燃え上がる山
――ここからが、本当の戦いだった。
その言葉どおり、四人の前に立ちはだかる敵は、一人や二人ではなかった。
「止まれ! 武器を捨てろ!」
通路の向こうから、数名の自衛隊員が銃を構えて駆け寄ってくる。
「うわぁ、また来たよ♪ 正樹ちゃんのところって、ずいぶん人手が余ってるんだねぇ」
風見蓮次は、楽しそうに笑った。
「感心してる場合か!」
蓮は床を蹴り、一気に距離を詰める。
銃口がこちらを向くよりも早く、白銀の刃が閃いた。
銃を持つ手を弾き、鳩尾に拳を叩き込む。崩れ落ちる隊員を避け、そのまま次の相手へと踏み込んだ。
隣では蓮次が、残った左腕一本で敵を翻弄していた。
「はい、一人目ぇ♪」
振り下ろされた警棒を紙一重でかわし、相手の懐へ潜り込む。足を払って転倒させると、別の隊員の銃を蹴り飛ばし、その勢いのまま相手の顎に一撃を叩き込んだ。
「二人目ぇ♪ あれ、もう終わり?」
蓮と蓮次。
二人が前に出るたび、隊員たちは次々と床に沈んでいく。
銃声が響くこともあったが、蓮は弾道を見極めて身をかわし、銀白色の刃で相手の武器を弾き落とした。
やがて、通路にはうめき声だけが残った。
「……相変わらず、すごいな」
後方で見守っていた祐希が、思わず呟く。
「祐希先輩、咲。大丈夫ですか?」
「ええ、私は大丈夫です」
「ああ。問題ない」
蓮は二人の無事を確認すると、再び通路の奥へと視線を向けた。
まだ、正樹のもとにはたどり着いていない。
警報は鳴り続け、基地の中は混乱していた。何が起きているのか分からないまま、隊員たちは四人を見つけるたびに襲いかかってくる。
そのたびに蓮と蓮次が迎え撃ち、道を切り開いていった。
何度目かの戦闘を終えたときだった。
「……なあ」
祐希が、ぽつりと口を開いた。
「俺、いらなくないか?」
その声に、蓮が振り返る。
「祐希先輩?」
「だってそうだろ。俺には能力がない。戦闘だってできない。お前らみたいに敵を倒せるわけでもない」
祐希は自分の手を見下ろした。
「それどころか、俺は最悪の研究を進めている自衛隊幹部の息子だ。親父が何をしているのか、全部を知っていたわけじゃない。でも、知らなかったからって何も変わらない」
握り締めた拳が、小さく震える。
「俺がここにいる意味なんて……あるのか?」
誰も、すぐには答えなかった。
蓮は口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。
祐希の気持ちは分かる。
自分たちは特殊な力を持ち、戦うための力も手に入れた。だが、祐希にはそれがない。
それでも、祐希がいなければここまで来られなかった。
そう伝えたかった。
けれど、今の祐希が求めているのは、ただの慰めではないのだろう。
咲もまた、何も言えずに俯いていた。
重苦しい沈黙が、四人の間に流れる。
――その空気を、あっさりとぶち壊したのは蓮次だった。
「なら、死ぬ?」
「……は?」
祐希が顔を上げる。
蓮次は、まるで世間話でもするかのような気軽さで続けた。
「能力もない、戦闘もできない、自分の存在意義も分からない。だったら、もう死んじゃえばいいんじゃない?」
「おい、蓮次!」
蓮が思わず声を荒らげる。
しかし、蓮次はまったく気にする様子もなかった。
「だってさぁ、祐希ちゃんの存在意義って、高尾ちゃんを止めることでしょ?」
「……!」
「親父が何をしてるか知って、止めたいと思った。だからここまで来た。それだけで十分じゃない?」
蓮次は祐希の顔を覗き込むように、ずいっと距離を詰めた。
「そんなことで、ずうずうしい図体して、いつまでもくよくよしないでよ。気持ち悪い(笑)」
「てめぇ……!」
祐希の眉間に、深い皺が刻まれた。
「ふざけんな! 誰がくよくよしてるって!?」
「えー、してるじゃん♪」
「うるさい!」
祐希は蓮次の胸ぐらを掴みかねない勢いで詰め寄った。
「お前に言われなくても、そのつもりだ! 親父は俺が止める! あいつが何を考えていようが、どんなことをしていようが、俺が直接確かめて、間違っているなら止めてやる!」
怒鳴り声が通路に響き渡る。
蓮次は一瞬きょとんとしたあと、にやりと笑った。
「そうそう。その意気、その意気♪」
「……っ、この野郎!」
「いやぁ、よかったよかった。さっきまで今にも死にそうな顔してたからさぁ。ボク、そういう湿っぽいの苦手なんだよねぇ」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「祐希ちゃんのせい?」
「お前だよ!!」
蓮次は腹を抱えて笑い出した。
祐希は怒りに肩を震わせていたが、先ほどまでの沈んだ表情は、もうどこにもなかった。
蓮は呆れたように息を吐く。
「……本当に、どういう神経してるんだよ」
「褒め言葉として受け取っておくね、蓮ちゃん♪」
「褒めてない」
咲も、思わず小さく笑った。
もちろん、祐希の抱えている問題が解決したわけではない。
自分の父親が、この基地で何をしているのか。
なぜ、こんな非道な研究を続けているのか。
そして、自分は本当に父親を止められるのか。
答えは、まだ何一つ出ていない。
それでも。
立ち止まっていた足は、再び前へと進み始めていた。
蓮次が加わってからというもの、重苦しい空気に沈み込む時間は、明らかに減っていた。
言葉は乱暴で、態度は最悪。
人の心を抉るようなことを、平然と口にする。
それなのに、不思議と立ち止まることだけは許してくれない。
――悪魔のような男だった。
「さてと。そろそろ出口かな?」
蓮次が前方を指差す。
通路の先には、大きな鉄製の扉があった。
祐希が周囲を警戒しながら近づき、扉の横に設置された操作盤を確認する。
「ロックは……解除されてるな」
「警報の影響かもしれませんね」
蓮が答え、扉に手をかける。
重い金属音とともに、扉がゆっくりと開いていった。
その向こうから、冷たい山の空気が流れ込んでくる。
四人は、ようやく基地の外へと足を踏み出した。
「……出られた」
咲が、ほっと息を吐く。
しかし、その安堵は長く続かなかった。
「……え?」
蓮が、山の向こうを見つめたまま立ち尽くす。
祐希も、咲も。
そして、普段はどんな状況でも笑っている蓮次でさえ、言葉を失った。
山が、燃えていた。
視界の先に広がる山肌は、赤々とした炎に覆われていた。
木々の隙間から火柱が立ち上り、黒煙が夜空を覆い尽くしている。風に煽られた炎は山の斜面を這うように広がり、遠く離れたこの場所にまで、熱気と焦げ臭い匂いが届いていた。
まるで、山そのものが地獄へと変わってしまったかのようだった。
「なんだよ……これ」
祐希の声が、震える。
蓮は燃え盛る山を見つめたまま、拳を握り締めた。
警報の原因は、まだ分からない。
基地の中で何が起きているのかも、誰がこの火を放ったのかも。
何一つ、分かっていない。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
この島で、何かが始まっている。
そして、それは四人が想像していたよりも、ずっと大きな事態なのかもしれなかった。
「……急ごう」
蓮は、燃え盛る山から目を離さずに言った。
「正樹さんのところへ」
誰も反対しなかった。
四人は再び歩き出す。
赤く染まる夜空の下、彼らを待ち受ける真実は、もうすぐそこまで迫っていた。




