教会へ
三人は、島の外れへ続く道を歩いていた。
目的地は、古い教会。
昨日の会話が、蓮の頭から離れなかった。
――あの子の名前が、思い出せない。
声も覚えている。
一緒に遊んだ記憶もある。
それなのに、名前だけがない。
しかも、それを今まで誰も不思議に思っていなかった。
その事実に気づいてから、蓮は何度も少女の名前を思い出そうとしていた。
けれど、何度考えても出てこない。
「……蓮」
前を歩いていた祐希が振り返った。
「はい?」
「さっきから難しい顔してるぞ」
「……昨日のことを考えてました」
「ああ……あの子の名前か」
「はい」
咲も隣から口を開く。
「私も、ずっと考えてました」
「何か思い出した?」
「いえ……全然」
咲は困ったように笑った。
「でも、変ですよね」
「うん」
「五人で遊んでいたことは覚えているのに」
蓮は頷く。
「悟もいた。俺たちもいた。そして、あの子もいた」
五人。
その事実だけは、はっきりしている。
「なのに、名前だけがない」
祐希が腕を組んだ。
「……気持ち悪いな」
「はい」
咲が小さく頷く。
しばらく三人とも黙って歩いた。
すると――
祐希が突然、立ち止まった。
「そうだ」
「どうしました?」
蓮が振り返る。
「教会に行くなら、これが必要だ」
「……これ?」
祐希は背負っていた大きな袋を地面に下ろした。
ドサッ。
蓮と咲が同時に袋を見る。
「何ですか、それ?」
咲が尋ねる。
「装備だ」
「装備?」
「ああ」
祐希が袋を開ける。
そして――
中から銀色の物体を取り出した。
「…………」
蓮は固まった。
「…………」
咲も目を丸くする。
それは、
甲冑だった。
兜。
胸当て。
肩当て。
腕の防具。
脚の防具。
どう見ても、完全な甲冑だ。
「……祐希くん」
「おう」
「これは……?」
「甲冑」
「いや、それは見れば分かります」
祐希は真顔だった。
「家に飾ってあるやつだ」
「何で持ってきたんですか!?」
蓮が思わず声を上げる。
「教会に行くんだろ?」
「そうですけど!」
「何がいるか分からねえだろ」
「だからって甲冑はおかしいですよ!」
「何かあったらどうする」
「幽霊が出てきても甲冑じゃ戦えませんよ」
「やってみなきゃ分からねえだろ」
「いや、分かりますって!」
咲が口元を押さえている。
「……ふふっ」
「咲ちゃんまで笑わないでください」
「す、すみません……」
咲は肩を震わせながら笑っている。
「でも……祐希先輩らしいです」
「だろ?」
「褒めてませんよ」
蓮が即座に突っ込む。
祐希は不満そうに甲冑を見た。
「結構重いんだぞ、これ」
「だったら置いてきてくださいよ」
「嫌だ」
「何でですか」
「せっかく持ってきたからな」
「その理由なら、今からでも戻せますよ」
「もう面倒くせえ」
「……」
蓮は呆れた。
それでも――
少しだけ笑っていた。
ここ数日は、悟の死や少女のことばかり考えていた。
三人で笑うことなんて、ほとんどなかった。
だから、こんなくだらないやり取りが妙に心地よかった。
「……昔も、こんな感じでしたね」
咲がぽつりと言った。
「何が?」
蓮が聞く。
「みんなで集まると、いつも誰かが変なことをして」
祐希が甲冑を抱えたまま笑う。
「悟もよく変なことしてたな」
「ああ」
蓮も笑った。
「海に行った時も、悟が一番はしゃいでた」
「そうでしたね」
咲も頷く。
五人で海に行った。
五人で山を歩いた。
五人で学校から帰った。
五人でくだらないことで笑った。
その記憶は、三人の中に残っている。
なのに――
一人だけ。
名前だけが、消えている。
「……変ですよね」
咲が小さく呟く。
「うん」
蓮は答えた。
「でも、今は考えても分からない」
「そうですね」
祐希が前を向く。
「だったら、教会で何か分かるかもしれねえ」
蓮は頷いた。
「そうですね」
三人は再び歩き始めた。
祐希だけは甲冑を抱えている。
「……祐希くん」
「何だ?」
「それ、本当に最後まで持っていくんですか?」
「当然だ」
「……分かりました」
蓮は諦めた。
しばらく歩くと、景色が変わった。
家がなくなり、木々が増えていく。
鳥の声も少なくなった。
道の先には、長い間使われていないような古い石垣が見える。
その向こう。
木々の隙間から、建物が姿を現した。
「……あれだ」
蓮が足を止める。
古い教会。
灰色にくすんだ壁。
汚れた窓。
屋根の上には、錆びついた十字架が立っている。
入口まで続く道には草が生い茂っていた。
誰かが使っているようには、とても見えない。
「……ここ」
咲の声が小さくなる。
祐希も甲冑を抱え直した。
さっきまでのふざけた空気は、もうない。
蓮は教会を見つめた。
胸の奥が、ざわつく。
なぜか――
初めて見る場所とは思えなかった。
「……行こう」
蓮が歩き出す。
咲が続く。
祐希も後ろからついてくる。
三人の足音だけが、静かな道に響く。
蓮は胸元に手を当てた。
千鶴からもらった、鍵の形をしたネックレス。
指先に触れた瞬間――
妙な感覚が走った。
まるで、
この鍵がここへ来ることを知っていたかのように。
蓮は足を止めた。
「……?」
しかし、その感覚はすぐに消えた。
「蓮先輩?」
「……いや、何でもないです」
蓮は再び歩き出す。
教会の扉まで、あと少し。
七年前に消えた少女。
悟の死。
そして、誰も思い出せない少女の名前。
三人はまだ知らない。
その答えが、この古い教会の中に隠されていることを。
そして――
蓮の胸元で揺れる小さな鍵が、
この場所と無関係ではないことを。




