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第一章  第八幕

■■  第七幕  胆大心小(たんだいしんしょう)   ■■



 任せてほしいと言う拓也に、シロッコは当然の問いを投げかける。「警護を依頼しておいて、自分で行くのか?」


「試しておきたいんだ、今の自分を。」前方を見据えながら、拓也が言う。「ヤバそうだったら、その時は助けてくれ。」


馬車の荷台に積まれた荷を漁り、燻製肉を貪っている2体のゴブリン。ゲームなどでは序盤の雑魚キャラとしてよくお目にかかる。背は120~130㎝程度か、細身だが四肢の筋肉は発達しているようにうかがえる。甘く見てはいけないだろう、と拓也は思う。チンパンジーとて身体こそ人間より小さいが、腕を握りつぶしたり引きちぎったりするような握力や腕力を持っている。現に馬車の持ち主が積み荷を放置して逃げていることからも、侮ってはいけない相手なのだとわかる。


強気に出られるのも、自分が勝てなかった時はシロッコ達が何とかしてくれるだろうという見積りがあるからだ。負傷したとしても、エリスがいる。それでも痛いのは嫌だし、場合によってはエリスが治癒できないほどの致命傷を負ってしまう危険もある。その危険を承知で、今の自身の実力がどの程度まで通用するのかを確認しておきたかった。強力な護衛を味方につけたはしたが、その後ろで守られているばかりではいけない。せめて自分の身を守れるくらいの力は身につけておきたい。できることなら、エリスを護れるくらいに強くありたい。


ゴブリン達は、人間の存在に気づいている。気づいてはいるが、まだ距離があるので無視して強奪した食料を食い荒らしている。そこに単身で歩み寄ってくる。武器を構えることもなく、散歩でもしているかのように。何がしたい?素知らぬふりで、通り過ぎようと考えているのか?それにしては荷車を迂回するわけでもなく、まっすぐに近づいてくる。経験は、学びをもたらす。経験したことの無い事態は、混乱を招く。目の前まで接近してくるのを、無警戒に眺めてしまう。


拓也の前蹴りが、ゴブリンの顔面を蹴りぬく。蹴り飛ばされ、ギャンッといううめき声をあげて地面に転げる。鼻骨は粉砕され、多量の鼻血がボタボタと流れ落ちる。


もう1体が怒りの咆哮を上げながら、側に置いた棍棒を握る。蹴りを放った拓也の足が、そのまま棍棒を踏みつける。握っていた指の骨が軋む。棍棒と荷台の板とに手を挟まれ、立ちあがれない。痛みに声を上げるゴブリンの頭を掴み、その顔面を地面に叩きつける。鼻骨や頬骨の砕ける感触が手に伝わる。そして全身を痙攣させる感触に変わる。


蹴り飛ばされたゴブリンが、怒声を響かせながら、飛び掛かってくる。武器がなければ、こちらの方がリーチがある。拓也はそう踏んでいた。だからこそ武器を持たせないように事を運んだ。掴みかかろうとするゴブリンの手が届く前に、拓也のダガーが首を裂いた。無理に斬ろうとはせず、飛び掛かってくる勢いを刃で受け止める。肉を裂き頸椎に当たって、ダガーにゴブリンの体重がかかる。怯えていたら、その重みを支えきれずに後ろに倒れていただろう。充分な態勢を取っていた拓也は、そのまま押し返す。


地面に叩きつけられたゴブリンは、食道と気管が完全に切断されていた。溢れる血が気管に流れ込んでむせる。正常な呼吸ができなくなり、牛の鳴き声のような音が喉元から発せられる。しばらくの間もがき苦しんで、やがて動かなくなる。


思ったよりも、うまくいった。冷静であることが戦いにおいて重要なのだと再確認した。焦りは身体を硬直させ、態勢も崩れる。恐怖に打ち勝つだけの冷静さが、生存の可能性を高める。


このサイズの、人間に似た姿の生き物を自らの意志で殺めた。そのことに対する罪悪感は無かった。「生きるために、殺す。」シロッコの言葉の意味を噛みしめる。安全が保障されていない世界だ。警察が、政府が、助けてくれるような、そんな世界ではない。必要なら、殺さねばならない。生き残るためには。




………


……





 持ち主も馬もいなくなった馬車の荷台を、マリオとルイージが牽く。街道を進めばすぐに町があるらしい。馬車の主はきっとその町に逃げ込んでいるだろうと、ルイージは予測した。ひととおり漁ったが金目の物はなく食料品ばかりなのを確認し、それならば謝礼を持ち主から貰おうとの魂胆だ。


「バーーーン!!ってエリスの魔法でぶっ放しゃ、良かったんじゃねーの?」ヘーゼルブラウンの瞳を輝かせながら、荷台に並んで歩くシロッコが言った。


「エリスはたいした攻撃魔法使えないよ。」あっけらかんと拓也が言い放つ。


「は?」シロッコは困惑顔を見せる。「だって、あの時…」と言いかけて、騙されたことを察して頭を抱えた。


そんな表情を見て、拓也が問う。「負けを撤回するか?」


「ハッ、そんなダセーことするかよ。ハッタリでも不意打ちでも、勝ちは勝ちだ。」シロッコは答える。「アタシたちゃ、命よりも誉を大事にするような騎士サマじゃねーんだ。人としての誇りを捨てたやり口じゃなけりゃ、どんな手でも文句は言わねーよ。」


きっとそういう回答をするだろうと、拓也は思っていた。会って間もない相手だが、義侠心のようなものを大事にしていると感じていた。社会正義に背を向けはしたが、仲間への義には厚いのだろう。そんなことを考えながら少女を眺めていると、顔を逸らしながら言ってきた。


「それに…なかなか度胸も…あるみたいだしな…」耳が紅潮していた。


そんな甘酸っぱい雰囲気をぶち壊して、エリスが拓也の腕に飛びつきながら言う。「そうです。格好良かったですよー!」よろめく拓也や鬼面に変じたシロッコにもお構いなしの様子だ。「こんな立派に成長してくれて、私は嬉しいです。」と涙ながらに語る。なんで母親目線?と困惑する拓也の頭をなでるエリスの背後には、マリオ達になだめられる殺気だったシロッコがいた。




………


……





 町に到着した時、ちょうど自警団が出動しようとしているところだった。ルイージの読み通り、馬車の所有者である商人は町に逃げ込み、討伐を依頼していた。対象が既に倒されたことを聞き、自警団員たちは商人が逃がした馬の捜索に当たることにした。荷を取り返してくれたことに商人はたいそう感謝した。商品が失われては大きな損害なのだ。請求するまでもなく、商人は拓也達に謝礼を渡した。今晩の宿代や食事代も商人が支払うとのことで、なかなかに豪勢な夕食にありつけた。


宿の部屋で、拓也はダガーの手入れをしていた。骨に当たって刃こぼれを生じていた。アニメなどではカンカンと何合も剣を打ちあうシーンがあるが、そんなことをした後でズバッと斬れるなどということはないのだ。刃は欠けて切れ味が落ちるし、最悪折れる。ましてや鎧ごと斬るなんてことはできない。鎧の隙間を狙って斬ったり、兜ごと殴りつけて気絶させるというのが剣の戦い方だ。鎧の上から攻撃するなら鎚矛(メイス)戦斧(バトルアックス)で叩き潰さなければダメージは通らない。今日は勝てたが、まだまだ改善の余地だらけだ。正面から受けるのではなく、躱しつつ頸動脈や腋窩動脈なんかを斬りつけたほうが良かったのだろう。戦闘における振り返りと反省をしていた拓也は、机で本を読みながらなにやら書いている健太に声を掛けた。「なあ、お前、弓とか練習しないか?」


「は?」と疑問顔で振り向く健太に、拓也は続ける。「シロッコ達は皆、短剣や片手剣使いだろ。エリス以外全員前衛なんだよ。パーティとしてバランスが悪いんだよ。だからお前が後衛にまわったら少しは良くなるだろ?」


「無理だよ…」と俯く健太に、拓也は言う。「やりもしないうちから無理とか言うなよ。やってみりゃ、できるようになるかもしれないだろ?」


机に向き直りながら健太は言う。「無理だよ!わかんねーんだよ!お前が言ってるような、間合いとかタイミングとか…。言葉ではなんとでも言えるけど、実際、敵を目の前にしたら…そんなん頭の中で考えてる余裕ないんだよ…」握った拳は微かに震えている。「怖えーんだよ。雑魚って思うかもしんねえけど、殺されるって考えたら…無理だよ。お前がそういうのすんなりできるってのは、たぶん才能があるんだよ。俺には…ないんだよ…」


そんなこと言ってる場合じゃないという気持ちと、言っていることの気持ちがわかることの板挟みになり、拓也は言うべき言葉を見つけられなかった。




………


……





 「行くなら行くで、しっかり首根っことっ捕まえとけよ!」


女性陣の部屋では月明りに照らされたベッドに寝転んだ少女たちが語らっていた。シロッコが続けて言う。


「あんだけ大胆に攻めておきながら、そもそも祝福も与えてねーとか。エルフってアレだろ?結婚するときに互いに祝福を授け合うんだろ?」


神からの祝福の下で婚姻を結ぶ聖天福音教会と違い、精霊の加護の下で互いに祝福を与え合うというのがエルフ達の慣習だった。


「それもやんねーで、『ご主人様』とか。唾つけてキープしてるようなもんだろ?」苛立ち混じりの声でシロッコが言う。


それに対しエリスは目を閉じて静かに答える。「そうですね。そうなのかもしれません、今の状況は。」


「だったら」というシロッコに、落ち着いた声で言う。「受け入れる準備ができていないのに、押し付けたくないんです。抱えるのが重すぎると感じるものを、背負わせたくはないんです。」


ため息を漏らしながらシロッコが言う。「はぁ…エルフってのは長生きなぶん、考え方も随分のんびりだな…。そんなこと言ってて横取りされたら、どうすんだよ?」


天井を仰ぐシロッコの方に向き直って、エリスがきっぱりと言う。「負けませんよ!」


「は?ちょ…なんだよ?」と焦るシロッコに、エリスは追撃する。「シロッコさんは、どんなところが好きなんですか?」


「な…ど、どんなって…何だよ?」耳まで赤くなったシロッコを、エリスはまっすぐに見つめている。目線を逸らしてかわそうとしたが、逃げ切れないと観念したのか、ボソボソと語る。


「その、す…好きとか…どうとか、そういうの、よくわかんねーんだよ…。ほら、ずっとガサツな男どもとばかりいたし…首領の妹ってことで、アタシに手を出そうなんてヤツもいなかったし…」


恥じらいながら言うシロッコを見て、深いエメラルドの瞳をいっそう見開いてエリスは言う。「きゃー!じゃあ、初恋ってヤツですね?そうなんですね?」


食堂で酒を楽しんだマリオとルイージが少女たちの部屋の前を通りかかった時、中からはバタバタと騒がしい音とともにシロッコの要領を得ない叫びが響いていた。

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