夢
夜は、静かだった。
窓の外から、波の音がかすかに聞こえている。
蓮は布団の中で、天井を見つめていた。
眠ろうとしても、なかなか眠れない。
今日一日で、あまりにも多くのことが起きた。
悟の葬儀。
紫色に変わった瞳。
一ノ瀬の反応。
そして、手紙に残されていた数字。
8124
「……なんなんだよ」
蓮は小さく呟いた。
考えれば考えるほど、頭の中が混乱していく。
それでも、疲労には勝てなかった。
いつの間にか、蓮は眠りへ落ちていた。
⸻
――眩しい。
目を開けると、そこには青空が広がっていた。
「蓮!」
聞き覚えのある声。
振り向く。
そこにいたのは――悟だった。
「早く来いよ!」
制服姿の悟が、少し離れた場所から手を振っている。
「待てよ!」
蓮も走り出した。
二人がいるのは、島の海岸だった。
まだ二人が高校生だった頃。
何も知らなかった頃。
未来のことなんて考えず、ただ毎日を過ごしていた。
「今日どこ行く?」
悟が聞く。
「知らない。悟が決めろよ」
「じゃあ、山」
「また?」
「いいだろ。暇なんだから」
「お前、ほんと山好きだな」
二人で笑った。
何でもない会話。
くだらないことで笑って。
くだらないことで喧嘩して。
それでも、次の日にはまた一緒にいた。
「なあ、蓮」
悟が突然、足を止めた。
「ん?」
「俺たち、ずっと友達だよな?」
蓮は笑った。
「当たり前だろ」
悟も笑う。
「そっか」
その笑顔が、やけに眩しかった。
蓮は悟の隣に並んだ。
海から風が吹いてくる。
潮の匂い。
波の音。
全部、懐かしい。
「……悟」
「ん?」
「お前、死んだんだよな」
その瞬間。
悟の表情が消えた。
「……え?」
蓮の足元から、景色が崩れていく。
海が黒く染まる。
空が暗くなる。
「悟!」
手を伸ばす。
けれど、悟の姿はどんどん遠ざかっていく。
「待ってくれ!」
そのとき――
別の声が聞こえた。
「蓮……」
女の子の声。
蓮が振り返る。
そこに――
一人の少女が立っていた。
長い髪。
見覚えのある顔。
七年前に突然消えた少女。
「……」
少女は何も言わない。
ただ、蓮を見つめていた。
そして――
笑った。
あの頃と変わらない。
優しい笑顔。
蓮がずっと忘れられなかった笑顔。
「……待って」
少女が一歩、後ろへ下がる。
「待ってくれ!」
蓮が走り出す。
けれど、少女との距離は縮まらない。
「名前を……」
少女の姿が光の中へ消えていく。
「待って!」
蓮は手を伸ばした。
「――!」
目を開けた。
「……はぁっ……!」
暗い天井。
自分の部屋。
荒い呼吸。
蓮は上半身を起こした。
心臓が激しく鼓動している。
「……夢……?」
額には汗が滲んでいた。
窓の外は、まだ暗い。
時計を見る。
午前四時十三分。
蓮はしばらく動けなかった。
夢の中の少女の笑顔が、頭から離れない。
「……あの子……」
蓮は胸元を握った。
七年前。
何度探しても見つからなかった少女。
もう一度、会いたいと思っていた。
そして今日。
悟が死んだ。
あの手紙が届いた。
島に戻ってきた。
蓮は布団から降り、窓の外を見た。
まだ夜明け前の集落。
静かな海。
暗い空。
「……待ってろ」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
ただ――
蓮は、もう一度あの少女を探すことを決めた。
その頃。
遠く離れた防風林の向こうで――
何者かが、蓮のいる家をじっと見つめていた。
月明かりに照らされた黒い服。
その人物は何も言わず、ただ静かに家を見つめ続けていた。
そして、蓮が窓から離れたのを確認すると――
ゆっくりと闇の中へ消えていった。




