探し求めていた少女
――何が起きたのか、分からなかった。
俺は、なぜここにいるのだろう。
何をしていたのだろう。
目の前で起きた出来事も、自分が何をすべきなのかも、まるで分からなかった。
頭の中には、霧がかかったような感覚だけが残っている。
それでも。
目の前にいる少女の顔を見た瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
ずっと探していた。
忘れてしまっても、どこかで失ってしまっても、ずっと会いたいと願い続けていた。
この少女に会うために、俺は島を出た。
教師になったのも、あの島での出来事を追い続けたのも。
すべては、彼女に会うためだった。
理由なんて、もうどうでもよかった。
今、目の前にいる。
それだけで十分だった。
「……千咲」
名前を呼ぶと、少女は俺を見つめた。
俺は、震える息を吐いた。
「俺……君をずっと探していた」
言葉にした瞬間、胸の奥に押し込めていた何かが、溢れ出しそうになった。
もう、迷いたくなかった。
また失うかもしれない。
この気持ちを伝えられないまま、二度と会えなくなるかもしれない。
そんなことは、もう嫌だった。
蓮は涙ながらに口を開く。
「千咲。愛している」
少女の目が、大きく見開かれた。
そして、次の瞬間。
「……蓮先輩」
千咲の目から、涙がこぼれた。
「私もです。私も……蓮先輩を、愛しています」
俺は、彼女を抱きしめた。
千咲も、俺の背中に腕を回した。
互いの温もりを確かめるように。
二度と離れないと誓うように。
俺たちは、しばらくの間、何も言わずに抱き合っていた。
何が起きたのか。
何を失ったのか。
今は、まだ分からない。
それでも。
ようやく、会えた。
それだけは、確かだった。
それだけは、確かだった。
*
千咲の髪が、ゆっくりと揺れた。
先ほどまで眩い光を放っていた純白の髪から、少しずつ光が失われていく。
一本、また一本。
白かった髪は、やがて見慣れた黒色へと戻っていった。
「……千咲?」
俺は、彼女の顔を覗き込んだ。
千咲も、自分の髪に触れながら、不思議そうに目を瞬かせていた。
「蓮先輩……私……」
その言葉を最後に、千咲の身体から力が抜けた。
「……え?」
彼女の身体が、俺の腕の中へ倒れ込んでくる。
「千咲!?」
慌てて抱き留める。
その直後だった。
ドサッ。
背後で、誰かが倒れる音がした。
振り返ると、正樹さんが床に膝をついていた。
その身体が、ゆっくりと横へ傾いていく。
「司令官!?」
律が駆け寄ろうとした。
しかし、その足も止まった。
「……な、んだ……」
律の手から拳銃が滑り落ちる。
ガシャン、と床に響いた音を最後に、律もその場へ崩れ落ちた。
「おいおい……冗談だろ……」
狂介が、引きつった笑みを浮かべながら周囲を見回す。
その表情から、いつもの余裕が消えていた。
「何が起きて……」
最後まで言い終えることはできなかった。
狂介もまた、糸の切れた人形のように倒れた。
祐希先輩も、残っていた自衛隊員たちも。
教会にいた人々が、次々と意識を失っていく。
「祐希先輩!」
俺は叫んだ。
だが、返事はなかった。
祐希先輩は床に倒れたまま、動かなかった。
「おい……みんな……!」
何が起きているのか、分からない。
俺は千咲を抱き締めたまま、必死に周囲を見渡した。
つい先ほどまで、確かにそこには大勢の人間がいた。
怒声が響き、銃声が鳴り、炎が燃え盛っていた。
それなのに、今は誰一人として動かない。
教会を満たしていた光も、すでに消えていた。
残っているのは、床一面に咲いた青い勿忘草だけだった。
「……千咲、しっかりしろ」
頬に触れる。
返事はない。
俺は彼女の身体を抱き寄せた。
その瞬間、急激な眠気が襲ってきた。
「……なん、だ……これ……」
視界が歪む。
身体に力が入らない。
千咲を抱き締めていた腕が、少しずつ緩んでいく。
必死に意識を繋ぎ止めようとした。
ここで眠るわけにはいかない。
何が起きたのか、確かめなければならない。
千咲を守らなければならない。
みんながどうなったのか、知らなければならない。
それなのに。
「……千咲……」
俺は、彼女の名前を呼んだ。
そして、彼女を抱き締めたまま、ゆっくりと目を閉じた。
最後に見えたのは、足元で静かに揺れる青い花だった。
――ミオソティス。
勿忘草。
その花に囲まれた教会で、俺たちは一斉に意識を失った。




