焦る気持ち
実践授業が終わったあと。
レンは一人、
校舎裏のベンチで頭を抱えていた。
「……やばい」
本気で。
やばい。
周囲の学生たちは、
普通に魔法を使っていた。
小さな炎。
浮遊。
水球。
それが“普通”。
でも。
モズとノンは、
さらに別格だった。
モズの高速詠唱。
ノンの無詠唱魔法。
あんなの見せられて。
思ってしまった。
「……かっこよかったな」
同時に。
怖くなった。
このままだと。
本当に自分だけ、
置いていかれる。
今は誤魔化せてる。
手品で。
勘違いで。
運良く。
でも。
いつまでも通用するわけじゃない。
もし。
基礎すらできてないとバレたら。
退学になるんじゃないか。
せっかく。
やっと。
夢だった大学生活を送れてるのに。
友達ができて。
笑って。
飯食って。
居場所ができ始めてるのに。
「……手放したくねぇ」
レンはぎゅっと拳を握った。
その日の夜。
寮。
特別編入生区画。
同室のモズは、
ベッドへ寝転がりながら本を顔に乗せていた。
完全にだらけてる。
レンが部屋へ戻ると、
モズは本をずらして片目だけ向けてくる。
「お、ワン公おかえり」
レンは少し迷って。
でも。
モズの前へ立つ。
「……魔法教えてほしい」
モズ:
「おっ」
レンは真剣だった。
「基礎から」
「マジで何も分かってねぇんだ」
「このままだとやばい」
「退学とか……」
そこまで言って、
レンは唇を噛んだ。
モズは数秒、
ぽかんとしていた。
そして。
ニヒーッと笑う。
「なんだよ〜」
「実践授業の俺の魔術、
見惚れちゃったかぁ?」
「そういうのいいから!」
「ははっ!」
モズはケラケラ笑う。
でも。
途中で気づく。
レンが、
全然笑ってない。
本気で焦ってる顔。
その瞬間。
モズの表情が少し変わった。
軽い空気が、
少しだけ引く。
「……ワン公」
「ん?」
「お前、マジなんだな」
レンは小さく頷いた。
「……せっかくここまで来れたんだ」
「ちゃんとやりたい」
「置いてかれたくない」
静かな声だった。
でも。
本音だった。
モズはしばらくレンを見ていた。
それから。
ふっと笑う。
今度は、
茶化す感じじゃなく。
少しだけ優しい笑い方。
「そっか」
そして。
ガバッと起き上がる。
「よし!」
「え」
「相手が真剣なら、
こっちも真剣に教え込むぞ」
レンは少し目を見開いた。
モズは机の上を片付け始める。
散らかりすぎ。
教科書。
紙。
食べかけのお菓子。
謎の魔法陣メモ。
そして。
キラキラにデコられた入れ歯。
レン:
「待て」
モズ:
「ん?」
「なんだそれ」
モズは普通に入れ歯を持ち上げた。
「あー、これ?」
「これ、じゃねぇよ」
よく見ると。
ラインストーンでデコられてる。
無駄にキラキラ。
なんなら星型シールまで貼ってある。
レン:
「なんでデコられてんだよ」
「この間店で話してたばぁちゃんがくれた」
「なんで?????」
意味が分からない。
モズはケロッとしている。
「なんか気に入られて」
「いや普通若者に入れ歯あげる!?」
「しかもデコ済み」
「それな」
「そこはツッコめよ!?」
レン大混乱。
モズは笑いながら、
その入れ歯を普通に棚へ置いた。
「まあ記念品みたいな?」
「記念品にするなそんなもん」
「ワン公細けぇな〜」
「細かくねぇよ!!」
二人で笑う。
なんかもう。
こういう時間が、
普通に楽しかった。
モズは本棚から、
分厚い参考書を取り出した。
レンはそこで気づく。
「あ」
「ん?」
それ。
前に書店で。
“入学祝い”って言って、
モズが買ってくれた本と同じだった。
『はじめての基礎魔法理論』
モズは気づいてニヤッと笑う。
「これ、マジで初心者向けなんだよ」
「お前のために選んだからな〜」
「……ちゃんと考えて選んでたんだな」
「当たり前だろ?」
モズは少し得意げだった。
レンはなんだか、
また少し嬉しくなる。
モズは椅子へ座る。
「まず基礎な」
「あと、ワン公が基礎できてねぇのは」
モズはニヤッと笑う。
「ちゃんと秘密にしといてやる」
レン、
少しホッとする。
正直、
そこも怖かった。
周囲にバレたら。
絶対浮く。
モズは机へペンを置く。
「まず魔力とは何か!」
「お、おう!」
「……を説明する前に」
モズ、
じっとレンを見る。
「なんだよ」
「ワン公ってさ」
「ん?」
「ほんとに何も知らねぇんだな」
「悪かったな!」
「いや、なんか逆に新鮮」
モズは楽しそうに笑った。
そして。
指先を軽く上げる。
「魔法ってのはな」
「“流れ”なんだよ」
レン、
ピタッと止まる。
前にも聞いた。
「呼吸みたいなもん」
モズは軽く息を吸う。
すると。
指先へ、
小さな光が集まった。
暖かい、
金色の光。
「無理やり出すんじゃなくて」
「流す」
「巡らせる」
「言葉にすると難しいけどな」
レンは真剣に見つめる。
モズの指先。
魔力の動き。
綺麗だった。
「……すげぇな」
モズは少し照れ臭そうに鼻を擦る。
「へへ」
「まあ俺、
努力したし」
その言葉が。
レンの中に、
少し残った。
天才じゃない。
モズも。
ちゃんと積み重ねてきた。
だったら。
自分も。
もしかしたら。
「……俺もできるかな」
その小さな呟きに。
モズはニッと笑った。
「できるようにすんだよ」
そして。
モズはふと、
思い出したみたいに笑う。
「でもさ」
「ん?」
「お前の魔法も、
綺麗で好きだけどな!」
ニヒッ、
と白い歯を見せる。
レンの肩が、
ピクッと揺れた。
一瞬。
言葉に詰まる。
でも。
レンは少しだけ笑って。
「……はは、そだろ?」
そう返した。
黒い癖っ毛が、
ふわっと揺れる。
犬の耳みたいに。
今はまだ。
それは魔法じゃない。
ただの手品だ。
でも。
いつか。
心の底から。
そして堂々と。
“そうだろ?”
って言えるようになりたい。
レンは、
少しだけ強くそう思った。
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