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Myosotis 〜すべてを忘れるために〜  作者: こんにゃくミ


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託されたお守り

挿絵(By みてみん)

朝の光が、障子の隙間から差し込んでいた。


蓮はゆっくりと目を開けた。


しばらく天井を見つめる。


夢の中で見た悟。


海辺で笑っていた。


何気ない会話をしていた。


それなのに最後には――


あの少女がいた。


何も言わず、ただ蓮を見つめて笑っていた。


「……また、あの子か」


長い髪。


あの笑い方。


一緒に海で遊んだ記憶。


学校から帰る途中、5人で話したこと。


くだらないことで笑ったこと。


七年前のことなのに、思い出そうと思えばいくらでも思い出せる。


なのに――


名前だけが、どうしても出てこない。


「……」


蓮は眉を寄せた。


だが、なぜかそのことを不思議には思わなかった。


昨日までは。


身支度を整え、玄関へ向かう。


靴を履こうとした、その時だった。


「……蓮」


後ろから声がした。


振り返る。


千鶴が立っていた。


「行くんかい?」


「うん。咲ちゃんと祐希くんと合流する」


「そうかい……」


千鶴はしばらく蓮を見つめた。


そして、何かを思い出したように踵を返す。


「ちょっと待ちなさい」


「え?」


千鶴は部屋の奥へ消えていった。


しばらくして戻ってきた手には、小さな布袋があった。


古びた布袋。


「これを持っていきなさい」


「何これ?」


蓮が受け取る。


中から出てきたのは、一本のネックレスだった。


古びた銀色のチェーン。


その先には、小さな飾りがついている。

挿絵(By みてみん)


蓮はそれを持ち上げた。


「……鍵?」


小さな鍵。


古い扉を開けるための鍵のような形をしている。


ただの鍵というより、アンティークのアクセサリーにも見えた。


「昔から家にあったものだよ」


「これ、使えるの?」


「さあね」


千鶴は少し笑った。


「お守りだと思って持っておきなさい」


「お守りって……」


蓮は鍵を指先で回す。


表面には、何か刻まれている。


古い文字のようにも見えるが、擦れていて読めない。


「これ、何て書いてあるんだろ」


「さあね」


千鶴はそれ以上答えなかった。


蓮は首を傾げながらも、ネックレスを首にかける。


鍵が胸元に落ちる。


「……ありがとう」


「気をつけるんだよ」


「うん」


蓮は玄関の扉を開ける。


「行ってくる」


「蓮」


呼び止められ、振り返る。


千鶴は何か言いたそうにしていた。


けれど――


「……なんでもないよ」


「?」


「早く行っておいで」


「うん」


蓮は笑って、家を出た。


***


待ち合わせ場所に近づくと、遠くから声が聞こえてきた。


「蓮先輩!」


咲が手を振っている。


その隣には祐希が立っていた。


「おはようございます、蓮先輩」


「おはよう、咲ちゃん」


「おう、蓮」


「おはようございます、祐希くん」


蓮が二人のところまで歩いていく。


すると、祐希が蓮の胸元を見た。


「……何だ、それ?」


「これ?」


蓮はネックレスを取り出す。


「千鶴さんからもらった。お守りだって」


咲も覗き込む。


「鍵……ですか?」


「たぶん」


「変わった形ですね」


「家に昔からあったらしい」


祐希が鍵をじっと見つめる。


「……なんか意味ありそうだな」


「俺もそう思う」


蓮はネックレスを服の中へしまった。


「それより――」


蓮の表情が変わる。


「昨日のこと、もう一回整理しよう」


三人は歩きながら話し始めた。


「悟の死因は急性心不全」


咲が確認する。


「はい。一ノ瀬先生もそう言っていました」


「でも、蓮が悟に触ったとき……」


祐希が言葉を止める。


「目が開いた」


「……うん」


蓮も頷く。


「紫色だった」


「あれは普通じゃねえ」


「一ノ瀬先生も、明らかに何か知っていましたよね」


咲が言う。


「『今見たものは、忘れろ』って……」


「だから、俺は悟のことを調べたい」


蓮は前を向いた。


「悟が本当に急性心不全だったのか。それ以外に何かあったのか」


「私も協力します」


咲がすぐに答える。


「ありがとうございます」


祐希も頷いた。


「俺もだ」


三人の間に、しばらく沈黙が流れる。


やがて、咲が口を開いた。


「……それと、あの女の子のことも」


蓮の足が、ほんの少し止まった。


「うん」


「蓮先輩は、ずっと探してたんですよね」


「七年間ずっと」


「私も覚えてます」


咲が言った。


「一緒に遊んだこともありますし、海にも行きました」


祐希も続ける。


「俺も覚えてる。あいつ、よく三人についてきてたよな」


「ああ」


蓮は頷く。


咲も頷いた。


「私もです」


三人とも、少女を思い浮かべる。


挿絵(By みてみん)


海辺で遊んでいた姿。


学校帰りに一緒に歩いた記憶。


どれも、ちゃんと残っている。


なのに――


「……なあ」


祐希が突然、足を止めた。


「何ですか?」


咲が振り返る。


祐希は眉間に皺を寄せていた。


「俺たち……あいつの名前、何て呼んでた?」


「え?」


咲が固まる。


蓮も黙った。


三人の間に、奇妙な沈黙が落ちる。


「……名前?」


蓮が呟く。


思い出そうとする。


声。


笑い方。


一緒に遊んだ場所。


何度も呼びかけた記憶。


なのに――


名前だけが、出てこない。


「……分からない」


蓮の背中に、冷たいものが走った。


「私も……」


咲が困惑したように自分の頭を押さえる。


「どうして……?」


祐希も黙り込んでいる。


「おかしくねえか?」


「……うん」


蓮は答えた。


「俺たちは、あの子のことを覚えてる」


「はい」


「声も、一緒に遊んだことも」


「なのに……」


咲が言葉を続ける。


「名前だけ、思い出せない」


三人は顔を見合わせた。


今まで誰も、そのことを疑問に思っていなかった。


ずっと「あの女の子」と呼んでいた。


七年前から。


誰かが「あの女の子」と言えば、それだけで三人には誰のことなのか分かった。


だから、名前がないことを不思議だと思わなかった。


「……なんで今まで気づかなかったんだ?」


蓮が呟く。


答えは出ない。


ただ、三人とも同じことを考えていた。


これは――


普通じゃない。


「……教会」


咲が小さく言った。


「え?」


「教会に行きましょう」


蓮が咲を見る。


「どうして?」


「分かりません」


咲は少し怖そうに答えた。


「でも……七年前のことを調べるなら、あそこしかない気がします」


祐希が頷く。


「俺もそう思う」


蓮はしばらく黙っていた。


そして胸元のネックレスに触れる。


冷たい。


鍵の形をした古い飾り。


「……行こう」


三人は歩き出した。


目指す場所は、島の外れ。


古い教会。


誰も理由を語らない場所。


子どもは近づいてはいけないと言われていた場所。


そして――


悟の死の真相、紫色の瞳、誰も思い出そうとしなかった少女の「名前」。


その真相を探すために。


三人は、教会へ向かった。


蓮の胸元で、古い鍵が小さく揺れていた。

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