが。


壁の影から、水色の髪がちょこんと見えていた。


本人は隠れているつもりなのだろう。


だが、全然隠れられていない。


むしろ、かなり目立っている。


レンは小声で言った。


「いるな」


モズも頷く。


「いるな」


シーン……。


数秒の沈黙。


そして。


壁の向こうから。


そぉぉぉ……。


ゆっくりと、一人の女の子が姿を現した。


淡い水色のストレートボブ。


毛先に向かうほど白く透けるような髪色は、まるでネモフィラの花びらのようだった。


白と青を基調とした上品な洋服。


胸元には青いリボン。


髪には小さなネモフィラの髪飾り。


透き通るような水色の瞳。


整った顔立ち。


少し吊り気味の目元は、気が強そうで、どこか人形めいた美しさがあった。


絵本に出てくるお嬢様。


誰が見ても、そう思うだろう。


だが。


今は。


顔が真っ赤だった。


それはもう、見事なほどに。


耳まで赤い。


「顔赤くね?」


レンが思わず呟く。


「赤いな」


モズも真顔で頷く。


「っ!!」


女の子はさらに赤くなった。


「ネフィラちゃぁ〜ん」


ノンがひらひらと手を振る。


レンは首を傾げた。


「知り合い?」


「うん〜」


ノンはふわっと笑う。


「お友達〜」


「へぇ」


レンは改めて女の子を見る。


ネフィラと呼ばれた少女は、ぎゅっと両手を握りしめていた。


そして、精一杯胸を張る。


「べ、別に!」


声が少し裏返った。


「騒がしかったから気になっただけですの!!」


言い切った。


だが、声は震えている。


目も泳いでいる。


全然説得力がない。


「……そうか」


レンは若干引き気味に頷いた。


だがモズは違った。


「そっか!」


ニカッと笑う。


「ごめんな!」


「えっ」


ネフィラが固まる。


モズは頭の後ろで手を組みながら、ケラケラ笑った。


「俺ら騒がしいもんなー!」


「あ、いえ……」


「これからは少し気をつけるわ!」


「そ、そうですの……」


あまりに素直に謝られて、ネフィラは逆に困ったようだった。


頬を赤くしたまま、視線を下げる。


そして小さく思う。


優しいですわ……。


その直後。


チラッ。


ネフィラの視線がレンへ向いた。


レンと目が合う。


「?」


「っ!?」


ネフィラは即座に逸らした。


顔がさらに赤くなる。


レンは困惑した。


「なんなんだ?」


モズは腕を組み、真剣な顔をする。


「人見知りじゃね?」


「ち、違いますわ!!」


ネフィラが反射的に叫ぶ。


レンとモズは同時に言った。


「「違うんだ」」


「~~~~っ!!」


ネフィラは言葉にならない声を漏らし、ぷるぷる震えた。


その頃。


ノンだけが、全部分かっていた。


あの日。


立ち幅跳び。


モズの声。


『おーい!手上げろ!』


レンの困惑した顔。


『えっ!?』


そして、ぐいっと引き寄せられた次の瞬間。


空中一回転。


からの。


お姫様抱っこ。


ネフィラは、あの光景を見ていた。


しっかりと。ばっちりと。


そして。


「…………」


あの日、ネフィラの中で何かが変わった。


自分でも認めたくない。


認めたくないのに、目が追ってしまう。


騒がしい声が聞こえると、つい探してしまう。


目が合うとなぜか視線を逸らしてしまう。


理由なんて分からない。


分からないが。


気になる。


とても。


ものすごく。


気になる。


ノンはにこにことネフィラを見つめた。


「ふふっ」


ネフィラはびくりと肩を揺らす。


「な、なんですの?」


「別にぃ〜?」


ノンは楽しそうに首を傾げる。


その笑顔が怖い。


ネフィラは嫌な予感を覚えた。


ノンはゆっくり口を開く。


「ネフィラちゃんって〜」


間。


「立ち幅跳びの日からだよねぇ?」


「っ!!!!!!」


ネフィラは固まった。


完全に。


石像みたいに。


レンは首を傾げる。


「?」


モズも不思議そうな顔をした。


「何の話?」


「なっ!?」


ネフィラは慌てて両手を振る。


「なななな何でもありませんわ!!」


声が裏返っている。


動揺が隠せていない。


口が裂けても言えない。


『お姫様抱っこを見て気になりました』


なんて。


絶対に。


絶対に言えない。


ノンは、そんなネフィラを見て楽しそうに笑った。


全部。最初から全部。


見抜いていた。


挿絵(By みてみん)

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