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第一章  第七幕

■■  第七幕  氷炭相愛(ひょうたんそうあい)   ■■



 「塩と胡椒で充分です!素材の味を活かしてこそです!」街道外れの川沿いに、エリスの声が響く。シロッコも負けていない。「肉食の獣なんてクセーんだから、ニンニクとかバチクソぶち込んでナンボだろ!」さっきからずっとこの調子だ。


昼食のため街道から逸れて水場を探しているところに、狼の群れに囲まれた。襲い掛かってきた一匹は、いともたやすくマリオの剣に屠られた。敵わないと察したようで、他の狼たちはそそくさと逃げ出した。彼らの実力は、やはり確かなもののようだ。拓也たち三人だけでは、その窮地を脱することができたかも定かでない。こうして得られた肉を、エリスとシロッコが調理しているところだ。〇天堂コンビは、毛皮を剥いだり内臓を処理したりして残りの肉を捌いている。


「なあ、本当にアイツら連れて行くのか?」釈然としない顔で健太が言う。


「くどい。実際にアイツらの強さはさっき見ただろ?俺達より遥かに強い。それだけでも同行させる価値は充分だろ。」拓也は返す。


「そりゃ、お前は手首斬られたりしてないからそう言うけどさ…」やはり健太は納得がいっていないようで、不満を口にする。しかし、拓也にとっては過去の恨みよりもこの先の安全が重要だった。


「さっき狼に囲まれた時、アイツみたいに素早く反応できなかったろ?実際、あの三人に道を塞がれた時にも、咄嗟に剣を抜いて先制攻撃はできなかった。」拓也は言う。


「けど、それはお前も同じだろ?」と健太は反論する。


「お前と俺の武器じゃ、リーチが違いすぎる。距離がある時にはお前の剣の方が有利だ。」未だ実戦で碌に剣を抜けてもいない健太に、拓也は言う。「ワイバーンにしても大トカゲにしても、この世界のヤツラはやたら殺意が高い。そんなのが、そこらじゅうにうじゃうじゃしてるんだ。身を守る戦力は必要だ。まだ、今の俺達じゃあ対応しきれない。」


そんなやり取りをしているふたりのもとに、赤黒い塊を抱えたルイージがやって来る。


「へっへー、なかなかいい感じの肝臓(レバー)だぜ。肉はまだ硬いけどよ、こういう内臓(ホルモン)は鮮度がいいからこそだからな!」嬉々として見せに来たが、拓也や健太にとっては少々グロいものに感じられる。向こうでは、女性陣がまだギャンギャン言い合っている。




………


……





 奪われた短剣を差し出されたシロッコは、自分を見下ろしている拓也の目を睨みながら言った。「その剣を受け取ると同時に、お前を斬り殺すこともできるんだぞ。」


そんな脅しにも、拓也は動じなかった。心中に不安はあった。けれど、それを顔には出さなかった。こんなに上手いこと演じる才能があるのかと、自分でも正直驚いていた。しゃがんでシロッコと同じ高さの目線から言った。


「構わんよ。一度負けを認めておいて、そういう恥知らずなことするようなヤツなら、しょうがない。それを見抜けなかった俺に、見る目がなかっただけのことだ。まあ、同時にウチのエルフの魔法で骨も残らず消し飛ばされるけど、それでいいなら、だけどな。」


実際、シロッコにはもはや反撃の意志はなかった。舐められているのか、バカなのか?それを知りたかったのだ。胆力のある男、とわかった。それであれば、これ以上の抵抗も拒絶も必要なかろう。


「ああ、わかったよ、いいだろう。その提案を、受け入れよう。」短剣を受け取りながら、応えた。


「姐御!」「シロッコさん!」男達は反対の意を唱えようとしたが、シロッコはそれを許さなかった。


「異論は認めない。"虎穴虎子団"副首領のアタシが交わした取り決めだ。文句があるなら、剣を抜きな!」男達はその眼光に反抗する術を持たなかった。


「ちょ!コイツら、俺らを殺そうとしたんだぞ!?」健太は拓也に対して声を荒げる。


そんな健太に向かって、シロッコは言い放つ。「生きるために、殺す。何が悪い?」殺すことに躊躇を覚えないその眼に、健太は恐怖を感じながらも言い返す。「無駄に殺すことないだろ!?」


「姐御の苦労も知らずに、分かった風な口をきくな!」両者の間に割って入った髭ヅラのマリオは、姐御と慕う彼女の生い立ちを語った。




………


……





 元はヴィテーリ帝国正規兵の娘だった。けして裕福ではないが、両親と兄と4人でつましい暮らしを送ることはできていた。


地方の農村が壊滅的な被害を被った、との報がもたらされた。旅商人が語る現場の状況から、魔物の襲撃によるものと推測された。その討伐のために派遣された中隊に、父親は所属していた。現地に到着すると、惨憺たる光景が広がっていた。崩れた住居、踏み荒らされた畑、野犬か何かに食い荒らされた無数の遺体には既に蠅と蛆がたかっていた。中隊長は各小隊に対し、魔物の捜索を命じた。被害の規模から、一定数の魔物の群れと予想された。集団で通った痕跡が、周囲の森などに残っているだろう。痕跡を発見したら深追いせず報告し、態勢を整えてから討伐を実施するとの方針が示された。中隊長の判断は、合理的なものだった。これらの被害が希少な上位種であるたった一体のバフォメットによってもたらされたものであるなど、予測しろというほうが無理なのだ。


単独で行動しているため、その痕跡はほとんど見つからなかった。それ故、気づいた時にはあまりにも接近しすぎていた。森の中を捜索していた小隊のうちの3人は、即死だった。自らの死に気づいていなかったかもしれない。頭を吹き飛ばされた部下の血しぶきを浴びてようやく、自分たちが鍋の中の魚となっていることに小隊長は気付いた。とても一個中隊レベルで対応できるような相手ではない。中隊長のもとへ急行し直ちに本国への増援を要請せよ、部下に命じる。部下が逃げる時間を稼ぐため、小隊長はバフォメットに向き直る。その勇敢さなどお構いなしに、その体はふたつに引き裂かれる。


生きて逃げおおせた兵士からの報告を受け、中隊長は増援要請の遣いを出す。各小隊を集結させ、バフォメットの襲撃に備える。帝国精鋭部隊の到着まで一週間かかった。中隊は無事だった。興味がなかったのか、バフォメットは彼らの前に姿を現さなかった。精鋭部隊が捜索したがその姿は既にどこにもなく、惨殺された兵の遺体を回収して撤退することとなった。


バフォメットに遭遇した小隊の唯一の生き残りは、その恐怖からずっと怯え続けていた。そして帰還後、軍法会議にかけられた。罪状は、敵前逃亡。小隊長からの下命であることを主張したが、認められず判決は有罪。汚名を着せられ処刑されたその兵士は、シロッコの父親であった。


重罪人の家族として、街区での居住は認められなかった。町から離れた森の近くのボロ屋での暮らし。ショックで精神を病んだ母は時折徘徊し、多くの時間を寝込んで過ごした。幼い息子と娘は、罠でウサギを狩ったり川で魚や貝を捕ったりした。自分たちが食べる分以上に捕れれば、町へ持っていき買い取ってもらう。罪人の子として、当然のように足元を見られ安値で買い叩かれる。それで得た僅かな金で、生活に必要なものを買う。商品を売ってくれない店もある。蔑みや迫害の中でも、兄妹は互いに手を取り合ってなんとか耐え忍んだ。3年後、母親は自ら命を絶った。


父を愛していた。敵前逃亡でなく、その主張の通りだったのだと思う。もし仮に敵前逃亡だったとして、中隊長に報告するだろうか?その場に残って殺されることに何の意味があったろう?罪を着せられ極刑に処された者の家族が、なぜその罪を背負わねばならない?世が不条理ならば、なぜそれに従わねばならない?


兄妹は、盗みを働くようになった。逃げる過程で、人を殺めた。社会の中に、彼らの住むべき場所はなかった。そんな立場になってみると、同じように社会から謂れのない冷遇を受けている者が少なくないことが見えてきた。そういった者たちに手を差し伸べた兄妹は、彼らから慕われた。集団はやがて、盗賊団となった。




………


……





 諦め顔で、シロッコはそっぽを向いていた。興奮したマリオが語り出したら止められない、と思ったのだろう。彼もまた、社会に背を向けた兄妹に救われたひとりだった。


「生きる場所を、糧を奪われたんだ。雇ってなんて、もらえねぇ。そんな中で生きるために必要なら殺す。そういう風にしか生きられねーんだよ!」熱く語るマリオに続いてルイージは言った。その言葉に対して反論できる言葉を、健太は持ち合わせていなかった。


健太の肩に手を置き、拓也は言う。「俺達が過ごしてきた社会とは、状況が違いすぎる。俺達の倫理観をそのまま当てはめるのは、無理だろう。」


「でも、色仕掛けでご主人様を惑わすのは、許容できません。」そんな場の空気をガン無視したエリスの発言に、拓也はギョっとした。「ちょ…マテヨ…」


「そうだ!姐御の控えめおっぱいを堪能しようなんて、そんなことは許さないぞ!」猛然と叫ぶマリオの鼻に、再びシロッコの拳が飛ぶ。「あれは、不慮の事故だ。いいな?」殺気だった言葉で黙らせる。「そして、誰が控えめだって?」


しかし、横からお構いなしにルイージが同調する。「俺はいいと思いますよ。慎ましやかなシロッコさんのおっぱい。」言い終わる前に、シロッコの蹴りが飛んでいた。


そんなやり取りを経て、盗賊団の3人は同行することになった。目の前で狼の肝臓(レバー)を切り分けているこの男も、その笑顔とは裏腹に辛い過去を持っているのだろう。


ルイージが手際よく血抜きしたレバーを、拓也がエリス達のところに持っていく。


「いいか?亀が臭いのは皮の部分だ。軽く茹でてやれば剥がしやすくなる。しっかり剥がせば臭みはほとんどなくなる。味も鶏肉みたいに美味いし、ゼラチンも豊富だぞ。捕りやすくて食材として有能だ。」なにやらシロッコがエリスに説明している。


「へ~、ゼラチンいっぱい摂ってるから、シロッコさんのお肌はツヤツヤぷるんぷるんなんですね。」シロッコの頬をつつきながら、にこやかにエリスが言う。


あれ?あなたたちさっきまでめっちゃ言い争ってませんでしたっけ?と拓也は思った。ふたりの様子を見て健太も同様の疑問を抱いたのだろう。「なんだろうな。女子っていつの間にか仲良くなったりしてるよな。あれ、なんなん?」


「まあ、いいんじゃないか?」拓也は言った。これからの旅にとって、それはきっと望ましいことだろう。

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