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虚富  作者:


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第五話

前回のあらすじ

東山が脇腹を刺された事件を調べるため、泉たちは当時その記事を書いたという出版社を訪ねる。聞き取りの結果、「中年男性が犯人らしい」という、曖昧な手掛かりを得るにとどまった。

泉たちが聞き込みを終えて事務所に戻ると、尾崎たちが事務所にやってくる。彼らは「新たな発見」をしていた。山本洋治の家で見つかったパンフレットには、元妻の名前が記されていた。

彼らはその元妻が事件に深くかかわっていると考え、彼女の家を訪ねた。


誤字脱字等、ご容赦ください。

 岸本美代子の娘である田辺千里によれば、岸本は山本洋治と東山翔太に対して明確な殺意を抱いていたという。


「……問題なのは、岸本がそれを行動に移したかどうか、ってところだが……」


「有村さんの話だと、岸本は全く外出しないようですね。最後に出かけたのも覚えていないほど前だとか」


「まあ、娘の結婚相手に慰謝料立て替えてもらっておきながら、その金を返そうともしないで外で遊び歩くなんてことはさすがにできないんだろう」


 尾崎はどうやら岸本が犯人ではないかと疑っていたらしい。確かに、山本と東山の両名を殺す動機ならば彼女にはあるが、川内との関係については、証言を得ることはできなかった。


「……それにしても、東山の野郎もずいぶんとあくどいことをやってるんだな。まさか自分を信じている奴に無名の銘柄を買わせるとは」


「まあ、結局投資家なんてその程度の存在ということだ。人を騙すことでしか私腹を肥やせない、卑怯で陰湿で小汚い奴らだ。……東山は、岸本が離婚したことを知っていたんだよな」


 助手席に座る尾崎の言葉に、泉はため息交じりに返す。「前々から分かりきっていたことじゃないか」とでも言いたげではあったが、今は投資家の悪口を言っている場合ではないと分かっているのだろう。悪口もそこそこに、彼が自分が気になっていたことを口にした。


「確か、岸本も参加費五十万もする対談に参加していたって話してたな。……その時に、慰謝料のアテにしたかただの愚痴相手にしたかは知らないが、東山に離婚したことを話してたらしいが。……それがどうかしたか?」


「そして奴は、岸本のことを『金にならない客』と罵倒した……。山本洋治はそれが原因で殺されたのではないか、とな」


「どういうことだ?」


「……東山の目的は、顧客を騙すことによる金稼ぎ。だが、山本洋治はそれに気づいた。そして、自分の妻である岸本を東山から引きはがそうとした。……しかし、円満に終わるわけにも行かずに離婚。岸本はその後の対談で東山に離婚した旨についてを話した。……東山からしてみれば、山本洋治はカモを奪い取った本人になる」


「だから、山本を殺した……。筋は通っていそうだが、問題は東山のアリバイだな。それに、物的な証拠も何一つとしてない。……これじゃ空想と変わらないな」


 尾崎は右手を顎に添えながらそう言った。捜査が迷走している今、泉の推理が頼りではあるが、まだまだ情報は足りていない。……となれば、やはり聞き込みは必須である。だが、聞き込みの対象となりそうな者も思いつかない。


「……どうしましょうか。東山に当たってみます?」


「いや、今日はもう遅い。それに、あいつは今風邪をひいてるんだろう?さっきだって聴取を拒否されたしな。今向かったところでまた門前払いを喰らうだけだ」


「それはそうですが、このままでは捜査の進展が怪しいですよ」


「だからと言って特段できることもねえ。……このままうろうろ歩き回るよりは、帰って寝た方が有意義だろうよ」


 尾崎の言葉に反論することもできず、今日はこのまま事務所に帰ることになった。泉は尾崎との別れ際に何か話していたようだが、私はそれに聞き耳を立てるよりも早く事務所のドアを開けていた。今さら踵を返すのも怪しまれるだろう。




 翌日。今までは尾崎からの着信で目を覚ましていた我々だったが、今日はドアベルの音で目を覚ますことになった。もしや営業開始時間まで寝過ごしたかと枕元の時計を見ると、時刻は午前八時半だった。


「……誰だ?何かの配達か?」


 私はベッドから空きあがりながら呟く。配達を頼んだ覚えもなく、泉が何かを頼んだという話も聞いていない。その上、まだ営業開始の時間ではない。寝室から事務所に出ると、すでに泉が起きていた。彼はこのタイミングで客が来るのを知っていたのか、さも当たり前であるかのようにその場に仁王立ちしていた。


「おはよう、羽田君。……寝癖を直してくるんだ。俺は来客の対応をしよう」


「おはようございます。……お願いします」


 私は洗面所に向かい、寝癖を整え顔を洗う。そうしているうちに事務所に来客が訪れたようだ。どうやらその人物は男性らしく、「お前は人使いが荒い」と聞き覚えのある声で苦言を呈していた。まさかと思い顔を出すと、やはり尾崎がそこにいた。彼はこちらを見つけ「おはよう」とあいさつをしてくる。


「おはようございます。……どうしたんですか、こんな朝早くから」


「昨日、泉から頼まれた調べ物があってな。大体まとまったから持ってきた。……昨日の今日で面倒事押し付けやがって」


「……東山のブログを閲覧するには金がかかる。ならば、すでに閲覧料を支払っているお前に任せるのが道理だろう。……それに、今日中に来るとは予想していたが、こんな朝早くに来るとはな」


「早寝早起きってのは大事だぞ、と思ってな。……羽田だったか。お前も座れ。泉の助手としてお前も話を聞いとけ」


「……わ、わかりました」


 言われるがまま、私は尾崎の向かいにあるソファへと腰を下ろす。泉は一人掛け用のソファに腰を下ろし、「さあ、話してくれ」と尾崎を急かした。


「お前が調べてこいって言ったんだろうが。……まあいいか。羽田にもわかるように説明しておくが、昨日泉が俺に頼んだのは、『東山が行っている講演会の間隔』だ。すでに疑問に感じているだろうが、あいつの講演会の回数は尋常じゃない」


 確かに尾崎の言うとおりだ。川内が泉にストーカーの相談をしに来た日にも、その二日後にも、さらにその二日後にも行われている。参加を望む者からすれば、「必ず儲かる」と謳われた情報は何が何でも手に入れたいものであるはずだ。ただ、それは東山にとってはどうだろうか。それほどまでに望まれる情報ならば、数を絞り条件を厳しくすることで、より効率的に稼ぐことができるのではないか。少なくとも、週に三回以上も講演会などという労力が必要なことをやる必要はない。……しかし、その疑問について東山は答えを言っていた。


「しかし、彼は確か『自分の持つ情報を欲しがる人のために講演会をしている』と。そうですよね、泉先生」


「……ああ。だが、それが本心かどうかはわからないがな」


「そこはうそ発見器でも使わない限りわからないだろうな。……とにかく、本題は東山の講演会の回数だ。……少なくとも、週に二回。多いときは週に三回のようだな。……とはいっても、ずっとこんなスケジュールという訳ではないようだ。講演会を始めたのは一昨年かららしくてな。その時は月に二回程度だったようだ。回数が増えたのは、去年の五月頃のようだった」


「……去年の五月というと、東山が誰かに襲われた時期じゃないですか?脇腹を刺されたという……」


「ああ、そうだな。……これは奴自身のブログで触れられていた。要するに、『事件に巻き込まれて知名度が上がった今が稼ぎ時』だとよ。たくましいというかなんというか」


「金に取り憑かれた人間らしい思考だな」


 多少は言葉を取り繕うような尾崎の物言いに対し、泉は彼個人への感情を隠そうともしない。……結果として命に別状がなかったとはいえ、命の危機にさらされた後にもまだ講演会を続ける胆力は、たくましさ以上の何かを感じられる。


「まあ、あの事件以降SPも雇っているようだし、自分でできる対処というものはすでにしているんだろう。……お前に頼まれて調べられたのはこれぐらいだな。どうだ、満足したか?」


「ああ、ご苦労様だな」


 尾崎は泉の上から目線のような物言いに何か言いたげではあったが、ここで言い合いをする気はなかったようで「はいはい」と適当にいなした。彼はまだ何か話すことがあったのか、「そう言えば」と話題を変えようとする。


「明日、またやるらしい」


「またって、講演会ですか?」


「ああ。……正直、馬鹿みたいだとは思うんだがな。あんなもんにどれだけ必死になるんだか」


「……昨日会おうとしたときは風邪気味だったが、もう体調が良くなったのか」


 体調が良くなったのか、それとも講演会のためだけに無理をしているのか。どちらなのかはわからないが、私はそれよりも気になることがあった。


「その、今日はどうするんですか?」


「ん?どうする、とは?」


「事件のことを調べるのなら、渦中の人物らしい東山さんに詰め寄るのが一番いいでしょう。でも、今日は会えないじゃないですか。なら、代わりに何を調べるのかな、と」


 自分たちの手が届くところで事件が起きている。捜査する力もある。ならば、動かなければならないのではないか。そんな義務感に背中を押されている。……泉は私が抱いている気持ちを汲んだのか、「それなら」と言ってソファから立ち上がった。


「尾崎、山本の家の場所を教えてくれ。今から俺たちで目を通してくる」


「はあ?あそこはすでに俺の仲間が調べ終わってる。今さらお前たちが見たところで何もねえよ。そもそもお前ら素人だろ?見てどうすんだ」


「……素人には素人なりの視点というものがある。……それに、羽田君は何かしていないと気が済まないようなのでな。こちらを助けると思ってくれないか?」


「チッ。わかったよしょうがねえな。最初に協力してほしいって頼んだのも俺だしな。……場所はメッセージで送る。俺は先に帰るぜ」


「……何か仕事でも残して来たのか?」


「当たり前だろ。俺は忙しいんだ。通常の業務に加えて、人使いの荒い友人を持っちまったからな」


 尾崎はそう言い残して別れも言わずに事務所から出て行った。その背中を見届けた泉は、私に視線を向けると「さあ、準備をしよう」と言った。




 一時間後。私が車を運転し、目的地である山本洋治の家へとたどり着いた。周りに警官などの姿は見えなかったが、玄関前にはまだ規制線が張られたままだった。戸締りもされていないようで、引き戸は簡単に開いた。私たちは規制線をくぐって家の中へと足を踏み入れた。


「……ちょっと古いですけど、かなり広いですね」


 山本が住んでいた家は、私の想像以上の広さをしていた。玄関からまっすぐ続く廊下にはいくつか引き戸がついており、開ける度に生活感があふれた部屋が私たちを出迎える。


「山本はこの家で一人暮らしをしていたのか。……少し広すぎる気もするな」


「そうですね。それに、二階もあるんですよね。さすがに持て余すのでは……」


「……寝室も一階にあるようだが、二階は何に使っているんだ?」


 一階に一通り目を通した私たちは、わずかに軋む階段を上って二階へと向かった。二階は一階のおよそ半分ほどの広さしかなかった。廊下の突き当りにつけられた窓からは家の屋根が見える。


「二階は部屋が二つだけか。……ベッド?」


 泉が二階にある部屋の内、一つのドアを開ける。その先には寝室が広がっていた。部屋の中央にはダブルベッド、隅には小さなクローゼットに収納がついた箪笥がある。


「岸本と離婚した後、この部屋は使わないようにしていたんでしょうか」


「……おそらくそうだろうな。……女物の服だ。いらないと判断して置いて行ったんだろう」


 泉はためらいなくクローゼットを開け、中を改める。中には無数のハンガーと、わずかに衣服が残されているだけだった。彼はさらに下部の引き出しにも手をかける。


「こっちは空か。一体何が入っていたのやら」


「普通に考えるならネックレスなどのアクセサリーでしょうか。小物は全部持っていったようですね」


 泉は引き出しを少し乱暴に閉めた。碌な収穫がないことに対する苛立ちだろうか。彼はそのまま部屋を出て、隣にあるもう一つの部屋のドアに手をかけた。


「……がらんどう、だな」


 だが、もう片方の部屋は家具どころかカーテンすらもなかった。広さは先ほどの寝室と同じぐらいである。


「……画鋲の跡があるな。ポスターでも貼っていたか」


「山本と岸本の間には娘さんがいましたし、彼女の部屋だったのでは?独り立ちした際に綺麗にして、それ以降そのままということも……」


「まあ、そんなところだろう。……やはり、持て余していたんだな」


 使われなくなった部屋を後にしながら、泉はそうつぶやいた。これで、山本洋治の家は大体調べ終わってしまった。尾崎の言ったとおり、これと言った発見はない。一階に戻り箪笥の中なども調べたが、結果に変わりはなかった。


「……やっぱり」


「どうした?」


「この家の中に、山本さんの通帳やハンコが一切ないんです。あるのはカードだけ。今時通帳を持たないなんて人いますかね」


 だが、一つだけ発見があった。通帳を見つけられないことが発見とは、なんとも紛らわしいことではあるが。私の報告を聞いた泉は、顎に手を添えて唸っていた。最近忙しいせいか、彼の顎髭は剃られていない。


「川内の方でもそうだったな。通帳類が消えていたが、他の貴重品類は残っている。……川内の時と同一犯と考える方が自然か。尾崎からこんな話を聞いた覚えはないな」


「……なぜ、通帳類だけ盗っていくのでしょうか。貴重品でも換金すればそれなりの額になるはずでは……」


「換金することで足がつくのを恐れているのか、物を運ぶ行為を面倒くさがったか」


 泉はそう言い切ると、ズボンのポケットからスマホを取り出して電話をかけ始めた。少しのコール音の後、相手はすぐに電話に出た。


「尾崎。今大丈夫か?」


『どうした?まだ山本の家か?』


 電話の相手は尾崎のようだ。泉は尾崎からの問いに「ああ」と答え、山本の家から通帳類が消えていたことを伝える。電話先からは『そうなのか』と驚きに満ちた声が返ってきていた。


「やはり、知らなかったのか」


『……まあ、あの時は現場保存と指紋の採取だけしかしてなかったからな。目につくものしか調べてなかった。……悪く思わないでくれよ、俺たちだって忙しいんだ』


「言い訳を聞くために電話したわけじゃない。頼みがあるんだ。……盗まれた通帳の使用履歴を追いかけられないか?」


『……ああ、そのことか。そういや話してなかったな』


 電話口からカタカタとパソコンのキーボードを叩く音が聞こえる。それから少し経ち、尾崎が改めて口を開いた。


『通帳の追跡は川内が死んだ次の日から銀行に協力してもらっている。入金でも送金でも、何かしらで口座が使われたら連絡が来るようになっているんだがな。……今の今まで一度も動いていない』


「もう一週間近く経つのにか?」


『ああ。彼女の口座は彼女の死後、一瞬たりとも動いていない』


 つまり、川内を殺した犯人は、通帳とハンコを盗んでおきながら一度も使用していないということだ。通帳を盗むのなら金目当てであるはずなのだが、犯人は全く行動を起こしていない。これではまるで。


「通帳を集めることが目的、なのか……?」


『まさか、と言いたいが……。俺個人もそう考えている。捜査本部はまだ認めてくれないがな。……まあ、仮にそうだとして、何故という部分は全く説明できないからな』


 口座に預けられている金目当て以外で、人の通帳を盗む理由など何があるのだろうか。……いくら考えたところで思いつきそうもないが、これこそが事件の鍵なのではないだろうか。


『まあ、ひとまず山本の通帳の追跡もしてみるが……。それだけじゃ犯人にはたどりつけないだろうな』


「……構わん。今は少しでも情報が欲しい。……いや、今だけではなく前からずっとか」


『はは、そうだな。……他にも何か用事は?』


「いや、ひとまずは大丈夫だ。……そっちも忙しいだろうし、調べてほしいネタも思いつかん」


 電話先の尾崎は『そっか、それじゃまたな』と言って電話を切った。泉はスマホをポケットにしまい込み、「さて」とつぶやく。


「これからどうするか。羽田君は何か調べたいものでもあるか?」


「……いえ、これ以上は何も。……どうにも、通帳のことが気になるのですが」


「ここで話すのはよそう。本来立ち入ってはいけない場所なんだ、ここは」


 泉は玄関の扉を開け、外に出る。近くに停めていた車に乗り込み、シートベルトを締めた。


「帰りながら話すとするか」




「……死んだ人間の銀行口座は、原則凍結される。とはいっても、相続さえ完了させれば凍結された口座は復活するが」


 事務所までの車中、泉は前置きもなくそう言いだした。彼の言葉の端ははっきりしていない。何か引っかかることでもあるのだろう。


「川内の遺産を相続する者はいないようだ。その場合、彼女の遺産は最終的に国の物となる」


「……なら、通帳を盗んだ犯人にはそれほど時間は残されていないのでは?いつ口座が凍結するかは警察関係者でもない限りわからないはずですし、焦っているのでは……」


「さてな。……だが、素人でも予想はできるはずだ。口座の利用履歴で足がつくことぐらいは。……もし俺が犯人ならば、口座の凍結を防ぐだろうな。そうすれば、いつの日か監視の目はなくなる。なくならなかったとしても、盗みには時効がある」


「……時効は関係あるんですか?通帳を盗んだということは、川内さんや山本さんを殺したということでもあるはずです」


「確かに君の言うとおりではある。……被害者を殺害後、通帳類を盗んだ。それが流れだろう。……だが、ここには言い訳の余地が存在する。『殺したのは俺じゃない。俺が通帳を盗んだ時はまだ生きていた』。あるいは『盗みに入ったときにはすでに死んでいた』……。そう言われれば、引き下がるしかない」


「ですが、それを信じろと?」


「証拠がない。……尾崎も言っていたはずだ、『感情だけで人を犯罪者にできるのなら、この国は終わりだ』とな。誰かを犯罪者として扱うのなら、それなりの用意が必要になるのが当然というものだ。……話がそれたな」


 泉はわざとらしい咳を一つつき、話を通帳の謎へと引き戻した。彼はすでに、なぜ犯人が通帳を盗んだのか考えついているようである。


「話を戻そう。……口座の凍結を防ぐには相続が必要だが、山本の通帳に関してはアテがある」


「……岸本美代子、ですか」


 岸本美代子。かつて山本洋治の妻であったが、彼の財産を勝手に使い込んだことで離婚、今は娘の家の敷地で監視生活を送っている。……だが。


「二人はすでに離婚しているんですよ。書類上はもう他人で、相続権は失っているはずです」


 我が国の法律では、離婚した場合、元配偶者からの財産相続権を失う。いくら結婚していたという事実があっても、現在の状態が離婚状態であるのならばそれは変わらない。


「……だが、山本洋治の娘には相続権がある」


「それは関係あるのですか?相続権が普通に存在しているのなら、わざわざ岸本が盗みを働く理由など……」


「彼女の生活を思い出してみろ。あまりにも小さな小屋で監視されながら暮らす。離婚の原因から、金銭的な余裕も一切ないと言っていいだろう。……そんな生活を続けろと言われて、できるか?」


「……確かに、厳しいものがありますね」


「そうだ。……そこで彼女は考えた。どうにかして元夫の財産を自分の物にできないか、と。……銀行口座の相続には、口座番号の確認のため、通帳やカードなどが必要になる。だが、それらがすべて必要だという訳でもない。照合さえできればカードだけでもいいのだ。……つまり、通帳を自分の手元に置いておきながら娘に父親の口座を相続させるため、岸本は通帳を盗み出した」


「……一度相続が済んでしまえば、そこからいくら金銭が引き出されようとも不審なことではありませんね。そして岸本は、現在進行形で多額の金銭を必要としている。あの生活から抜け出すために」


「普通に相続させてしまえば、カード類や通帳類もすべて娘の手に渡る。そうなれば、岸本は山本の銀行口座に絶対にさわれない」


 泉の推理は筋が通っているように思える。不明だった通帳を盗む動機もはっきりしており、彼女自身も山本に対する殺意を隠さないでいた。……あとは証拠だけだが、彼女の小屋から山本の通帳が見つかれば確定だろう。ならば。


「今すぐ岸本さんの小屋を調べましょう。山本さんの通帳が見つかれば、事件解決ですよ。仮に殺していなかったとしても、窃盗や死体遺棄で捕らえることはできます」


「……川内と山本の事件はつながっているはずだ。犯行時期、通帳が盗まれたという共通点、そして東山という存在。……山本の方は間接的だがな。それらの要素を差し置いて、岸本が山本のみを殺害したとは考えづらい。……確かに彼女は山本への殺意を明らかにしていた。だが、それよりも前に川内は殺されている」


「しかし、二つの事件がつながっているという証拠もないじゃないですか。あるのは共通点だけ。……偶然の一致と言っても差し支えないはずです」


「……確かに、君の言うとおりだ。あるのは共通点だけ、それも状況証拠のみ。……だが、岸本の小屋を調べるのはまだだ」


「何故です?」


「……娘の言葉だ。監視している間、岸本は家の敷地から出た様子はないとな。……それでどうやって通帳を盗み出してくるんだ。仮に監視の目を盗んで敷地から出たとしても、いつ監視の目が自分に戻るかわからない。あれほどまでの仕打ちを受けているんだ、監視から抜け出したことが分かれば記録ぐらいはされるだろうさ」


 私はまだ食い下がろうとしたが、それよりも前に事務所についてしまった。泉は素早く車から降りると、事務所までの階段を早足で上がっていく。部屋に入ったかと思えば、彼は「疲れた」と言ってソファに寝転がり、すぐに寝息を立て始めた。




 事務所に戻ってからどれほど経っただろうか。泉は空腹で目を覚まし、冷蔵庫にしまっていたゼリーを食べ始めた頃だった。テーブルに置いていた彼のスマホが着信を知らせる。彼はスプーンを加えたまま、電話に出た。相手は尾崎だった。


『よう、さっきぶりだな。今暇か?』


「ああ。……犯人でもわかったか?」


『そんな訳ねえだろ。ほぼ手詰まりだよ。……で、協力してもらいたいことがある。つっても、そんな面倒なことじゃねえ。もう一回、川内と親しかった人たちから話を聞いてきてくれ。事件の影響で何か変わったことがあるかもしれねえし、ストーカーについて相談されたことを思い出しているかもしれねえ』


「それは別に構わないが……。なんだ、人手不足か」


『俺たちは山本の方を調べなきゃならねえ。会社の同僚、上司に部下。それに、取引先までな。どうしても人手が足りねえのよ』


「……わかった。請け負おう」


『助かる。……できるだけ早めに頼む。じゃあな』


 尾崎は仕事を頼んで電話を切った。泉は食べ終わったゼリーのカップをゴミ箱に放り込み、ソファから立ち上がる。


「行くぞ羽田君。仕事だ」




 尾崎の電話を受けてから事務所を飛び出し、三十分が経った。泉はカーナビを使うことなく、少し入り組んだ住宅街を車で走り抜けていく。前に見たような景色なのだが、はっきりとは思い出せない。……時刻は午後二時。昼食はすでに済ませている。


「……ここだったか」


 泉がそう言うと、車がゆっくりとスピードを落としていく。まだ買い手がついていない空き地の前に車を停め、彼は車から降りた。私もその後に続いて車から降りると、ようやく既視感の正体に気づく。


「この家は、確か青柳さんの……」


「覚えていたか。……行くぞ」


「あ、はい」


 泉が青柳家のインターホンを鳴らすと、青柳はすぐに応答した。私たちの顔を覚えていたのか、「あの時の」と少し驚いた反応をしているようだった。


『今日はどんなご用事で?』


「前に事情聴取をしたときからそれなりに時間が経ったが、何か思い出したことなどはないか聞きたくてな」


『……長くなりそうですね。すいません、少し待ってください』


 インターホンでの通話が切れると、家屋の中から誰かがスリッパをはいて歩き回るような音が近づいてくる。そして、ドアが開かれた。青柳は一週間前に会った時のまま、特に変わった様子はない。強いて言えば、わずかに目の下にクマが出来ていることぐらいだろうか。


「失礼します」


 私と尾崎は頭を下げ、玄関へと足を踏み入れる。彼女が出してくれたスリッパを履き、あの時の同じようにリビングに通された。普段彼女の家族と食事をしているであろうテーブルを、私と泉、そして青柳の三人で囲む。


「……それで、変わったこと、でしたよね」


 卓上に用意されていたティーポッドから紅茶を注いでもらい、口にする。彼女自身も紅茶に口をつけたのち、そう切り出した。


「ええ、生前の川内さんの話を聞いて、何か思い出したこととかはありませんか。例えば、彼女のストーカーだったり、とか……」


「……いえ、何も。彼女にストーカーの相談をされた後、何回か進展があったか尋ねてみたのですが、何もなかったので。それ以外も、特に何もないですね」


 やはりストーカーに関しては謎のままか。私がわずかに肩を落とすと、代わりに泉が口を開いた。


「……岸本美代子という名前に聞き覚えは?」


「先生、それは……」


 もはや博打と変わらない。そう咎めようとしたとき、青柳が反応を見せた。


「岸本、美代子……。もしかして、以前は山本美代子という名前だったのでは?」

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